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死にたがり魔王ですが、早く討たれたいのに勇者が同居を始めました 〜吐血を隠していたら、全部知られていて看病されています〜  作者: のびろう。
第3章 勇者捕獲の祝宴が始まります 〜討たれ損ねた魔王は乾杯の挨拶で本音を言いたいのに、席次表戦争と婚礼の噂が大暴走しました〜

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第15話 魔王の杯は「6割」までと決まった夜、酔った秘書官が死亡フラグの「お願い」を大声で叫んだ 〜内容は「一日だけ二人きりで秘書業務」でし

祝宴は、乾杯のあとも、ますます盛り上がっていた。

大広間のあちこちで、兵たちが肩を組み、歌い、踊り、料理を奪い合っている。

その喧騒の中心にある上座の席で、ゼロスは、ひとつの重大な課題と向き合っていた。


(杯の六割、という線は、実に、厳しい)

目の前の杯には、アリアのチョークで引かれた白い線が、くっきりと残っている。

そこまでしか、注いではならない。

前世で、取引先との接待のたびに、断れない酒を飲み続けた身としては、この制限は、むしろ救いのはずだった。

だが、慣れというものは恐ろしい。

いざ制限されると、不思議と、あと一口が、飲みたくなってしまう。


「魔王様! 一献、お付き合いくだされ!」


正面の席から、バルザークが、豪快な声とともに、杯を突き出してきた。

ゼロスは、すっと杯を差し出しかけて、ちらりと左隣を見る。

アリアが、にこにこと、穏やかに微笑んでいた。

その手には、いつの間にか、小さな定規が握られている。


「魔王様、6割です」

「分かっている」

「注いで差し上げましょう、ネフェリアさん、お願いします」


背後に控えていたネフェリアが、すっと進み出た。

銀の酒瓶を傾けると、琥珀色の液体が、寸分の狂いもなく、白い線の上でぴたりと止まる。

一滴の誤差もない。

【完璧なる給仕(パーフェクト・サーヴ)】の、見事な無駄遣いである。


「お見事です、ネフェリアさん」

「恐れ入ります、勇者様」

(分業協定が、こんなところで、実を結んでいる)

ゼロスは、遠い目で、きっかり6割の酒を見つめた。

バルザークが、ぐいと杯を傾けて、豪快に笑う。


「はっはっは、魔王様、杯が小さくなったように見えますぞ!」

「……気のせいだ」


◆


その様子を、少し離れた席から、じっと見つめている者がいた。

紫のウェーブヘアを、肩口で揺らした第一軍団長、リリティアである。

彼女は、手帳を握りしめたまま、唇を噛んで、ぷるぷると震えていた。


「……杯の線を、勇者殿が、引いた、ネフェリア殿が、寸分違わず、注いだ、私は、何も、していない」

「リリティア、おい、顔が青いぞ」

「バルザーク殿、私は、魔王様の、第一軍団長、なのに」


ぼそぼそと呟く彼女の前に、バルザークが、どん、と一つの杯を置いた。

湯気が立つほど、濃厚な香りのする、真っ赤な液体である。


「嫉妬は、酒で流すに限る、鬼族秘蔵の火酒だ、飲んでみろ」

「べ、別に、嫉妬では、ございません」

「いいから、飲め」


リリティアは、むっとした顔で、杯を掴むと、ぐいっと一息に、呷った。

ごくり、ごくり、ごくり。


「…………」

「…………」

「…………ぷはぁっ」


空になった杯を、ばん、と机に叩きつけて、リリティアは、ゆらりと立ち上がった。

その頬は、真っ赤に染まっている。

金色の猫目は、とろんと潤んで、焦点が合っていない。

スペード型の尻尾が、ぴょこぴょこと、ハートの形に丸まって揺れていた。


「……あれ、バルザーク殿、地面が、動いております」

「おい、リリティア、大丈夫か」

「魔王様は、どこでございますかぁ」


ふらふらと、おぼつかない足取りで、リリティアが、上座へ向かって歩き始めた。

バルザークが、慌てて手を伸ばしたが、一瞬、間に合わない。

ヴェルミナが、遠くの席で、「あーあ」と、気だるげに笑っている。


◆


「魔王様ぁぁぁ」


どさり、と、リリティアが、ゼロスの右腕に、勢いよく抱きついた。

甘い酒の香りが、ふわりと漂う。

ゼロスは、ぎょっとして、思わず身を硬くした。


「リリティア、酔っているぞ、離れろ」

「いやでございますぅ、魔王様ぁ、今日は、離れませんぅ」

「何を、言っている」

「だって、ずっと、ずっと、お側に居たのに、お顔を、見られなかったのですぅ」


リリティアは、ゼロスの腕にしがみついたまま、ぐいっと、顔を上げた。

金色の猫目が、潤んだまま、まっすぐに、ゼロスの顔を、見つめる。

三年間、一度も合わなかった視線が、初めて、まともにぶつかった。


「…………あ」

「…………リリティア」

「魔王様の、お顔、こんなに、お綺麗だったのですね」


ゼロスの全身が、ぴしりと固まった。

(……見られた、まずい、いや、顔色は、最近は、悪くないはず)

だが、リリティアの視線は、ゼロスの目の下に、すっと吸い寄せられた。


「……隈、ですぅ」

「それは、元からだ」

「濃い、隈が、ずっと、ずっと、あったのですね」


リリティアの目から、ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。


「私は、三年間、魔王様のお顔を、拝見しておりませんでしたぁ、こんなに、お疲れだったのに、気づきもせずぅ」

「……泣くな」

「ごめんなさい、ごめんなさい、魔王様ぁ」


ぐすぐすと泣き出した彼女に、ゼロスは、困り果てた。

やがて、そっと、彼女の頭に、手を置いた。

(……この子の疲労も、俺に来ていたのだな、毎晩、毎日)

複雑な気持ちで、紫の髪を、ぎこちなく撫でる。

隣で、アリアが、微笑みながら、その様子を静かに見つめていた。

ただ、その瞳の星は、ほんの少しだけ、光を弱めている。


◆


「あのぉ、魔王様ぁ」


ひとしきり泣いたあと、リリティアは、ふらりと椅子の上に、よじ登った。

そして、杯を高々と掲げて、大声で宣言する。


「魔王様! お約束の、お願いを、申し上げますッ!」


広間が、ぴたりと静まり返った。

800人の視線が、一斉に、椅子の上のリリティアへと、集中する。

ゼロスの背筋に、冷たいものが走った。

(……来た、あの朝の、死亡フラグ)

あの日、決戦の朝に立てた旗が、いま、ついに、回収される。


「お願いは、ひとつだけでございますぅ」


リリティアは、顔を真っ赤にして、もじもじと、スーツの裾をいじった。

そして、小さな声で、でもはっきりと、告げた。


「一日だけ、魔王様の、秘書として、二人きりで、お仕えさせてくださいませぇ!」


静寂が、広間を包んだ。

(…………それだけ?)

ゼロスは、拍子抜けして、目を瞬かせた。

死亡フラグとして警戒していた「お願い」が、あまりにも、ささやかで、純粋だった。

リリティアは、涙を浮かべたまま、続ける。


「私は、秘書官なのに、いつも遠くから、拝見するばかりで、お顔も、見られず、何も、できなくて、だから、一日だけ、きちんと、お仕えしたいのですぅ」

「…………」

「業務として、書類を、整えて、お茶を、お淹れして、スケジュールを、管理して、それだけで、いいのですぅ」


広間の空気が、じわじわと、熱を帯びていく。


「尊い」

「なんて、健気な」

「俺たちの軍団長が、こんなにも、魔王様を」


あちこちで、兵たちが、涙を拭っている。

バルザークは、杯を握りしめたまま、男泣きを始めた。

マルガが、「あらあら、まあまあ」と、おたまで目元を拭っている。

ネフェリアは、無言で、ほんの少しだけ、視線を逸らした。

ヴェルミナが、にやにやと笑っているのが、遠くからでも分かる。


(……これは、断れない)

ゼロスは、観念して、深く息を吐いた。

約束は、約束である。

死ぬ予定で立てた旗でも、生きている以上、回収しなければならない。


「……うむ、聞いた」

「!」

「日を改めて、一日、時間を作る、秘書として、我に仕えるがよい」


「ま、まおうさまぁぁぁ!」


リリティアが、感極まって、椅子の上から、ゼロスに向かって、飛びついた。

ゼロスが、慌てて受け止めた次の瞬間、彼女は、その胸の中で、くたりと力尽きた。


「……寝た」

「寝てしまいました」

「幸せそうな、寝顔でございますね」


ネフェリアが、そっと、リリティアの顔をのぞき込んで、静かに呟いた。

その表情は、普段の無表情より、ほんの少しだけ、柔らかかった。


◆


膝の上で眠るリリティアを、どうしたものかと困っていると、アリアが、そっと立ち上がった。


「魔王様、リリティアさんは、私が、客間で、介抱します」

「……いいのか」

「はい、これも、看病ですので」


アリアは、慣れた手つきで、リリティアの体を抱き上げた。

その細い腕で、軽々と、持ち上げている。

ふと、アリアは、ゼロスの顔を見て、ぽつりと言った。


「魔王様、リリティアさんの、お願い、聞いてあげてください」

「……分かっている」

「ずるいなって、思いました」

「何が」

「二人きりで、お仕えしたい、という言葉が」


アリアは、少し、頬を染めて、苦笑した。

その瞳に、普段のヤンデレの影は、なかった。

ただ、少しだけ、素直な、少女の顔だった。


「でも、リリティアさんの気持ちは、私にも、分かる気がします、お顔が、見られなくて、お側に居るのに、遠くて」

「…………」

「ですから、その日は、私は、扉の前で、待機しています」

「……お前は、除け者にはせん」

「はい、でも、今回は、リリティアさんの、番です」


そう言って、アリアは、眠るリリティアを抱えたまま、静かに歩き出した。

その背中を見送るゼロスの胸の奥で、小さな何かが、ちくりと疼く。

(……俺は、こんな優しい子たちを、置いて、討たれようとしていたのか)

ふと、そんな考えが、頭をよぎった。

慌てて、首を振る。


「勇者殿! 勇者殿ぉぉぉ!」


そのとき、広間の奥から、兵たちの大合唱が響いた。

アリアが、リリティアを抱えたまま、足を止める。

振り返ると、そこには、杯を高々と掲げた、800人の魔王軍が、きらきらと目を輝かせて、押し寄せてきていた。


「勇者殿! 一献、お願いします!」

「勇者殿の、お話を聞かせてくだされ!」

「勇者殿、魔王様とは、どのように、お過ごしで!」


「え、あの、ええと」


アリアは、あっという間に、兵たちの波に飲み込まれていった。

ゼロスは、上座の席で、静かに、その光景を眺めていた。

宴は、まだまだ、終わりそうになかった。

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