【第2話:うちの現場、うちがルールだから!】
前回は江戸に転生して即座に覚悟を決めたギャル女将。
今回は、現代の美意識と片付けスキルで、暗くて汚いボロ旅籠を大改造しちゃいます!
江戸の茶色すぎるご飯にもギャル流のダメ出しが炸裂!?
「……ねえ、おじいちゃん。マジで言ってる?」
私は、案内された客室の真ん中で、完全にフリーズしていた。
すり切れてささくれ立った畳は、歩くたびにボロボロと変なクズが足の裏につく。
部屋の四隅には、いつから積もっているのか分からない灰色の埃がどっさりと溜まっていた。
窓の障子は破れかけ、差し込む光すら弱々しい。
「何これ。お化け屋敷のロケ地? 空気重すぎて、ウチのバイブスがゴリゴリ削れるんだけど」
「何を言うんだい、お咲。どこの小宿もこんなものだよ。うちはまだマシな方さ」
おじいちゃんは力なく笑うが、その目はちっとも笑っていない。
そこへ、おずおずとした足取りで、一人の飯盛女が木製のお膳を運んできた。
「お、お大東から、お朝飯を持ってまいりました……」
「あ、ありがと。お腹ペコペコだったんだよね……って、は⁉」
お膳の上を見た瞬間、私は思わず飛び退いた。
そこに並んでいたのは、ゴツゴツして妙に黒っぽい玄米、具が一切見えない泥水のような大根の味噌汁、そして縮こまった真っ黒な漬物。
「ちょっと待って、これ何? 彩りっていう概念、江戸時代に存在しないわけ⁉ 右見ても左見ても真っ茶色じゃん! こんなの映えなさすぎて、逆に新種の罰ゲーム?」
「お咲さん、お上からも贅沢は禁止されておりますし、これが当たり前、お定めですから……」
飯盛女の娘は、お上の影に怯えたように肩をすくめて下を向いた。
厨房から顔を出した下男の男たちも、「そうだ、そうだ」と諦めきった死んだような目で頷いている。
「ルール、ルールって……。みんなして、そんなにその言葉が好きわけ⁉」
私の胸の奥で、カチリと何かが切り替わる音がした。
ダサい。諦めきった大人たちの顔も、この陰気で埃っぽい部屋も、全部まとめて信じられないくらいダサい。
ウチの現場がこんな状態で、黙って見過ごせるわけがなかった。
「あー、もう無理! ウチのギャル魂がブチギレたわ!」
「お、お咲……?」
私はお膳をバシャッと畳に置き、帳場の前に向かって仁王立ちになった。
「全員、今すぐここに集まって!」
私のただならぬ大声に、おじいちゃんをはじめ、飯盛女や下男たちがゾロゾロと土間に集まってくる。みんな「何が始まるんだ」とオドオドした顔で私を見つめていた。
「いい? みんなよく聞いて。お上がどうとか、前例がどうとか、そんなのウチにはぜーんぜん関係ないから。ヤバっ! うちの現場、うちがルールだから!」
「な、何を言い出すんだい、お咲! そんな勝手な真似――」
「勝手じゃない、改革! こんなジメジメした暗い場所で働いてたら、心まで真っ茶色になっちゃうじゃん! というわけで――今からここで、ガチの大掃除を開始します!」
「煤払い(すすはらい)ぃ⁉ 師走の十三日でもねえのに、そんな無駄な労力を……」
下男の一人が不満そうに呟いた。
飯盛女たちも「えぇ……」と嫌そうな顔で顔を見合わせている。
過酷な労働に追われる彼らにとって、定められた日以外の掃除など苦役でしかなかった。
「無駄じゃない! 文句言う暇あったら動く! ほら、水桶とボロ布持ってきて!」
私は泥茶色の着物の袖をグッと膝の上までたくし上げ、腰紐で強引に固定した。
おじいちゃんたちが呆気に取られるのも構わず、井戸から汲んできたばかりの水桶に使い古しの襤褸を突っ込み、バシャバシャと力任せに絞る。
「よし、ウチが手本見せてあげるから。いくよ!」
私は四つん這いになると、すり切れた畳の上を、猛烈な勢いで雑巾がけし始めた。
「〜♪ ねえ、もっとテンション上げていこうよ、みんな〜♪」
口ずさむのは、現代で大好きだったお気に入りのポップソング。
もちろん、この時代の人間に通じるわけはないけれど、そんなの知ったことじゃない。
私は楽しそうに、リズムに合わせてガシガシと床を磨き上げていく。
「お、お咲さん……本当に自分でやってる……」
「しかも、なんか楽しそう……?」
飯盛女たちが、ポカンと口を開けて私の後ろ姿を見ていた。
この時代、生きるために義務として死に物狂いで働くのが当たり前だった彼女たちにとって、泥塗れになりながら鼻歌を歌い、心から楽しそうに笑っている私の姿は、これまでの価値観を根底から揺さぶるほどに異様で、眩しいものに映ったようだった。
「……あの、お咲さん。私、水桶の水を替えてきます!」
「あ、ウチも! そっちの隅の埃、はたきで落としますね!」
「お、おい、お前たちまで……。ちくしょう、じゃあ俺は裏の荷物置き場を片付けるか!」
一人、また一人と、従業員たちの目に小さな火が灯っていく。
最初は嫌々だった下男たちも、私の圧倒的なエネルギーに引きずられるようにして、次第に本気で動き始めた。
「そうそう! その調子! みんなマジで最高じゃん!」
私は立ち上がり、部屋の障子や窓を次々とガバッと全開に放り投げた。
冷たい、けれどどこまでも新鮮な風が、一気に館内へと吹き込んでくる。
何年も滞っていたどんよりとした空気が外へと押し流され、代わりに、キラキラとした眩しい日の光が客室の隅々まで差し込んできた。
「よっしゃ! 畳のクズも全部掃き出すよ!」
数時間後。あんなに薄暗くて陰気だった旅籠は、見違えるほどピカピカに生まれ変わっていた。
埃は綺麗に消え去り、吹き抜ける風が心地いい。日の光を浴びた畳は、どこか温かみを取り戻したように見えた。
「はぁー……疲れたけど、超気持ちいい!」
私は額の汗を手の甲で拭い、腰に手を当てて館内を見渡した。
従業員たちも、泥だらけの顔をしながら、どこかスッキリとした、晴れやかな笑顔を浮かべている。
「……お咲」
後ろから、震える声でおじいちゃんが私を呼んだ。
振り返ると、おじいちゃんは綺麗になった客室を見つめ、その目に、久しぶりの眩しい生気を宿らせていた。
「本当に、うちの旅籠かい、ここは……。こんなに明るい光を見たのは、何年ぶりだろうか」
「でしょ? 部屋が明るくなれば、バイブスもアガる。これがウチのやり方だから!」
私がおじいちゃんの背中をバシッと叩くと、おじいちゃんは痛そうにしながらも、嬉しそうに目を細めた。従業員たちからも、自然と小さな歓声が上がる。
地獄だと思っていたこの場所が、ほんの少しだけ、ハッピーに近づいた。そんな確かな手応えを感じていた、その時だった。
「た、大変だ! 大変でございます、大旦那様、お咲様!」
表の街道から、一人の下男が血相を変えて土間へと飛び込んできた。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「問屋場の……お役人様です! 何やら、うちの旅籠の様子が急に変わった不審な動きがあると聞きつけたようで……。ガチガチにお堅いお役人様が、今、こちらに向かって歩いてきております!」
「な、なんだって⁉」
おじいちゃんの顔が、一瞬にして真っ白に恐怖で染まる。従業員たちの笑顔も凍りつき、再び土間に緊張が走った。
「お検使様……? 誰それ、ウチの新しい現場に、さっそく難癖つけに来たわけ?」
私はたくし上げていた袖をさらに強く握り直し、不敵な笑みを浮かべて表の街道を睨み据えた。
「ヤバっ。ウチのルールにケチつける奴は、お上だろうが誰だろうが、全員まとめてアゲてあげるから!」
お読みいただき感謝です!
「うちがルール」と言い切る女将の行動力、スカッとしていただけたら嬉しいです。
次回はブラックすぎる従業員たちの労働環境に、ギャルが最新の「働き方改革」を突きつけます!




