【第3話:シフト制とおやつタイムってマジ神】
従業員たちの死んだ目を放っておけないギャル女将。
今回は江戸時代にまさかの「シフト制」と「おやつタイム」を爆誕させます!
ホワイト化した職場は最強。
少しずつ旅籠のバイブスが上がっていきます!
「……ねえ、ちょっとみんな。大掃除頑張ったのは超偉いんだけど、なんか顔、死んでない?」
ピカピカになった客室の真ん中で、私は腰に手を当ててみんなを見回した。
せっかく日の光が差し込んで部屋は明るくなったのに、そこに座り込んでいる飯盛女のきよや、下男の佐助たちの顔には、どす黒い疲労の影がべっとりと張り付いている。
肩は落ち、呼吸は浅く、今にもそのまま床に溶けて消えてしまいそうなほどだ。
「お咲さん……そりゃあ、お掃除は楽しかったですけど、体が、その……」
きよが、カサカサに荒れた手で自分の肩を叩きながら、弱々しく呟いた。
「体がおかしいわけ? ちょっと佐助、ウチらの仕事っていつもどんな感じなの?」
「どんなって……お咲様、お戯れを。夜明け前にお大ど(厨房)の火を起こして、井戸から水を汲み、朝飯の支度。客を送り出したら薪割りに洗濯。夕方前に次の客を迎えりゃ、泥だらけの足を洗う湯を沸かし、夜更けまで膳の給仕と片付け……。それが終わったら、ようやく板の間で雑魚寝でさぁ」
「は? 待って。それ、いつ休んでるわけ?」
「休む……? 何をおっしゃいます。お上の定められた宿場町で働く者に、お休みなどという贅沢があるわけがございやせん。命の灯火が消えるまで働く。それが、あっしたち奉公人の逃れられぬ因果でさぁ」
佐助は当然のように言って、力なく笑った。
他の従業員たちも、諦めきった顔で静かに頷いている。
その瞬間、私の頭の中で、何かがブチッと激しい音を立てて弾け飛んだ。
「……はぁ⁉ 年中無休の24時間労働とか、マジで意味不なんだけど!」
「お、お咲? 何をそんなに怒っているんだい」
帳場からおじいちゃんがオドオドと顔を出したけれど、今の私にはそれを受け流す余裕なんてない。
怒りでバイブスが限界突破しそうだった。
「怒るに決まってるじゃん! こんなの誰もアガらないし、マジでキャパオーバー! 完全にブラック企業じゃん! いい? ウチの現場で、大事なマブダチが使い潰されるのなんて絶対に許さないから!」
「ぶ、ぶらっく……? まぶだち……?」
きよたちが目を丸くして私を見つめる中、私は拳を強く握りしめて宣言した。
「決めた。今すぐウチの旅籠の『働き方改革』を始める! 今日から、新しいルールをぶち込むから!」
私が即座に導入したのは、現代では当たり前すぎる、けれど江戸初期のこの時代には誰も聞いたことがない二つの仕組みだった。
一つは、時間を区切って交代でしっかりと身体を休める『シフト制』。
そしてもう一つは、午後のひとときに全員で一息つく『おやつタイム』だ。
「しふと……? おやつ……?」
翌日の午後。きよと佐助は、私の指示で無理やり厨房の縁側に座らされ、完全に戸惑っていた。
「ちょっと、お咲さん! 本当にこんな真昼間から、何もしないで座っていて良いのですか⁉ お上の御定めを破れば、どんな罰が当たるか……!」
「当たるわけないじゃん。きよは午前中いっぱい立ちっぱなしだったでしょ? ここからは佐助たちのシフトだから、きよはここでガッツリ休むの! ほら、これ食べな?」
私は、戸惑うきよの手の上に、小さく丸めたお団子のようなものをぽんと乗せた。
厨房に残っていた雑穀飯の残りを香ばしく炙り、おじいちゃんが奥の蔵に隠し持っていた貴重な水飴を絡めて、即席で作ったみたらし風の甘味だ。
「……何ですか、これ。真っ黒で、甘い匂いがします」
「いいから口に入れなって。マジで飛ぶから」
きよは恐る恐る、そのお団子を口へと運んだ。
一噛みした瞬間、きよの目が、これまでに見たことがないほどカチッと大きく見開かれた。
「――っ! あ、甘い……! 美味しくて、なんだか、涙が出てきちゃいます……!」
「でしょ? 疲れたときは糖分補給が一番アガるの。佐助たちも、はい、どうぞ!」
交代で休憩に入った下男たちにも、次々と甘味を配っていく。
みんな、初めて口にする優しい甘さと、何よりも「昼間から堂々と休んで、美味しいものを食べている」というあり得ない現実に、身体を震わせて大感動していた。
「あぁ……あっしたち、今までただの牛馬か何かのように使い潰されるだけだと思ってやした。こんなに情をかけてもらったの、生まれて初めてです……」
「大袈裟だなぁ。みんながハッピーじゃないと、良い仕事なんてできないっしょ?」
私が笑ってきよの頭を撫でると、きよは突然、私の着物の裾を掴んでポロポロと涙をこぼし始めた。
「女将さん……! お咲さん、いえ、女将さん! お咲さんは、マジで神様です……!」
「そうさ! 女将さんはマジ神なんだよ! あっしたち、一生女将さんについて行きやす!」
佐助たちも拳を突き上げ、土間がにわかに熱狂的な空気に包まれる。
最初は「狂った娘」だと思われていた私は、この一瞬で、従業員たちから心から慕われる「最強の指導者(神)」、あるいは何でも話せる最高の「マブダチ」として崇められるようになったのだ。
職場に笑顔が増えた効果は、すぐに現れた。
しっかり休んでバイブスを充填したきよたちは、驚くほど生き生きとした表情で働き始めた。
客室へお茶を運ぶ足取りは軽く、挨拶の声はハキハキと明るい。旅籠全体の雰囲気が、目に見えてホワイト化し、活気を取り戻し始めていた。
「これならいけるじゃん! ウチらの現場、マジでアガってきたわ!」
私が腰に手を当てて満足げに頷いていた、まさにその時だった。
ガラガラッと、旅籠の正面の重い格子戸が、乱暴な音を立てて引き開けられた。
土間に足を踏み入れてきたのは、上質な麻の着物を着て、立派な髭を蓄えた、いかにも頑固そうな初老の男だった。
その男は、館内を見回した瞬間、不快そうに太い眉をピクッと跳ね上げた。
「……なんだ、この騒がしい空気は。それに、この妙に鼻につく甘い匂いは一体何事だ」
「ひっ……!」
帳場にいたおじいちゃんが、その男の姿を見た瞬間、短い悲鳴を上げて震え上がった。
「お、大文字屋の……徳兵衛様……!」
「徳兵衛? 誰それ。おじいちゃんのマブ?」
私が首を傾げると、おじいちゃんは顔を真っ白にしながら私の耳元で囁いた。
「バカお言いたち、お咲! この宿場町で一番口うるさく、しきたりに厳しいことで有名な、うちの古いお大尽(大常連の豪商)だよ……! お上の御定めを無視して日中に怠けておるなどと知られれば、二度とうちの敷居は跨いでくださらん、一番恐ろしいお方じゃ……!」
「ふん。大旦那、しばらく来ぬうちに、ずいぶんと弛んだボロ宿に成り下がったようだな。日中から奉公人を遊ばせるとは、お上の御定めに背く不届きな真似をしておるのではないか」
徳兵衛は冷酷な威圧の視線を私に向け、フンと鼻を鳴らした。
「ヤバっ。ウチの最高の現場に、さっそく最悪な老害クレーマーが襲来したんだけど?」
私はたくし上げた袖をさらに強く握り直し、不敵な笑みを浮かべてその頑固オヤジを睨み据えた。
宿場町一の難敵を前に、新米ギャル女将の本当の戦いが、今ここから始まろうとしていた。
飯盛女たちにとって女将はもう「神」ですね(笑)。
職場環境が変わったところで、次回はついに最初の試練!
古臭いしきたりを振りかざす老害(?)クレーマー客を、ギャル流のおもてなしで撃退します!




