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死にたがり魔王ですが、早く討たれたいのに勇者が同居を始めました 〜吐血を隠していたら、全部知られていて看病されています〜  作者: のびろう。
第3章 勇者捕獲の祝宴が始まります 〜討たれ損ねた魔王は乾杯の挨拶で本音を言いたいのに、席次表戦争と婚礼の噂が大暴走しました〜

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13/18

第13話 魔王軍の全員が席次表を巡って大戦争を始めた 〜勇者捕獲の祝宴なのに、魔王の隣に誰が座るかで城が真っ二つになりました〜

祝宴は、3日後の夜と決まった。

それからというもの、魔王城の朝は、一変した。

廊下には色とりどりの飾りが吊るされ、厨房からは朝から肉を焼く香ばしい匂いが漂い、兵たちは、すれ違うたびに「おめでとうございます!」と、よく分からない祝辞を叫んでいく。

その熱気の中で、ゼロスだけが、冷めた顔で、執務室の窓辺に立っていた。


(討たれ損ねたまま、宴だと)

手首のリボンはほどいたものの、あの日の「結ばれた」という大歓声が、まだ耳の奥で響いている。

祝宴の趣旨は、「勇者を捕らえた魔王軍の大勝利」である。

だが、実際の魔王は、勝ってなどいない。

勇者に、看病され、契約され、全軍の前で、手首を結ばれただけである。


(このままでは、嘘が、全軍に、固定される)

ゼロスは、ひとつの決意を、胸に固めていた。

乾杯の挨拶の場で、すべてを正直に話す。

自分は、勝っていない、むしろ、討たれ損ねたのだと。

そうすれば、少なくとも、部下たちを騙し続ける罪悪感からは、解放される。


「魔王様、第14版の席次表が、完成いたしました!」


そこへ、リリティアが、巻物を抱えて飛び込んできた。

目の下には、うっすらと、隈ができている。

徹夜で、席次表を作り続けていたらしい。

(徹夜した彼女の疲労が、そっくり、こちらに来ているな、道理でまぶたが重い)

ゼロスが目をこすっている前で、リリティアは、堂々と巻物を広げた。


「ご覧ください、魔王様の右隣は、この私、リリティア・イグニスでございます!」

「第14版、ということは、第13版までに、何があった」

「はい、第1版は、魔王様の右隣、私、第2版は、魔王様の右隣、私、第3版は」

「全部、同じではないか」

「はい、ですが、毎回、細部を、改善しております」


(改善の方向が、おかしい)

ゼロスは、静かに天井を仰いだ。

前世で、社内の忘年会の席次を巡って、部長と課長が三日間揉めた記憶が、鮮やかによみがえる。

あの時も、結局、全員が不機嫌なまま、宴会は終わった。


◆


「それでは、第1回、席次表委員会を、開催いたします」


昼過ぎ、城の奥の大会議室に、主要メンバーが集められた。

議長席には、名誉議長として、なぜか、ゼロスが座らされている。

円卓を囲んでいるのは、リリティア、アリア、ネフェリア、ヴェルミナ、マルガ、そして、無言で立つドルガンの、六人だった。


「議題は、ただひとつ、魔王様のお席の、周囲の配置でございます」


リリティアが、きりっとした顔で、全員を見回した。


「まず、魔王様の右隣は、筆頭秘書官たる、私が務めます」

「異議があります」


アリアが、すっと手を挙げた。


「魔王様の、お食事の管理と、お酒の量の確認のため、私は、お隣の席で、常に、お皿と杯を見ている必要があります」

「勇者殿は、左隣でよいでしょう」

「いいえ、右隣のほうが、魔王様の利き手側ですので、お皿の中身を、確認しやすいのです」

「そんな理由が、通るものですか!」


リリティアの尻尾が、ぴしぴしと机を叩く。

アリアは、にこにこと、穏やかな笑顔のまま、蒼い瞳の星を、すうっと消した。


「リリティアさん、ニンジンの件は、ご存じですか」

「に、ニンジン?」

「魔王様は、ニンジンを、ナプキンに隠して、持ち帰ろうとなさいます」

「な、なんと」

「私が、すぐ隣で、見張っていなければ、いけないのです」

(……勝手に、俺の弱みを、バラすな)

ゼロスは、遠い目になった。

リリティアは、悔しそうに唇を噛み、ぷるぷると震え出す。


「では、私が、左隣から、ニンジンを見張ります!」

「いいえ、私が右隣で」

「いいえ、私が」

「お二人とも、お落ち着きくださいませ」


ネフェリアが、静かに、割って入った。


「わたくしは、給仕のため、お席には、つきません、魔王様の背後に、立ち席で控えます」

「それは、ずるいのでは」

「ずるくはございません、給仕とは、そういうものでございます」


涼しい顔で言い放つネフェリアの横で、ヴェルミナが、気だるげに、手を挙げた。


「あたしは、魔王様の、真正面の席を、希望するよ」

「却下します」

「早いね、勇者ちゃん」

「診察は、宴の場では、お断りです、距離は、2メートル以上、離れてください」

「宴会で、2メートルって、広間の端じゃないか」


ヴェルミナは、あくびを噛み殺しながら、ゼロスのほうを、じっと見つめた。

その視線に、ゼロスは、思わず背筋を伸ばす。

(……あの目は、まだ、俺の匂いを、諦めていない)


そこで、ドルガンが、のっそりと、一歩前に出た。


「……椅子、八百、不足」

「ふ、不足ですって!?」

「……予算、第一軍団」

「また、私ですか!?」


リリティアの悲鳴が、会議室に響いた。

マルガだけが、おたまを片手に、のんびりと微笑んでいる。


「あらあら、皆さん、席なんて、どこに座っても、料理は、美味しいのよ」

「それが、正論すぎて、誰も反論できません」

「ふふ、ありがとう、勇者様」


だが、その正論は、一瞬で、かき消された。

議論は、さらに、白熱していく。

右隣、左隣、正面、背後、斜め前、斜め後ろ。

あらゆる座標を巡って、少女たちの熱い言葉が、飛び交った。

(これが、会議の、末期症状か)

ゼロスは、静かに、遠くを見つめた。


◆


そのとき、会議室の扉が、轟音とともに、開け放たれた。


「魔王様ぁぁぁ! ただいま、戻りましたぞぉぉぉ!」


地鳴りのような大声とともに、筋骨隆々の大男が、のしのしと入ってきた。

赤黒い肌、片方だけ折れた角、全身に刻まれた無数の古傷。

第二軍団長、バルザーク・ドラウグである。

その後ろから、黒い外套を羽織った男が、ふらりと、影のように現れた。

薄い笑みを浮かべた、細身の男、第三軍団長のシェイド・ヴェイルだ。


「国境警備、一段落いたしましたぞ! それにしても、勇者を捕らえたとの報せ、真でございますか!」

「おやおや、これは、にぎやかですねぇ」


バルザークは、広間を見回して、豪快に笑った。

そして、円卓の隅に座るアリアに気づいて、ぴたりと足を止める。


「……貴様が、勇者か」

「はい、アリア・ヴァンガードと申します、お初にお目にかかります」


アリアは、丁寧に立ち上がって、一礼した。

その手首には、まだ、白いリボンが、巻かれている。

バルザークの目が、そのリボンに、吸い寄せられた。


「……魔王様に、手首を、結ばれたと、聞いたぞ」

「はい、結ばれました」

「勇者殿、そこは、否定してください!」


リリティアの悲鳴を無視して、バルザークは、ずしりと、ゼロスのほうへ向き直った。

その視線は、さっきまでの笑顔とは、少し違っていた。

ほんのわずかに、探るような、鋭さを宿している。


「魔王様、ひとつだけ、お伺いしたい」

「何だ」

「魔王様は、強さの象徴であるべき方、人間の小娘に、縛られるなど、あってはならぬ」

「……あれは、捕縛の儀だ、形式に過ぎぬ」

「ならば、結構」


バルザークは、ふん、と鼻を鳴らして、アリアに向き直った。


「勇者よ、貴様の力を、見せてもらおう」

「力、ですか」

「腕相撲だ、俺が勝ったら、魔王様の隣の席は、俺が頂く」

「お手柔らかに、お願いします」


アリアは、きょとんと小首をかしげて、円卓の中央に、右腕を置いた。

バルザークも、がっしりとした腕を、その隣に置く。

二人の手が、がしりと組まれた。


「はじめ!」


ネフェリアの合図と同時に、バルザークが、全力で腕を倒しにかかった。

だが、アリアの腕は、びくともしない。

それどころか、じわり、じわりと、バルザークの手の甲が、机に近づいていく。


「な、なんだと、この力は」

「あ、す、すみません、加減を」


ばきぃっ。


円卓の板が、真っ二つに割れた。

バルザークの腕は、机ごと、床に叩きつけられている。

会議室に、沈黙が落ちた。

(骨が折れていたら、今ごろ、俺の右腕が悲鳴を上げていたところだ、無傷で、よかった)

ゼロスは、ひそかに胸をなで下ろした。


「……机、請求、第二軍団」

「なっ、ドルガン、貴様ぁ!」


バルザークの絶叫が、響き渡った。

一瞬の沈黙のあと、彼は、顔を真っ赤にして、腹の底から、笑い出した。


「がっはっはっは! 面白い、面白い小娘だ! これほどの怪力を、魔王様は、手玉に取ったのか!」

「あ、いえ、それは」

「さすがは、魔王様! 俺の目に、狂いはなかったぞ!」


バルザークは、涙を流しながら、ゼロスに向かって、深く一礼した。

(……手玉に、取ってないんだが)

ゼロスは、そっと視線を逸らした。

その背後で、シェイドが、薄い笑みのまま、ゼロスの顔を、じっと観察していた。


「おやおや、魔王様、お顔の色が、悪くないですねぇ、いつもは、もう少し、青白いのに」

「……睡眠を、取っているからだ」

「それは、勇者殿のおかげ、ですかねぇ」


その目は、笑っているのに、何かを、探っているようだった。

アリアが、静かに、ゼロスの隣へ、半歩、近づいた。


◆


結局、席次表の問題は、ゼロスの、ひとことで、決着した。


「全員、くじ引きだ、ただし、我の隣の二席は、リリティアと、アリアとする」

「ま、魔王様、その二席は」

「異論は、認めぬ、これも、策の一環だ」


リリティアは、ぽっと頬を染めて、嬉しそうに頷いた。

アリアも、ほっとしたように、微笑む。

その隣で、バルザークは、「正面は、俺だ!」と叫び、ヴェルミナは、「遠くの席から、観察するよ」と、気だるげに笑った。


会議が散会したあと、ゼロスは、ひとり、廊下の窓辺に立っていた。

夕陽が、城の石壁を、茜色に染めている。

隣に、アリアが、そっと並んだ。


「魔王様、お疲れ様でした」

「……ああ」

「今日は、なんだか、嬉しそうなお顔をされていますね」

「そうか?」

「はい、少しだけ」


ゼロスは、咳払いをして、顔を逸らした。

そして、ぽつりと、言った。


「……アリア、乾杯の挨拶で、全部、話そうと思う」

「全部、とは」

「我が、勝っていないこと、討たれ損ねたこと、嘘を、重ねてきたことを」


アリアは、じっとゼロスを見つめて、それから、ふわりと、微笑んだ。


「素敵なお考えだと、思います」

「そうか」

「では、挨拶の原稿を、一緒に作りましょう」

「……一緒に?」

「はい、魔王様一人だと、また、『善処する』で、終わってしまいそうですので」


悪戯っぽく、片目を閉じる勇者に、ゼロスは、ぐうの音も出なかった。

窓の向こうでは、兵たちが、祝宴の飾りつけを、笑いながら続けている。

その光景を、ゼロスは、少しだけ、眩しそうに、見つめていた。

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