【第30話:強面ボスの涙、温泉に溶けちゃえ!】
今回は第3部の大きな転換点、ボスの過去編&デレ回です!
温泉の魔力とギャル女将の究極の包容力の前に、ついに強面ボスが号泣。
抑え込んでいた本音を吐き出す感動(?)エピソードです。
「ふざけるな……!
この俺を誰だと思っていやがる!」
湯殿を覆う真っ白な湯気の向こうから、地を傷つけるような怒号が響いた。
無宿人のボスは、衣服を剥ぎ取られ、無理やりぶち込まれた湯船の中で、
額の刀傷をこれでもかと真っ赤に怒張させていた。
丸太のような腕を湯船の縁に叩きつけ、ざばりと激しい水しぶきを上げる。
「おい、小娘!
そこを開けろ!
無礼者め、今すぐここから出て、てめえの宿ごと血の海に――」
「あー、はいはい、お兄さんうるさーい!
脱衣所にまで怒鳴り声響いてんだけど!」
ガラリと木戸が開いた。
そこから顔を出したのは、片手に何やら木桶を持った私だ。
湯気で少し前髪を濡らしながら、あきれ顔でボスのいかつい顔を指さす。
「無礼者だと?
てめえ、裏社会を仕切るこの俺を、ただの客のように扱いおって……!」
「客じゃん。てか、一回肩まで浸かりなよ。
せっかくウチが天日干ししたハーブ……じゃなくて薬草、
マッッジで贅沢にぶち込んだんだから。ほら、深呼吸してバイブス感じて?」
「ばい……ぶす……?
ふざけるな、俺は今すぐ――」
凄んで立ち上がろうとしたボスだったが、
その瞬間、鼻腔をくすぐった香りに、ぴくりと鼻を動かした。
ツンとした嫌な薬臭さはない。
どこか懐かしい、野山を駆ける風のような、瑞々しくも温かい香りが、
湯気と共に肺の奥まで染み渡っていく。
「……なんだ、この香りは」
「でしょ?
よもぎと薄荷を絶妙なバランスでブレンドしたウチの特製。
お湯の温度も、体温よりちょっと高めの、
一番リラックスできるやつに調整してあるから」
「リラックスだと……?
俺にそんな軟弱なものは必要ない。俺は、恐怖だけで街道を――」
そう言いながらも、ボスは再び湯船にどっかりと腰を落としていた。
じわり、と温かい熱が、硬く強張っていた彼のふくらはぎから腰、
それから背中へと走るように這い上がっていく。数々の修羅場をくぐり抜け、
常に刃物を身に帯びて張り詰めていた彼の肉体が、
お湯の優しさに包まれて、音を立てて解けていくようだった。
「……くそ、なんだこれは。
身体が、言うことを聞かん……」
「あはは!
力が抜けていくだけだって。
お兄さん、ここ数年、一回も心からリラックスして寝てないでしょ?」
私は湯船の縁に、とんと腰掛けた。
木桶の中から取り出したのは、キンキンに冷えた竹筒の器だ。
「ほら、湯上がりの特製ドリンク。
冷やし柚子ハチミツね。喉、カラカラでしょ?」
「……いらん。
お前のような正体不明の小娘が差し出すものなど、呑めるか」
「毒なんか入れてないって!
男なら、つべこべ言わずにグッと一気に行きなよ!」
差し出された竹筒を、ボスは忌々しそうに睨みつけた。
しかし、湯気で火照った喉は、確かに悲鳴を上げるほどに渇いている。
彼は大きな手で乱暴に竹筒をひったくると、あおるように口に流し込んだ。
「ごく……ごく……、っ……!」
「どお?
ガチで飛ぶっしょ?」
「……っ、ふぅ……。
妙な、甘みだな。だが、悪くない」
冷たい液体が喉を駆け抜け、胃の腑に落ちる。
温まった身体と、冷えた飲み物のコントラストに、ボスは思わず、
これまで出したことのないような、深いため息を漏らした。
「お兄さんさ」
私が湯船の水面を見つめながら、ぽつりと言った。
「本当は優しいのに、無理して悪いことしてんでしょ?」
「……な、何を言う。俺は無宿人の頭だぞ。
人殺しだって、平気で――」
「嘘ばっか。
刀の鍔にウサギちゃん仕込んでる人が、そんな冷酷なわけないじゃん。
前にお父さんの形見だって言ってたよね。
……何があったか言いなよ。ウチが聞いてあげるからさ」
私が裏表のない最高の笑顔で微笑むと、ボスの視線が泳いだ。
湯殿の静寂の中に、お湯が湯口から優しく注がれる音だけが響く。
ボスの大きな肩が、僅かに震えていた。その頑なだった心の堤防が、
温かいお湯とお咲の包容力によって、内側からみしみしと音を立てて崩れていく。
「……親父は、俺を一度も、認めなかった」
地を這うような低い声だったが、そこには先ほどまでの威嚇は一切なかった。
「俺の家は、代々続く、堅気の大きな商屋だ。
兄貴は、物心がつく前から賢く、親父の言うことを何でも忠実にこなす、自慢の跡取りだった」
「そっか。お兄ちゃんが優秀だったんだ」
「あぁ。
それに比べて、俺は昔から身体がデカいだけで、学もなければ、
親父の期待に応えることもできなかった。
何をしても『兄に比べてお前は穀潰しだ』と罵られ、虫ケラのように扱われた……」
ボスの拳が、湯船の中で強く握りしめられる。
「居場所なんて、どこにもなかった。
家を出て、行く当てもなく街道を彷徨って……
気がつけば、日陰の泥水にどっぷりと浸かっていた。
恐怖で人を支配しなければ、自分の存在を誰も認めてくれない。
優しさなんてものは、裏切られるための弱さでしかないと、
そう思い込もうとしていたんだ……っ」
その瞬間、ボスの目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
顔の醜い刀傷を歪ませ、山のような巨体を小さく丸めて、
彼は子供のように声を上げて泣き始めたのだ。
「なのに……なのに、お前は……!
俺をただの悪党としてではなく、一個人の……センスの良い男だと、
そう言って、真っ直ぐに褒めてくれた……っ。
あんな風に言われたのは、生まれて初めてだったんだ……!」
「お兄さん……」
「俺は……俺は、本当は誰も傷つけたくなどなかった……!
ただ、自分の存在を、誰かに……親父に、認めて欲しかっただけなんだぁぁっ!」
ボスの激しい号泣が、狭い湯殿に木霊した。
これまで裏社会の恐怖の象徴として恐れられてきた大男が、
私の前で、すべての鎧を脱ぎ捨てて泣いている。
その熱い涙は、旅籠の温かい薬草湯の中へと、静かに、
優しく溶けて混ざり合っていった。
「いいよ、もう泣きなよ」
私は湯船の縁から手を伸ばし、彼の濡れた無精髭の頭を、ぽんぽんと優しく叩いた。
「実家の親なんて、マジで関係ないから。
お兄さんはお兄さんだし、ウサギちゃんのセンス、
ウチは本当に最高だと思ってるよ。
だからさ、もう無理して悪党のテンプレみたいなことするの、やめよ?」
「う、あぁ……っ、ううぅ……っ!」
ボスはただ、声を詰まらせて頷くことしかできなかった。
真っ白な湯気に包まれた湯殿の中で、一人の男の過去の傷が、
ギャルの放つ圧倒的なポジティブバイブスによって、今、完全に洗い流されようとしていた。
ボスの涙、温泉に綺麗に溶けました。
親との確執で傷ついていたボスに、ギャル女将が放つ最高の「アゲる言葉」とは⁉ 次回、更生したヤクザたちが、街の「最強の味方」へと変貌を遂げます!




