【第18話:出し惜しみゼロ!ウチらのレシピ、全公開しちゃう】
レシピを完全公開するギャル女将!
江戸の職人マインドを「みんなでアガった方が良くない?」の一言で上書きし、街全体の売上を爆アゲさせます。
しかし、次なる障壁は街道の心臓部「関所」です!
「――いい?
葛粉を練るときは、とにかくダマを作らないように一気に混ぜるのがコツ。
ここでケチると、あのモチモチ感が死んじゃうからね!」
旅籠の大広間。墨の匂いではなく、甘い黒蜜の香りが満ちる室内で、私は集まったオヤジたちに向かって声を張り上げていた。
手元には、タピオカ風ドリンクの材料や盛り付けの黄金比を、文字と拙い図で分かりやすく書き起こした数枚の和紙がある。
「お、おい、お嬢ちゃん……いや、お咲さん。本当にいいのか?
これ、黒蜜の配合まで細かく書いてあるが……」
旅籠『丸米屋』の親父が、震える手でその書き付けを掲げた。
額には冷や汗がにじんでいる。他のオヤジたちも、文字は読めずとも、そこに描かれた妙な図を、まるで門外不出の呪術の書でも見るかのように恐る恐る覗き込んでいた。
「何が? 分かりにくかった? 分かんなければ、もう一回実演するけど」
「違う、そうじゃねえ! これはいわば、お前の『秘伝の仕込み』だろうが!
技を盗まれないよう、身内にすら隠して一子相伝で伝えるのが、この世界の当たり前だ。それを、こんなに簡単に……」
「そうだよ! こんな貴重な商売の種を、無償で俺たちに教えるなんて、お前、正気か⁉」
別の小宿のオヤジが身を乗り出して叫ぶ。
彼らの顔には、嬉しさよりも困惑と恐怖が勝っていた。
江戸初期の彼らにとって、独自の仕込みや秘伝は命の次に重い財産だ。
それをあっさりと他人に差し出す人間の存在など、理解できるはずもなかった。
「あはは! 何言ってるの、大げさだなあ!」
私はお腹を抱えて笑い飛ばした。オヤジたちは、ぽかんとした顔で私を見つめている。
「隠すとか、マジで意味なくない?
あのさ、ウチの店だけが儲かっても、街全体が寂しきゃ何の意味もないじゃん。
旅人がこの宿場町に来て、どこの店に入っても『美味い!』って感動して、みんながハッピーになる。全員で売上を爆アゲした方が、絶対楽しいっしょ!」
「全員で、爆アゲ……?」
「そう! win-winってやつ!
一店舗だけが大行列になるより、街全体が『映えスイーツの聖地』になった方が、日本中からもっと人が集まるに決まってるもん」
あっけらかんと言い放った私の言葉は、大広間に静かな衝撃をもたらした。
オヤジたちは顔を見合わせ、それからじっと手元の書き付けを見つめた。
技術を隠し、他者を蹴落とすことでしか生き残れないと思い込んでいた彼らの胸に、私の『ギャル流のシェア精神』が、深く、強く突き刺さったようだった。
「……全員で、か。己の器の小ささが恥ずかしくなるな」
丸米屋の親父が、ぽつりと溢した。その目から先ほどまでの迷いが消え、熱い光が宿る。
「よし、お前たち! 女将さんの心意方に泥を塗るんじゃねえぞ! 死ぬ気でこの技を叩き込むんだ!」
「おう!」
地鳴りのような返事が響く。
そこからのオヤジたちの熱量は凄まじかった。
私はレシピの公開に留まらず、客あしらいの仕様もタメ口で叩き込んでいった。
「お待たせしましたーっ、て出すときは、絶対に笑顔!
ムスッとした顔で渡されたら、どんなに美味しいタピオカも美味しくなくなっちゃうからね。
ほら、丸米のオヤジさん、口角をギュッと上げて!」
「こ、こう、こうか……? へ、へい、いらっしゃい! だ!」
「引きつりすぎ! でも、最初よりは全然マシ! その調子!」
数日後、宿場町は劇的な変貌を遂げ始めた。
どの小宿や商店の店頭にも、辰次さんの手による色鮮やかなお品書きが掲げられ、お洒落な和風パフェや、涼しげなタピオカ風ドリンクが並ぶようになった。
かつて「茶色いご飯」しか出さず、不愛想だったオヤジたちが、今では白い前掛けをピシッと締め、満面の笑顔で旅人を迎え入れている。
効果は、すぐに数字となって現れた。
「おい、お咲さん! 今月の稼ぎは、去年の三倍じゃ!」
「うちは四倍のおあし(銭)だ! 仕入れた葛粉が午前中で底を突きかけちまった!」
旅籠の帳場に、オヤジたちが嬉しそうに帳面を持って駆け込んでくる。
彼らの表情は以前の陰気さが嘘のように明るく、生き生きとしていた。
うらびれていた街の一角は急速に消え去り、今や宿場町全体が、笑顔と活気、ひっきりなしに行き交う旅人たちの歓声で満ち溢れていた。
歩いているだけで、みんなのワクワクしたバイブスが伝わってくる。
「大成功、だね」
私は夕暮れ時、賑わう街道を見下ろしながら、小さく呟いた。
街は変わった。
私の仕掛けたマーケティングは、この宿場町を確かに救ったのだ。だけど――。
私の視線は、賑わう中心街から外れ、街道の遙か入り口の方へと向いた。
胸の中に、小さな引っかかりが、冷たい澱のように残っている。
「……ねえ、茂蔵さん」
隣で満足そうにタピオカを啜っていた茂蔵さんに、私は声をかけた。
「おう、どうしたお嬢ちゃん。こんなに景気がいいんだ、もっとシャキッと笑顔でいようぜ」
「ううん、笑顔なんだけどさ。ちょっと気になってることがあって……。
最近、ウチらの店に来る旅人って、みんな同じ方向から入ってきてない?」
「あん? そりゃあ、江戸からの下りの旅人が通ってくるのが普通だからな」
「そうじゃなくて。反対側の、ほら、街道の入り口にある『あの場所』……あそこから入ってくる旅人が、明らかに少なすぎる気がするの」
茂蔵さんは私の言葉に、ピクリと眉を動かした。
持っていた竹筒をそっと縁台に置く。
「……気づいちまったか」
「やっぱり、何かあるの?」
「ああ。あそこには、この宿場町で一番古くて、一番でかい大宿『大文字屋』がある。
あそこの主・藤右衛門が、とにかく頭の固い男でな。
息子の新次郎に仕込みをねじ伏せられて大人しくなったかと思えば、今度は昔ながらの格式とやらにこだわって、うちのブームを『軽薄な悪ふざけ』だと切り捨てて、旅人の流れを堰き止めてやがるんだ」
「ふーん、なるほどね」
私は腕を組み、窓の外の遠い景色を見つめた。どれだけ私たちが中を明るくお洒落にプロデュースして、街全体を盛り上げても、街道の玄関口にあたる『あの場所』が、完全に旅人の流れを堰き止めている。
大文字屋が威圧的な態度で新しい文化を拒絶し、通りかかる旅人たちを古臭い常識で追い返しているのだ。
門番のようにそびえ立つ巨大な老舗が、街のさらなる発展のボトルネックになっている。
「せっかくみんなでアゲてきたのに、入り口でシャットアウトされてたら意味ないじゃん」
「だがお嬢ちゃん、相手は街の重重鎮、あの藤右衛門だ。新次郎の説得で裏工作こそ止めたが、己の商いのやり方を変えるような甘い相手じゃねえ。
美味いものを食わせりゃコロッと変わるようなタマじゃねえぞ」
茂蔵さんの声には、隠しきれない懸念が混ざっていた。
だけど、私の心はすでに決まっていた。
ここで立ち止まったら、ギャルが廃る。
「関係ないっしょ。どんなに大きな壁でも、ウチらのバイブスでぶち破るだけだから」
私はポンと自分の胸を叩き、不敵に笑ってみせた。
宿場町全体を巻き込んだ大改革は、ついにこの街を支配する最大の『頑固な壁』へと行き着いた。
本当の戦いは、ここから始まるのだ。
街全体がハッピーになってきましたが、旅人の前に立ちはだかるのはガチガチの「関所」。
次回、身分証チェックが厳しすぎて大渋滞を起こしている関所に、ギャル女将が物申しに向かいます!




