【第16話:かわら版屋を巻き込んで、SNS(口コミ)大作戦!】
今回は江戸時代の情報メディア「かわら版」をハッキング(?)します。
現代のSNSマーケティング感覚を木版画に応用して、宿場町に大ブームを巻き起こすギャル女将の頭脳戦をお楽しみください!
「――で、これが今うちがイチオシしてる、最強の宿場スイーツなんだけど。どう? マジでヤバくない?」
旅籠の一室。私はお膳の上に、出来立ての『パフェ風かん味』をどん、と置いた。
ギヤマンの器の中で、白玉の白、小豆の深い赤、卵焼きの鮮やかな黄色が美しい層をなしている。
「ほう……。こいつはまた、ずいぶんと奇妙な代物だな。だが、確かに美しい」
じっと器を見つめているのは、旅籠に滞在していた絵草紙の絵師であり、読売の仕掛け人でもある辰次さんだ。
無精髭を生やし、気難しそうな偏屈な佇まいからは、いかにも絵師としての頑なな気骨が漂っている。
だけど、そんな辰次の職人、いや絵師としてのこだわりを差し引いても、今回のウチの提案は絶対に彼にとってもチャンスなはずだ。
「でしょ? 茂蔵さんとコラボして作ったんだけどさ、味は文句なしなわけ。でもね、どんなに良いもの作っても、みんなに知ってもらわなきゃ意味ないじゃん?」
「そりゃそうだが。一体、俺に何をさせたいんだ?」
「これ超かわいくない? このエモいバイブスを、そのまま木版画のポスターにしてほしいわけ!」
「えもい……ばいぶす……? ぽすたあ?」
辰次さんは、私が放った現代のギャル語に、あからさまに眉をひそめた。
ここは江戸時代。
当然、スマートフォンもなければ、インスタもエックスもない。
だけど、私にとっては、この街を流通する『読売』の引き札や絵草紙こそが、現代のSNSそのものだった。
「そう! 要するに、これを見た旅人が『うわ、何これ! 絶対行きたい!』ってなるような、最強の口コミチラシを作りたいの」
「口コミチラシだと? 読売の刷り物ってのはな、大火事だの心中事件だの、世間の大騒ぎを伝えるもんだ。こんなお菓子を一枚の絵にして配るなんて、聞いたこともねえよ」
辰次さんは鼻で笑い、懐からキセルを取り出そうとした。
江戸の常識にとらわれている彼を動かすには、まずこの『バイブス』を直に味わってもらうしかない。
「四の五の言わずに、まずは食べてみてよ! ほら、匙!」
「おい、勝手に握らせるな……。ったく、一口だけだからな」
観念したように、辰次さんがかん味をひと口、口に運んだ。
その瞬間、彼の切れ長な目が大きく見開かれ、キセルを持つ手がピタリと止まる。
「……っ⁉」
「どう? ハチミツと水飴の甘みがガツンと来て、その後に卵のふわふわが追いかけてくるでしょ?」
「……なんだこれは。甘ぇだけじゃねえ。口の中で、味が、いや、色が踊ってやがる。この滑らかな小豆と、もちもちした白玉の対比……。おい、お嬢ちゃん、これはただの菓子じゃねえ。ひとつの見事な趣向だぞ」
「あはは、気に入ってくれたみたいで良かった! そう、これはアートなの! だからこそ、辰次さんのその絵の力で、この感動をみんなにシェアしてほしいんだよね」
辰次さんは器を空にすると、興奮を隠せない様子で羽織を脱ぎ捨て、着物の袖をたすきでキリッと気合十分に跳ね上げた。
そして、自身の絵道具を引っ張り出してきた。
「面白い。この辰次、ただの瓦落多を売る絵草紙屋だと思われちゃ困る。この粋な佇まい、どう描き出せばいい?」
「よし、乗ってくれたね! じゃあ、私のデザイン感覚を叩き込むから、しっかりついてきて!」
私は辰次さんの隣に陣取り、真っ白な和紙を広げて筆を握った。
「いい? 普段の読売みたいに、文字をぎゅうぎゅうに詰め込むのは絶対にバツ! 見づらいし、文字ばっかりだとテンション下がるじゃん?」
「文字を減らす? それじゃあ、事の次第が伝わらねえだろう」
「ディテールは後回し! 一番大事なのは、見た瞬間のインパクト! このガラスの器をさ、ド真ん中に出すの。それも、真横からのアングルで、三つの層がはっきり分かるように、めちゃくちゃ鮮やかに描いて!」
「真横から……。なるほど、層を見せるためか。確かにその方が、この美しさが一目で伝わるな」
「そうそう! で、背景はごちゃごちゃさせずに、すっきりした色にするの。その代わり、お菓子の周りに、こう、キラキラした星みたいな光の飾りを入れてほしい。エフェクトって言うんだけど」
「えふぇくと? 光の飾りか……。面白いな。これまでの絵草紙の型にゃねえが、これなら器がさらに浮き立って見える」
辰次さんの目に、本物のクリエイターの火が灯った。
私の出す、江戸の人間には突拍子もない注文に対して、彼は困惑しつつも、それ以上に新しい表現への渇望を刺激されているようだった。
「文字はね、上の方にどーんと大きく。文字自体を可愛くデザインするの! 『茂蔵の極みかん味、見参!』みたいに、キャッチーで短いフレーズがいいな。フォントもポップにね!」
「ふぉんと……文字の形のことか。よし、ただの崩し字じゃなく、芝居の看板みてえにぐっと見得を切った、客を呼び込む太墨の文字にしてみよう」
それからの辰次さんの集中力は、凄まじいものだった。何度も構図を練り直し、筆を走らせる。
現代のレイアウト感覚とポップな色彩が、彼の確かな画力によって、木版画の版木へと落とし込まれていく。
宿場町の敏腕な彫師と刷師を巻き込み、不眠不休の突貫で墨一色で力強く彫り上げた版木から刷り、そこに辰次たちが一枚一枚、鮮やかな朱や黄の絵の具を『手彩色』で一気に差していくことで、これまでにない目を引く『絵びら(宣伝用の引札)』が仕上がった。
「できた……。おい、お嬢ちゃん、見てくれ」
「わあ……! ヤバい、天才じゃん! これ、マジでエモい!」
刷り上がった絵びらを掲げ、私は飛び跳ねた。
中央には、鮮やかに彩色されたかん味。
光を浴びて輝くような光の飾りが周囲を彩り、上部には力強くもどこか愛らしい文字が躍っている。
現代のインフルエンサーマーケティングのポスターと比べても、全く見劣りしない、完璧な宣伝ツールだった。
「これを、街道の茶屋や旅籠、人の集まる場所に一斉に配るよ。いくよ、江戸版・口コミ大作戦!」
私たちは刷り上がった絵びらを、街道を行き交う旅人たちに手渡していった。効果は、劇的だった。
「なんだこのお洒落な絵は……⁉」
「こんなに綺麗な食い物、見たことがねえぞ。本当にこの街道筋にあるのかい?」
「おい、見ろよ。この茂蔵の茶屋に行けば食べられるって書いてある。すぐそこじゃないか!」
「ちょっと、私たちも行ってみましょうよ!」
絵びらを手にした旅人たちの間で、ざわざわと興奮の波が広がっていく。
「あそこに行けば、あの綺麗なものが食べられる」という噂は、瞬く間に街道を駆け巡り、現代のSNSでのバズさながらに拡散していった。
そして、売り出しの当日。
「おい、お嬢ちゃん! 大変だ、大変なことになってるぞ!」
茂蔵さんが、息を切らせて我が旅籠へと飛び込んできた。
「茂蔵さん、どうしたの? 落ち着いて」
「落ち着いてられるか! 店の、店の前をちょっと見てくれ!」
慌てて茂蔵の茶屋へと向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
まだ朝の早い時間だというのに、新しくなった暖簾の前から、街道の先まで、人の長い列ができていたのだ。
「これ、みんなうちのかん味を求めて並んでるのか……?」
「そうだよ、茂蔵さん! 私たちの戦略、大成功じゃん!」
「へへ……すげえや。あんな一枚の絵で、こんなに人が集まるなんてな」
列の後方では、辰次さんが自分の描いた絵びらを誇らしげに掲げながら、旅人たちに店の場所を案内している。彼の顔にも、満足げな笑みが浮かんでいた。
「へい、いらっしゃい! 『最強の宿場スイーツ・極み』、お待たせしました!」
茂蔵さんの威勢の良い声が、活気に満ちた街道に響き渡る。
つい数日前まで、うらびれて誰も足を止めなかった街の一角。
そこに今、確実な変化の兆しが、大行列という目に見える形となって現れていた。
私たちの仕掛けた現代のバイブスが、この古い宿場町を、内側から完全に塗り替えようとしていた。
狙い通りに大バズり!行列ができる大繁盛となりました。
しかし、これを見て面白くないのが、周囲の頑固な中小旅籠のオヤジたち。
次回、嫉妬に狂った大人たちが女将を囲んで文句を言いに来ます!




