【第6話:それな!が最新のトレンド隠語に!?】
査察前の緊迫した空気の中、ギャル女将の口から飛び出す「それな」「ウケる」のギャル語。
これが江戸のカタブツ役人の脳内で、まさかの超絶ポジティブ変換をされてしまいます。
勘違いコメディの開幕です!
「……あー、もうみんな、そんなガチガチに緊張しなくて良くない?」
おじいちゃんの旅籠の土間で、私は両手をぽんと叩いた。
問屋場役人の桑原による正式な査察を数日後に控え、館内にはどんよりとした緊張感が立ち込めていた。
きよも佐助も、いつ商売差し止めを突きつけられるかと怯え、せっかく覚えた笑顔が消えてしまっている。
おじいちゃんに至っては、朝からずっと数珠を握りしめてぶつぶつと祈る始末だ。
「お咲さん、そうは言いましても……お役人様に睨まれたら、この旅籠はおしまいです」
「そうですよ、お咲様。あっしたち、またあの真っ暗な毎日に逆戻りかと思うと、生きた心地がしやせん」
「大丈夫、大丈夫! ウチを誰だと思ってんの? 桑原のおじさんが何言ってきたって、いつも通りのバイブスでいけば何とかなるから!」
私が腰に手を当てて笑い飛ばした、まさにその時だった。
ガラガラッと、前触れもなく格子戸が引き開けられた。
現れたのは、あのカタブツ役人の桑原だ。今日は下役を連れておらず、抜き打ちの偵察といった様子で、腕を組んでノシノシと土間に上がってきた。
鋭い視線でピカピカに磨かれた館内を睨みつけ、私の前に立ちはだかる。
「……大旦那! 前回の警告が効いているか、様子を見に来てみれば……相変わらず妙な衣服を纏い、規律を正そうという気概が見えぬな!」
「ひっ、く、桑原様! これはその、今まさに元のしきたりに戻す準備を……」
おじいちゃんが慌てて床にへたり込んで這いつくばろうとするのを、私は片手で制した。
そして、桑原の目の前へ一歩踏み出し、いつも通りのフランクな笑顔を向けた。
「あ、桑原のおじさん、いらっしゃい! わざわざ偵察とか、マジで仕事熱心じゃん。お疲れサマンサ〜!」
「お、おつ……何だと⁉ 相変わらず無礼な小娘め! よいか、お上の定めた宿場町において、規律を乱してはならぬ!
身分を弁え、静粛に、伝統の通りに動くことこそが下々の分限である!」
桑原が偉そうに胸を張り、これ見よがしに説教を始める。
おじいちゃんたちは息を呑んで縮こまっていたが、私はふんふんと鼻を鳴らしながら、深く、大裟さに頷いてみせた。
「あー、それな!」
「……ぬ?」
桑原の言葉がピタッと止まった。私は構わず、親指を立てて言葉を続ける。
「おじさんの言う通り、規律ってマジで大事っしょ。でもさ、ウチらの『しふと制』も、実は宿場の平和を守るための最新の規律なわけ。
そこ、ぜんぜん分かってないの、マジでウケる、マジそれ!」
「ま、マジそれ……? ウケる……?」
緊迫した現場だったが、ここで桑原の様子が奇妙に変わり始めた。
彼はカッと目を見開いたまま絶句し、口をパクパクと動かしている。
その脳内では、今、猛烈な勢いでシリアスな深読みが始まっていた。
(待て……待て待て。今、この小娘は何と言った? 『それな』『ウケる』『マジそれ』だと……⁉)
桑原の背中に、冷たい汗がどっと噴き出す。
(独特の洗練された響き、そして流れるようなテンポ感……。間違いない。
これは、最新の情報の発信地である上方――
京都や大坂の最先端の公家や特権商人たちの間で使われている、極めて高度で粋な『隠語』ではないか……⁉)
そう。ガチガチの田舎役人である桑原にとって、江戸初期の上方の文化は絶対的な憧れであり、恐怖の対象でもあった。
上方の流行を知らないことは、役人としての出世競争からの脱落を意味する。
(「それな」とは、お上の本質を見抜いた全肯定の合図……。
「ウケる」とは、こちらの動揺を誘う格式高い挑発……!
まさか、この小娘、ただの小娘ではないな⁉ 上方の権門に連なる公儀の密偵か何かなのか……⁉)
勝手に深読みをして困惑し始めた桑原の顔から、みるみるうちに威圧感が消え失せていく。
「く、桑原様……? いかがいたしましたか?」
おじいちゃんが恐る恐る顔を上げると、桑原は目に見えてオドオドとした態度に変わっていた。
腰の刀に触れていた手がかすかに震え、私と目を合わせようとしない。
「あ、いや……その方、今、上方の最新の、その……何でもない!
し、しかるに、お上が定めた御定めを、そのように軽々しく扱うのは……あまり、よろしくないかと、思う、ぞ?」
声のトーンが急激に下がり、語尾に謎の気弱さが混じり始める。
「えー? でも、みんながハッピーに働いた方が、おじさんの評価も爆アゲになって良くない? ウチら、おじさんの味方だし!」
「ひ、評価が爆アゲ……味方……。う、うむ、その方の申す『ばいぶす』とやらも、深く考えれば、一理……あるのかもしれぬな」
桑原は完全に気圧され、懐から懐紙を取り出して額の汗を必死に拭った。
「わ、私は、用事を思い出したので、これにて失敬する! 来週の査察、抜かりなく準備しておくように! それでは、さらばだ!」
桑原は、まるで化け物に追われるかのような早足で、格子戸をガラガラと開けて逃げるように去っていった。
静まり返る土間。おじいちゃんも、きよも、佐助も、目の前で起きた奇妙な光景が理解できず、完全にポカンと口を開けてフリーズしていた。
「……お咲。今、何が起きたんだい? あのお堅い桑原様が、なぜか急にオドオドして帰っていったが……」
「さぁ? なんかウチの言葉が刺さっちゃったんじゃない? おじさん、実は意外と話せる奴かも!」
私かけらけらと笑いながら、腰に手を当てて胸を張った。
ギャル語を高級な文化的言葉と勘違いした役人のハートは、すでに半分溶けかけている。この奇妙な誤解を味方につければ、査察なんて恐るるに足りない。
「きよ, 佐助! しけた面はもう終わり! 来週の査察に向けて、あのおじさんを完全に骨抜きにする『最強の作戦』、いっちゃうよ!」
「は、はいっ、女将さん!」
二人の声に、今度は本物の、明るいバイブスが宿っていた。
新米ギャル女将の勘違い世直し劇は、現場の空気を完全に味方につけ、さらなるアゲアゲな展開へと加速していくのだった。
役人さん、深読みしすぎです(笑)。
上方の最新トレンドだと思い込んだ役人は、もう女将に強く言えなくなっています。
次回、この勘違いをさらに決定づける「おもてなし試食会」を開催します!




