第4話 視えるもの
ゲオの家に間借りして三日目の朝、青山は薪割りをしながら、ある違和感の正体について考えていた。
この世界に来てからというもの、人と話すたびに、ふとした瞬間に「引っかかり」を覚えることがある。相手の言葉の内容そのものではなく、もっと感覚的な――例えるなら、契約書を読んでいて、条文の一つだけ字の間隔がわずかに違うことに気づくような、そんな違和感だった。
最初は気のせいだと思っていた。だが、昨日の出来事で、それが単なる気のせいではないと確信した。
村の雑貨屋で、店主が「この織物は隣村の職人が丹精込めて織ったものだ」と自慢げに語った。その瞬間、青山の中で何かが小さく引っかかった。理由は分からない。だが、直感的に「その説明のどこかに嘘がある」と感じたのだ。
念のため、青山はそれとなく別の村人に聞いてみた。すると、その織物は隣村ではなく、行商人から仕入れた量産品だという答えが返ってきた。店主は「手間賃を上乗せするための話」を、さも本当のことのように語っていただけだった。
(――やはり、何かが視えている)
薪を割る手を止め、青山は自分の感覚を改めて整理することにした。
前世でも、青山には人並み以上に「違和感を察知する力」があった。長年、契約書と向き合い、詐欺まがいの案件を見抜いてきた経験の積み重ねだ。だがそれは、あくまで経験則であり、後天的に磨き上げたものだった。
今、自分に起きている現象は、それとは少し質が違う気がする。まるで、相手の言葉や書類に触れた瞬間、自動的に「矛盾」や「不自然さ」が浮かび上がってくるような感覚。
(これが、いわゆる"スキル"というやつなのか)
異世界転生にはスキルがつきものだと、前世でネットの記事で読んだ記憶がある。だとすれば、自分に与えられたのは、剣も魔法も使えない代わりに、「嘘や矛盾を見抜く力」だったということになる。
都合が良すぎる気もするが、疑ってばかりもいられない。青山は、この感覚を検証することにした。
昼過ぎ、井戸端でゲオと世間話をする機会があった。
「なあゲオさん、一つ試させてもらってもいいですか」
「ん? 何をだ」
「ゲオさんの方から、いくつか、俺に話をしてほしいんです。その中に、一つだけ嘘を混ぜてください。俺がそれを当てられるか、試してみたいんです」
ゲオは面白がるように笑った。
「面白い遊びだな。いいぜ、やってみろ」
ゲオはしばらく考えてから、口を開いた。
「今朝、俺は森で角兎を三羽仕留めた。それから、井戸端でお前と話した後、隣のばあさんに野菜を分けてもらった。あと、村長のところに顔を出して、明日の集まりの話をしてきた」
言い終えた瞬間、青山の中で明確な引っかかりが生まれた。二つ目の発言――「隣のばあさんに野菜を分けてもらった」という部分に、違和感が集中している。
「二つ目です。野菜の話は、嘘ですね」
ゲオは目を丸くした。
「正解だ。……いや、待て。今の、本当にわかったのか? 勘で当てただけじゃなくて?」
「感覚としか言いようがないんですが、誰かが嘘をついた瞬間、自分の中で何かが引っかかるのがわかります」
青山は静かにそう答えながら、内心でこの結果を噛み締めていた。
(他人の言葉の中に混ざった嘘にも、きちんと反応する。となれば、この感覚は、俺自身の思い込みなどではなく、確かな手がかりとして使えるはずだ)
だとすれば、これは思っていたよりも広く応用できる可能性がある。ただし、あくまで「矛盾や不自然さ」を検知するだけであり、相手の意図や、隠された真実そのものを暴くわけではない。矛盾のない、完璧に作り込まれた嘘には、通用しないかもしれない。
――そして、それこそが最も恐ろしい可能性だった。
自分の"力"に頼りすぎれば、いつかまた足元をすくわれる。この感覚は、あくまで判断材料の一つに過ぎない。裏取りも、保留も、これまで通り続ける必要がある。
スキルは万能の免罪符ではない。それを忘れた瞬間、また同じ轍を踏むことになる。
「兄ちゃん、なんか難しい顔してるな」
「いえ、少し自分の"目"について、整理していただけです」
青山は薪割りに戻りながら、静かに誓いを新たにした。
この力は使う。だが、この力に頼りきることはしない。
それが、地面師詐欺で全てを失った男が辿り着いた、唯一の答えだった。




