【第1話:スマホ圏外とか勝たんのだけど!】
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本作は現代の強めギャルが江戸初期のブラック旅籠に転生し、バイブスと「ヤバっ!」の一言で世直ししていくお話です。
まずは第1話、お楽しみください!
「……ん、最悪。頭割れそうなんだけど」
じわじわと這い上がってくる頭痛に眉をひそめながら、私はゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の部屋の天井――ではなかった。
黒ずんだ太い木組みの天井に、妙に煤けた、薄暗い空間。ツンと鼻を突くのは、埃と、嗅いだこともない妙に酸っぱいようなカビの臭いだ。
「え、何これ。どこ、ここ? っていうか、私、車に轢かれそうになって……」
そこまで思い出して、ガバッと跳ね起きた。
全身を走る痛みを覚悟したけれど、どこも痛まない。それどころか、手元に触れたのは硬くてガサガサした、変な布地だった。
「は? 何この服。ウケる、何かのコスプレ?」
私が着ていたのは、着物だった。
しかも、お祭りとかで着る可愛い浴衣なんかじゃない。
全体的に泥茶色で、ゴワゴワした、安っぽい作りの和装だ。
おまけに、爪を見て心臓が跳ね上がった。
昨日付けたばかりのキラキラの超ロングデコネイルが、綺麗さっぱり消えている。
代わりにあったのは、短く丸められた、なんの飾りもない生爪だった。
「嘘、ウチのネイルどこ行った⁉ っていうか、私のスマホは⁉」
パニックになりながら、着物の懐や、帯の隙間に必死で手を突っ込む。
けれど、あの四角くて愛おしい、命の次に大事な相棒の感触はどこにもなかった。
這うようにして暗い部屋の隅へ向かうと、そこには使い古されてすっかり曇った、小さな青銅の和鏡が鏡立てにぽつんと置かれていた。
私はその前に膝をつき、恐る恐る鏡の中を覗き込む。
「……はぁ⁉ 誰これ、マジで意味不!」
鏡の向こうにいたのは、金髪でもなければ、ガッツリまつげを盛ったいつもの私でもなかった。
黒髪をだらしなく後ろで一つに結び、すっぴんで、心なしか顔色の悪い、十代後半くらいの和風な女の子。
「ちょっと待って、これマジのやつじゃん! テレビで見るやつ! 転生的な⁉」
頭を抱えて叫んだものの、誰も答えてくれない。
私はすがるような思いで、もう一度、着物のあちこちをボリボリと探った。
「嘘でしょ……電波とかそういう次元じゃない。スマホ圏外とかマジで勝たんのだけど!」
部屋にいても拉致が明かない。私は勢いよく襖を引き開け、薄暗い廊下へと飛び出した。
ギシギシと派手な音を立てる床を踏みしめ、暗い階段を駆け下りる。
建物の外へ向かうと、そこは通りに面した、妙に広い土間になっていた。
「すいません! 誰かいませんか⁉ ここ、どこですか!」
声を張り上げると、土間の奥にある帳場の中から、一人の老人がのそりと姿を現した。
白髪混じりの髪を小さな髷に結い、ひどくヨレヨレした着物を着ている。
その老人は、私の顔を見ると、深いため息をついた。
「……ああ、お咲かい。やっと起きたか。そんなに大声を出すんじゃない。お上に見咎められたらどうする。ただでさえ、この宿場町は目が厳しいんだからね」
「おさき? 誰それ、ウチの名前は――」
言いかけて、口を閉ざした。老人の目が、あまりにも異様だったからだ。
それは、お上の容赦なき法としきたりに骨の髄まで縛られ、抗う術すら忘れた、逃れられぬ宿命に身をやつした者の絶望の色だった。
「あの、おじいちゃん……? 大丈夫? 顔色、マジでヤバいよ?」
「大丈夫もクソもあるものかね。お上の割り振る旅人も、隣の格上の本陣や大きな旅籠にすべて奪われ、うちはもう、明日の米にも困る始末。うちがこれ以上潰れかければ、五人組の連座でお隣近所にまで伝馬役の重いツケが回る。だから皆から白い目で見られ、問屋場の役人様にはお叱りを受け……。ああ、早くお迎えが来ねえかのう……」
おじいちゃんは、ガタガタと震える手で大福帳を閉じ、そのまま床にへたり込んでしまった。
その痛々しい姿を、私はただ見つめることしかできなかった。
(何これ……。スマホがないとか、自分の顔が違うとか、そんなことより――)
私の胸の奥で、何かが激しくパチパチと弾けた。
現代にいた頃から、友達が理不尽に男に泣かされたり、先輩からイジメられたりしているのを見ると、どうしても黙っていられないタチだった。
ウチのバイブスが、今、猛烈に怒っている。
「ちょっと、おじいちゃん! しっかりしなよ! 」
「ほっといておくれ……。どうせ、うちのような間口の狭いボロ宿なんざ、誰にも顧みられんのだ。お上の御定に這いつくばり、ただ静かに潰れるのを待つだけさ……」
「はぁ⁉ 何それ、マジでイミフなんだけど!」
私はおじいちゃんの前にしゃがみ込み、その細い両肩をガシッと掴んだ。
「お上の御定だからって諦めるとか、マジでぜんぜん粋じゃない! 誰が決めたか知らないけど、そんなダサい現実に負けてるおじいちゃん、見たくないんだけど!」
「お、お咲……? お前、急に何を言い出すんだ……?」
おじいちゃんが、濁った目を丸くして私を見上げる。
私は立ち上がり、泥茶色の着物の袖を、両腕ともグッと肩まで捲り上げた。
「ウチ、決めたわ。スマホがないのはマジでキャパいけど、このままここで、しけた面して死ぬのを待つなんて絶対に嫌。そんなの、一番バイブス下がるし!」
「ばいぶす……? お咲、頭でも打ったのかい?」
「打ってない! っていうか、ここ、ウチの新しい現場だから! 現場のトップが死んだ目してたら、来るハッピーも来なくなっちゃうじゃん!」
私は腰に手を当て、不敵に笑ってみせた。
鏡で見た新しい自分の顔は、すっぴんだったけれど、今の私の魂が宿った瞳は、きっとギラギラと輝いているはずだ。
「いい、おじいちゃん? 今日からこの旅籠は、ウチがルールだから!」
「な、何を言っているんだ。お上や大旅籠に逆らったら、本当に地獄を見るぞ……!」
「地獄? 上等じゃん。そんな古臭い地獄、ウチらのアゲアゲなバイブスでほんわか爆破してあげるから!」
怯えるおじいちゃんの手を無理やり引っ張り、立たせる。
現代ギャルの魂を持った、前代未聞の「新米ギャル女将」が、今、この瞬間に爆誕したのだ。
「まずは何から始めるんだい……?」
オドオドと尋ねるおじいちゃんに、私は満面のウインクを飛ばし、親指を力強く立てた。
「きまりきっしょ! まずはこの埃っぽくて陰気な部屋の大掃除から! ヤバっ、ウチらの伝説、こっから始めちゃうよ!」
第1話をお読みいただきありがとうございました!
スマホなし、着物姿という絶望的状況からギャル女将の快進撃が始まります。
次回、しけた旅籠の現状にキレた彼女が大暴れ!?応援よろしくお願いします!




