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第5話 聖女ミレイア

 ロウレル村に滞在して十日ほど経った頃、村の広場で月に一度の「聖女様の祈祷会」が開かれた。


 聖女ミレイアと呼ばれるその女性は、村の外れにある小さな祠を守っているという触れ込みで、月に一度村を訪れては、怪我人や病人に祈りを捧げ、村の安寧のための寄付を募っていた。


 白い装束に身を包んだミレイアが広場の中央に立つと、村人たちは自然と列を作った。老人も、子供を抱いた母親も、皆が神妙な面持ちで祈りを受け、そして当たり前のように小銭を寄付箱へ入れていく。


「ミレイア様のおかげで、去年の疫病もこの村だけは軽く済んだんだ」


 隣に立っていた老婆が、青山にそっと囁いた。


 青山はその光景を、広場の隅から静かに眺めていた。


(――何かが引っかかる)


 最初にその違和感を覚えたのは、ミレイアの語る「祠の由来」だった。彼女は毎回、祈祷会の締めくくりに、祠に宿る精霊の伝承を語る。だがその内容は、聞くたびに微妙に細部が変わっている気がした。


 最初は気のせいかと思ったが、二度目、三度目と祈祷会に参加するうちに、確信に変わっていった。――語られるたびに、少しずつ言葉が違う。


 さらに気になったのは、寄付金の行方だった。集められた金は「祠の維持と、村の防護のため」と説明されているが、実際に祠が修繕された様子も、村に何か目に見える変化があった様子もない。


 青山は寄付箱に近づき、それとなく管理の仕組みを尋ねてみた。


「あの、寄付金はどなたが管理を?」


「もちろん、私自身です」


 ミレイアは柔らかく微笑んだ。


「詳しい使途は、精霊様との対話の中で決めさせていただいております」


 ――第三者の関与なし。記録の開示なし。使途の説明は「精霊との対話」という、検証不可能な理由。


 青山は慎重に、村の何人かにそれとなく聞き込みを行った。だが返ってきたのは、疑念ではなく、むしろ拒絶に近い反応だった。


「ミレイア様を疑うなんて、罰当たりなことを言うもんじゃない」


「あの人がいなけりゃ、去年の冬をどれだけの人間が越せなかったか」


 誰もが、ミレイアへの信頼を絶対的なものとして語った。それも当然のことだった。彼女の"祈り"によって病が軽く済んだという体験を、村人たちは実際にしているのだ。因果関係が証明されているわけではないとしても、人はそう簡単に、自分の実感を疑うことはできない。


 その晩、青山はゲオに、慎重に言葉を選びながら疑念を打ち明けた。


「ゲオさん、ミレイア様の寄付金の使い道について、少し気になることがあって」


「――おい、アオヤマ」


 ゲオの声には、これまでにない硬さがあった。


「言っていいことと悪いことがあるぞ。ミレイア様は、この村にとって特別な人だ。あの人のおかげで救われた命がいくつあると思ってる」


「疑っているわけじゃないんです。ただ、寄付金の管理体制に、第三者のチェックがないことが気になって」


「そういう小難しいこと言うのは、都会の人間のやり方かもしれんが、この村じゃ通用しねえよ。信じるってのは、そういうもんじゃないだろ」


 ゲオの表情には、明確な失望が浮かんでいた。


 青山はそれ以上、言葉を続けなかった。ここで無理に食い下がっても、状況が良くなるとは思えなかった。


 翌日から、村人たちの青山を見る目が、明らかに変わった。あからさまな敵意ではないが、どこか距離を置かれている。井戸端で交わされていた世間話も、青山が近づくと、ふっと止む。


 子供たちですら、以前のように無邪気に話しかけてこなくなった。


(――そうか。これが、"警戒"の代償か)


 誰かの嘘や矛盾を見抜くことと、それを他人に理解してもらうことは、まったくの別問題だった。前世でも、青山は何度もこの壁にぶつかってきた。証拠もなく「怪しい」と口にすることは、時に相手への信頼そのものを踏みにじる行為として受け取られる。


 だが、それでも。


 青山は、寄付箱に集まる硬貨の音を、広場の隅で静かに聞きながら思う。


(違和感を、なかったことにはできない)


 証拠もなく騒ぎ立てるつもりはない。だが、目を逸らすつもりも、心の中の警戒を解くつもりもなかった。


 孤立は、覚悟していたことだ。人と足並みを揃えるために、自分の中の「引っかかり」を無視することだけは、二度としないと決めていたのだから。

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