【第5話:前例ないとかマジ意味不なんですけど】
宿場町を支配するガチガチのカタブツ役人がついに登場です。
「前例がない」というキラーフレーズで旅籠のホワイト化を潰しにくる役人に対し、ギャル女将はどう立ち向かうのか。
お楽しみください!
大文字屋の徳兵衛さんがウチのガチ勢、もとい熱烈な大贔屓になってくれたおかげで、旅籠の評判は街道筋へじわじわと広がり始めていた。
「あそこの小宿、部屋がめちゃくちゃ居心地いいらしいぞ」
「飯盛女の娘たちも、驚くほど明るくて親切なんだ」
そんな口コミが旅人の間で飛び交い、帳場におじいちゃんが座る姿にも、少しずつ余裕が戻ってきた。きよも佐助も、しっかりとシフト制で体力をチャージしているから、接客のバイブスが常に最高値をキープしている。
「いい感じじゃん! ウチらのホワイト化計画、完全に大勝利の波が来てるっしょ!」
私が土間で腰に手を当てて満足げに頷いていた、まさにその時だった。
バシャアァン! と、激しい音を立てて正面の格子戸が押し開けられた。
踏み込んできたのは、威圧的な裃を身にまとい、腰に二本の刀を差した中年の男だった。後ろには何人もの下役を従えている。男はわらじの泥を土間に擦りつけるようにして上がると、館内を鋭い眼光でねめ回した。
「……問屋場役人、桑原である! ここの主はどこにおる!」
「ひっ、お、お役人様……⁉」
帳場にいたおじいちゃんが、その姿を見た瞬間に椅子から転げ落ちた。そのまま這いつくばるようにして土間に額を擦りつける。きよや佐助たちも、一瞬にして顔から血の気が引き、その場にガタガタと震えながら平伏した。
「桑原? 誰それ。ウチの新しい現場に、アポなしで突撃とかマジでマナー違反なんだけど」
私が眉をひそめて呟くと、おじいちゃんが涙目で私の着物の裾を猛烈に引っ張った。
「お咲、声を落とせ! この宿場町のすべてを監視し、統制する一番お堅いお役人様だ! 睨まれたら、この宿場から文字通り消されるぞ……!」
桑原は私を冷徹に一瞥すると、手にした書面を大声で読み上げるように叫んだ。
「大旦那!
此度、貴殿の旅籠にて、怪しげな企てが行われているとの報せがあり、見分に参った!
聞けば、奉公人を勝手に交代で休ませる『しふと制』などという、聞いたこともない妙な仕組みを取り入れているそうだな!
これは一体どういうことだ!」
「そ、それは……孫のお咲が、その……」
「言い訳は無用!
お上の定められた宿場町において、下々の者は互いを監視し合い、怠けることなくお上の伝馬役を滞りなく果たすことこそが、御定の掟!
それを、前例のない仕組みで奉公人を甘やかし、自由に休ませるなど、宿場の規律と風紀を乱す不届き千万な行為である!」
桑原の怒号が、ピカピカになったばかりの客室の天井にまで響き渡る。
五人組制度や連座制。お互いを疑い、監視し合う暗いルールが当たり前の江戸初期。
そのガチガチな封建社会において、私のやっている「働き方改革」は、体制への反逆、お上への謀反とみなされかねない、シャレにならないピンチだった。
「ああ……やっぱりお上の御定めには逆らえなかったんだ」
「また、あの地獄のような毎日に戻るのね……」
きよや佐助たちの目に、再びあの絶望の影が戻り、完全に心が折れかかっていた。
だが、そんな張り詰めた空気の中、私はフッとため息をついて髪をかき上げた。
「あー、おじさん。さっきから聞いてれば、前例ないとかマジ意味不なんですけど」
「な、何だと……⁉ おのれ、お上に向かって何という不敬な物言いを!」
桑原がカッと目を見開き、腰の刀に手をかける。
下役たちも一斉に私を威嚇した。おじいちゃんは「もうおしまいだ」とばかりに頭を抱えてガタガタ震えている。
それでも、私は一歩も引かった。
むしろ、桑原の目の前まで堂々と歩み寄った。
「だってそうじゃん。前例がないからダメって、ただの思考停止でしょ?
おじさん、みんなが寝不足で死にそうな顔して、義務感だけで働いてる暗い街の方がいいわけ?
そんなの、マジで誰もアガらないじゃん」
「な、何がアガるだ! 規律こそが天下泰平の礎である!」
「それ、ぜーんぜん違うから。
ウチのルール、教えてあげる。
しっかり休んで、元気にハッピーに働けた方が、みんな笑顔になるし、仕事の効率だって爆発的に上がるの。
その方が、お客さんも喜んで街にお金が落ちるんだから、結果的に宿場のためにも良くない?」
現代的なロジックを、圧倒的なギャルのバイブスに乗せて堂々とぶつける。
桑原は、生まれて初めて真正面から「正論」で反論された衝撃に、一瞬言葉を失って口をパクパクと動かした。
下々の小娘が、国益や宿場の利福をここまで整然と説くだと……⁉ という、自身の常識を揺るがされるような恐怖と混乱に、刀を握る手がかすかに泳いでいる。
「……ぐ、屁理屈を! そのような、お上の法にない勝手な言い分が通用すると思うな!」
桑原は役人としての面目を保つため、激昂した顔で私に指を突きつけた。
「よいか! お前たちの不届きな体制を改めるため、翌週、改めて問屋場の正式な『査察』を行う!
それまでにその怪しげな仕組みをすべて廃止し、元のしきたり通りに戻さねば――
この旅籠は宿役を取り上げ、商売差し止めとする!」
「え、商売差し止め……⁉」
おじいちゃんがその場に崩れ落ちた。
宿役の剥奪と商売差し止め。
それは、このボロ旅籠にとって、完全に身代の終わりを意味する言葉だった。
「行くぞ!」
桑原はそれだけ言い残すと、激しく格子戸を閉めて去っていった。
静まり返る土間。
差し込んでいた日の光さえ、どこか冷たく感じられるほど、旅籠の中に重い絶望の空気が立ち込めていた。
「お咲さん……ごめんなさい。私たちのせいで……」
きよが涙を流して私を見上げる。佐助も拳を強く握りしめ、悔しさに唇を噛んでいた。
「みんな、何しけた面してんの?」
私は腰に手を当て、とびきり眩しい笑顔をみんなに向けた。
「え……? 底を突かれたら、お終いなんですよ……?」
「終わるわけないじゃん。ウチが言ったでしょ? この現場は、ウチがルールだって。あのお堅いおじさん、前例がないからビビってるだけだから。だったらさ――」
私は片目でパチンとウインクを飛ばし、親指を力強く立てた。
「ウチらの最高のバイブスで、あのおじさんの硬いハート、ほんわか溶かして骨抜きにしちゃえばよくね? ヤバっ! ウチらの真の実力、見せつける絶好のチャンスじゃん!」
私のその一言に、きよや佐助たちの目に、消えかけていた光が再びカチッと灯った。
お取り潰しのピンチを前に、新米ギャル女将の、お上を巻き込んだ前代未聞の大勝負が始まろうとしていた。
営業停止のピンチ!
でも、ギャル女将の辞書に「諦める」の文字はありません。
次回、役人の査察を前に、ギャルが放った何気ない「言葉」が、なぜか勘違いを生んで奇跡を起こすことに!?




