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【第28話:ヤクザのボス、ギャルのバイブスが頭から離れない】

ウサギを褒められて赤面撤退したヤクザのボス。

今回は、アジトに戻ってもギャル女将のサバサバした笑顔が脳裏に焼き付いて離れない、ボスの不器用すぎるツンデレな葛藤をお届けします!

「ふ、ふん……! 

おい、野郎ども、今日はこれくらいにしておいてやる! 

引き上げるぞ!」


 額から左頬にかけて斜めに走る醜い刀傷を、

まるで沸き立つ煮こごりのように

これ以上ないほど真っ赤に染め上げながら、

博徒のボスは地を這うような声を絞り出した。


 愛刀の真鍮の鍔(つば)にあしらわれた、

波頭を蹴って駆ける「波に兎」の密かな細工。


死んだ親父から受け継ぎ、誰にも言えず、誰にも気づかれなかった彼の一番の宝物を、

まさかこんなうらびれた小宿の、生意気な十代の小娘にズバッと真っ正面から

褒めちぎられるなど夢にも思っていなかったのだ。


周囲に居並ぶ直属の手下たちの手前、面目を丸潰れにされた男は、

これまでに経験したことのない凄まじい羞恥心に襲われ、

めちゃくちゃに恥ずかしくなってしまったのである。


「お、お頭? 

もう引き上げるんでやすか? 

まだ場所代の銭も受け取ってねえし、あの不届きな小娘にガツンと

焼きを入れねえで帰るなんて、野道の者の名が廃りやすぜ……」


「うるせえ! 

俺が引くと言ったら引くんだよ! 

お前たち、とっとと汚ねえ面(つら)を街道へ引っこ込めろ!」


 ボスは咥えていたキセルを乱暴に懐の奥へねじ込むと、

お咲が淹れて差し出した、柑橘の爽やかな香りが漂う特製の柚子ハチミツ茶を

飲むのもすっかり忘れて、大慌てで踵を返した。


「おい、そこに転がってる泥宿の爺! 

今回は見逃してやるが、次回までにきっちり『場所代』、

いや、美味いカスリを金子で用意しておけ! 

さもなきゃあ、次こそこの宿場町ごと容赦なく叩き潰し、

全員の首を刎ねて血の海にしてやるからな!」


 捨て台詞だけはやたらと威勢が良く、

いつもの悪党らしい残忍な響きを帯びていたが、その大股な足取りは明らかに狼狽していた。


泥茶色の薄汚れた羽織をバタバタと無様に揺らしながら、

まるで都合の悪いお上の役人にでも見つかったかのように、

男たちはコソコソと街道の彼方へと逃げるように撤退していった。


「……あ、足が、足が震えて立ち上がれねえ。

本当にここで命を落とすかと思ったぜ……」


 バシャンと乱暴に格子戸が閉められた、静まり返った土間で、

隣の茶屋の茂蔵さんがようやく喉の奥から大きく息を吐き出し、冷たい床にへたり込んだ。


帳場の奥から這い出てきたおじいちゃん主人も、

「あぁ、お代官様からの御墨付きがあっても、

やはり公儀の御法度も通じぬ無法者の暴力には敵わんのか……」と、

涙目でホッと胸を撫でおろしている。


 張り詰めていた恐怖のバイブスが一気に引いていく旅籠の中で、

しかし、主人公である私だけは、エプロン代わりの前掛けのポケットに

両手を深く突っ込んだまま、ケラケラと声を上げて笑っていた。


「あはは! 

あのお兄さん、顔中真っ赤にして照れてて超ウケるんだけど! 

捨て台詞とかマジでテンプレだし、超かわちい!」


「お、お咲さん……笑い事じゃありませんよ。

お頭(かしら)って呼ばれていたあの刀傷の男、

この辺りの裏社会を仕切っている、本物の凶悪な人殺しだって街道の噂なんですから……」


きよが下男の佐助の広い背中の後ろからおそるおそる顔を出し、

本気で世の終わりを迎えたかのような心配そうな目で私の顔を覗き込んできた。


「大丈夫だって! 

だって、刀のあんな細かいところにウサギちゃん仕込んでる男の人に、

ガチで悪い奴はいないっしょ。

あのセンスの良さは、絶対に話せば分かるタイプだし!」


私が親指を立ててパチンとウインクを飛ばすと、

旅籠の従業員たちも、お咲の底抜けた無敵のマインドに呆れ果てたような、

しかしどこか救われたような、何とも言えない複雑な溜息を深く漏らすのだった。


 ――その頃。

 大活気の宿場町から遠く離れた、薄暗く殺風景な無宿人たちの根拠地。


その荒れ果てた部屋の奥に鎮座した、

年季の入った大きな脇息(きょうそく)にどっかりと肘を突き、

ボスは悶々とした途方もない時間を一人で過ごしていた。


部屋の隅では、濁った酒の入った角樽を囲み、

手下たちが車座になって不満げに声を荒らげている。


「なぁ兄貴、明日はもっと大勢の野道の仲間を引き連れて、

あのハッピーだか何だかいう生意気な宿場を派手に暴れ回ってやりやしょうぜ!」


「そうだ! 大文字屋の藤右衛門の頑固オヤジも、

関所のカタブツ役人どもも、俺たちの本当の恐ろしさをとことん植え付けて、

二度と逆らえねえようにしてやるんです!」


無精髭を汚らしく生やした男たちが、

錆びついた匕首(あいくち)を畳に何度も突き立てて凄んでみせるが、

ボスの耳には、その物騒な進言が一切届いていなかった。


彼の脳裏を完全に占拠していたのは、昼間の旅籠の土間で、

鼻先が触れ合うほどの至近距離で自分を真っ直ぐに見つめてきた、

あの小娘の凛とした姿だけだったのだ。


(……一体、何だったのだ、あの女狐は)


思い出すだけで、顔の刀傷がまた火をつけられたように

じわりと熱くなるのを感じて、ボスは無意識に大きな手のひらで顔を覆った。


これまで、お上の役人も、街道を旅する商人も、

誰もが自分を「凶悪な悪党」として恐れ、震え、

あるいは穢れものを見るかのように忌み嫌ってきた。


恐怖によって人の心を支配し、力で圧殺することこそが、

裏社会を泥水すすって生きる者の唯一の誇りであり、

絶対の掟だと信じて疑わなかった。


なのに、あのギャルとかいう娘は根本から違っていた。


剥き出しの刃を突きつけられても一歩も怯まず、

自分をただの恐ろしい無宿人としてではなく、

一個人の「センスの良いお兄さん」として、

裏表のないサバサバした最高のバイブスで扱ってくれたのだ。


『え、ギャップ萌え狙ってんの? センス良すぎでしょ!』

『形見とか超エモいじゃん! 親父さん、マジでセンスの神様だね』

耳の奥で、あの妙に軽快で心地よい、突き抜けるように明るい声が、

夜の静寂の中で何度も何度も不気味なほどにリフレインする。


あんな風に、自分が密かに命よりも大切にしてきたこだわりを肯定され、

真っ直ぐに褒められたことなど、

この暗い裏社会に身を落としてから一度としてなかったのだ。


「……あ、あの女将、一体何者なんだ……」


ぽつりと、ボスは手元のキセルを強く握りしめたまま、

誰にともなく小さく呟いた。

その声には、いつもの荒々しさはなく、

どこか迷子になった子供のような切なさが混ざっていた。


「へ? 

兄貴、今何か言いやしたか? 

あの泥宿の女狐の首でも取ってきますかい?」


「……何でもねえ! 

お前ら、うるせえぞ! 

酒を飲むなら、そこらで静かに飲んでいやがれ!」


「は、はいっ! 

へい、すやせんお頭!」


突然、烈火のごとく怒鳴られた手下たちが、

ビクッと肩を震わせて一斉に縮こまり、慌てて酒を口に流し込む。


しかし、ボスの心は完全に狂わされていた。


凄んで脅し、場所代を毟り取るはずだった自分が、

気がつけばあの小娘のペースに丸ごと巻き込まれ、

目を閉じても頭からあの眩しい笑顔が離れなくなっている。


暴力と恐怖だけで生きてきた不器用な無宿人の胸に、

これまで経験したことのない、奇妙なときめき(?)のつぼみが、

静かに、しかし強烈に芽生え始めていたのだった。

ボス、完全にギャルマインドに毒され始めています(お約束)。

しかし、ショバ代を回収しなければメンツが立たないヤクザ一味。

次回、ボスが再び嫌がらせにやってきますが、女将は彼の「体調」を見抜きます!

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