【第23話:しけた面すんな!全員アゲて帰すから!】
今回はお堅い役人たちとのガチンコ「おもてなし勝負」!
風紀を乱すと怒る彼らを、ギャル女将がプロデュースする極上の大宴会に強制連行します。
しけた顔の大人たちを、全員アゲアゲにする作戦です!
「――はぁ? 何その的外れなイチャモン? おじさん、せっかくの偉いお顔が台無しじゃん」
私が一切の躊躇もなくそう言い放った瞬間、それまでざわついていた旅籠の広大な土間は、文字通り完全に氷結した。
あまりの恐ろしさに、床に額を擦りつけていたおじいちゃんや、隣の茶屋の茂蔵さん、丸米屋のオヤジさんたちは、恐怖のあまり「ひっ……!」と短く引きつった悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いて卒倒しかけている。
御勘定所代官、鳥居は、額に青筋を猛烈に浮き上がらせて私を真っ直ぐに睨み据えた。
その眼光は凍りつくほどに冷たい。
随行してきた直属の武士たちが一斉にガチャリと不穏な音を立てて刀の柄に手をかけ、土間の埃っぽい空気を切り裂くようにして、鋭利な殺気が肌をチクチクと刺し始めた。
「不届き者が……!
公儀の代官たるこの鳥居を公衆の前で愚弄するか!
そこな身の程知らずの狂女、直ちに搦め捕って牢へ――」
「ヤバっ、そんなしけた面すんなって!
おじさん怒るの早すぎだし、マジで体に悪いよ? せっかくウチの街に来てくれたんだからさ、全員アゲて帰すから覚悟しときな!」
「な……ぜんいん, あげて……?
何をわけの分からぬ戯言を口にしておるか!」
「つべこべ言わずに、ウチらの大座敷へカモン!
今から最高にハッピーな時間をプレゼントしちゃうから!」
私は首を刎ねられかねない抜身の殺気を前にしても、怯えるどころか、腰に両手を当てて不敵にからからと笑ってみせた。
あろうことか、怒り狂う代官一行をそのまま旅籠の奥にある最高級の大座敷へと、ぐいぐいと強引な身振りで促したのだ。
「き、貴様、お上の役人を至高の饗応で買収する気か!
無礼極まる、公儀の威信を何と心得ているのだ!」
鳥居の配下の定番武士が顔を真っ赤にして怒号を上げるが、私はへっちゃらな顔で手のひらをひらひらと振ってあしらった。
「ハ? 買収とかマジで人聞き悪いんだけど!
これは買収じゃなくて、ウチらの魂を込めた『おもてなし』。
カビの生えた古いルールでウチらの街を潰そうとする前にさ、ウチらの最強のバイブスを体感してから文句言いなよ!」
「お、おのれ……。
どこまでも不届きな小娘だ。
鳥居様、このようなおなご、即座にここで処断されるべきです!」
部下の武士がしびれを切らして刀を半分ほど抜きかけた、まさにその時。
じっと私の真っ直ぐな瞳を見つめていた代官の鳥居が、ふっと冷酷な笑みを口元に漏らしながら、長い片手をすっと挙げて全部下を制した。
「……待て。
面白い。よかろう、そこまで大言壮語する泥宿の『もてなし』とやら、一応は見届けてやろうではないか。
ただし、おのれの浅ましい企てが我らの心を僅かでも不快にさせたならば、その時は約束通り宿場ごと容赦なく叩き潰し、全員の首を刎ねる。心得ておけ」
「きまりきっしょ!
後悔させないから、そこんとこよろしく!」
私はパチンと片目を器用にウインクすると、廊下でハラハラしながら待機していたきよたちに素早く目配せをして、一行を旅籠で最も広い、普段は名のある豪商や渡り宿の主しか通さない最高級の大座敷へと案内した。
鳥居たちが重々しい襖を開けて部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、その険しい鉄面皮のような表情が僅かに動いた。
(……なんだ、この澄み切った清々しさは)
部屋の隅々まで埃一つなく、ちりひとつ残さないほど徹底的に清掃された畳は、青畳の香りを残したまま美しく磨き上げられており、大きく開け放たれた格子窓からは夕暮れの心地よい風が綺麗に室内を通り抜けていく。
さらに、室内にはほのかに優美な白檀の香の香りが漂い、旅の長旅と緊張で凝り固まった武士たちの身体を、優しく解きほぐすような極上の空間が五感を通して演出されていた。
「お代官様、随行の皆様、遠路はるばるのお越し、本当にお疲れ様でごぜいやす。
どうぞ、こちらの仕立ての良い円座へお直りくだされ」
新調したばかりの、ひだ飾りの愛らしい召し物に身を包んだきよが、手作りのキラキラした髪飾りを上品に揺らしながら、三つ指をついて完璧な礼の作法で一行を迎えた。
その丁寧な態度は、お上の権力にただ怯えて震える、かつての泥宿の奉公人のものとは完全に一線を画していた。
自らの仕事に強い誇りと楽しさ、そしてバイブスを持っているからこそ醸し出される、凛とした、しかし決して卑屈ではない明るい接客。
鳥居は無言のまま、勧められた上質な円座へとどっかりと重々しく腰を下ろした。
「……ほう。
形ばかりは整えてあるようだが、我ら公儀の目をこのようなままやかしで誤魔化せると思うなよ」
鳥居が腕組みをしたまま冷ややかに鼻を鳴らした、まさにその刹那。廊下の向こうから「へい、お待たせいたしました!」と、驚くほど活気ある威勢の良い声が響いた。
重いお膳を恭しく運んできたのは、下男の佐助と厨房の料理長、そして隣の茶屋の茂蔵さんや丸米屋のオヤジさんたち、宿場町のプロデュースに命を懸けたオヤジたちのオールスターだった。
「これより、お咲さんの指図による、ウチらの街の総力を挙げた極上の品々をお出しいたしやす!」
お膳の上に並べられたのは、これまで鳥居たちがどこの高貴な本陣や格式高い大宿でも見たことのない、驚くほど美しく配置された至高の料理の数々だった。
汲みたてのキンキンに冷えた井戸水で冷やされたギヤマンの器の中には、白玉の白、小豆の深い赤、卵焼きの鮮やかな黄色が、夕暮れの光を浴びてまばゆいばかりの美しい層をなす『最強の宿場スイーツ・極み』。
そしてその隣には、太く削り出された竹筒に注がれた、葛粉のモチモチした食感が黒蜜のタレと絶妙に絡み合う特製の『タピオカ風ドリンク』が、涼しげで粋な佇まいで鎮座している。
「……何だ、この妖しげな色彩は。
菓子をこのような破天荒な形で出すなど、やはりお上の御定めに背き、街道の風紀を乱す不届きな――」
「能書きはいいから!
ほらおじさん、お腹減ってるとイライラが止まんないでしょ?
ウチらの魂の結晶、まずは四の五の言わずに一口いっちゃって!」
私がぐいとお膳を目の前まで押し出すと、鳥居の配下の武士たちは「お頭、罠では……」「毒見をせねば」と一斉に色めき立った。
だが、室内のあまりにも心地よい空気と、出来立ての料理から漂う甘じょっぱい極上の香りに、鳥居の胃袋はすでに無意識のうちに限界を迎えていた。
「……一応、口にしてやろう。
お前たちの不調法と浅ましさを、この場で暴いてやるためにな」
覚悟を決めたように、代官の鳥居が削り出しの竹箸を握り、おそるおそる、しかし意を決してかん味を口へと運んだ。
白玉と小豆、そしてハチミツのタレが絡み合った塊を咀嚼した、まさにその瞬間だった。
「……っ⁉」
鳥居の身体が、まるで青天の霹靂、激しい稲妻に打たれたかのようにビクンと大きく跳ね上がった。
目を見開き、口をモグモグと動かしたまま、完全に石のように硬直している。
ハチミツと水飴の深いコク、そして卵のふわふわした食感と白玉のもちもち感が、口の中で代わる代わる踊り狂う圧倒的な美味さの暴力。
「お、お頭……!?
いかがいたしましたか!
やはり曲者の仕込みか!」
部下たちが大慌てで身を乗り出すが、鳥居はもはや彼らの声すら耳に入らない様子で言葉を失い、何かに取り憑かれたように今度は太い竹筒の管を咥えて思いっきり吸い込んだ。
ジュボッという音と共に、黒蜜をたっぷりと纏った葛粉の黒い団子が、滑り込むように口に飛び込む。
「……う、美味い……!
美味すぎるぞ、これは……っ!」
ついに、頑なだった代官の口から、驚愕と心からの感動の叫びが漏れ出た。
それを見た部下の武士たちも、もう我慢の限界だった。堪えきれずに我先にとお膳の品々を口にし、一瞬にして全員が顔を真っ赤に染めながら夢中で貪り始めたのだ。
大座敷は、武士たちの箸の音とジュボジュボというタピオカを啜る音で満たされていく。
かつて彼らが命がけで守ろうとしていた「お堅いルール」や「身分の品格」が、この極上の空間と、若者が作った圧倒的な「楽しさ」「美味さ」の前に、内側からものの見事にドロドロと溶かされていく。
「どう? ねえお代官様、ウチらのバイブス、マジで飛んだでしょ?」
私がにやりと悪戯っぽく笑って小首をかしげると、鳥居は空になった器を呆然と見つめたまま、しかしその瞳には、かつてないほどの確かなハッピーの光を灯させていた。
客を笑顔に、そして役人たちのプライドを内側から完全に溶かす、宿場町全体の総力を挙げたおもてなし。
その圧倒的な勝利の余韻が、夕闇の迫る大座敷を温かく包み込んでいくのだった。
宴会が始まりました。
冷徹だった役人たちの表情が、極上の料理と最高の接客によって少しずつ崩れていきます。
次回、ついに第2部のクライマックス!役人の口から衝撃の言葉が飛び出します!




