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第3話 村長ムテン

 村の門をくぐると、素朴な木造家屋が立ち並ぶ通りが続いていた。夕餉の支度なのか、あちこちから煮炊きの匂いが漂ってくる。子供たちが走り回り、井戸端では女たちが談笑している。


 ごく普通の、平和な村の光景だった。


(――普通に"見える"、が正しい)


 青山は無意識に、通りすがる村人たちの様子を観察していた。着ている服の質、表情、視線の動き。誰も彼もが、こちらを不審げに一瞥するだけで、それ以上の反応は見せない。よそ者への警戒はあっても、敵意や作為は感じられなかった。


 少なくとも、今の時点では。


 ゲオに連れられて着いたのは、村の中央にある、他よりも一回り大きな家だった。


「ムテンさーん、客人だ。行き倒れの旅人を拾った」


 戸を叩きながらゲオが声を張ると、中から白髪交じりの初老の男が姿を現した。日に焼けた顔に、深い皺が刻まれている。目つきは穏やかだが、どこか値踏みするような鋭さも滲んでいた。


「ほう。珍しいこともあるもんだ」


 ムテンと名乗ったその男は、青山を上から下まで一瞥した。


「森の外れで行き倒れとはな。見たところ、旅の装備も持っていないようだが」


「ええ。ここに来る前の記憶が、少々曖昧でして」


 青山はあらかじめ用意していた言葉を口にした。噓ではない。事実、この世界に来る直前の記憶――トラックのヘッドライト、視界が白く染まる瞬間――は、思い出そうとすると輪郭がぼやける。だが「地面師詐欺に遭って全てを失った元不動産マンです」と、初対面の相手に洗いざらい話すつもりも毛頭なかった。


 情報は、与えれば与えるほど、相手に利用される隙になる。


 ムテンはしばらく青山を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「隠し事があるなら、無理に聞き出しはせんよ。この村じゃ、たまにあることだ」


「――たまに、というと?」


「お前さんのような、"よそから来た"人間のことさ」


 ゲオが言っていた「転生者」の話と符合する。青山は表情を変えないよう努めながら、次の言葉を待った。


「わしがこの村の長を五十年近くやっとるが、お前さんのような者を見るのは、これで三人目だ。一人目は随分昔、二人目はほんの十年ほど前になるか」


「その方々は、今はどちらに?」


「一人目は、この村に馴染んで、ここで一生を終えた。……二人目は、な」


 ムテンの顔に、わずかな影が差した。


「王都で成り上がったと聞いた。それ以上のことは、わしも知らん」


 言葉を濁すような口調に、青山の中で新たな警戒信号が灯った。「知らん」という言葉の裏に、何か語られていない事情があるように感じられたからだ。


(詮索しすぎるのも得策ではない。今は情報を"預かる"だけにしておく)


「一つ伺ってもよろしいでしょうか」


「なんだ」


「この村に、しばらく滞在させていただくことは可能でしょうか。もちろん、只でとは申しません。何か手伝えることがあれば」


 ムテンは意外そうに眉を上げた。


「行き倒れの旅人が、いきなり働くと言い出すとはな。まあいい、猟の手伝いでも、畑仕事でも、できることはいくらでもある」


「ありがとうございます」


 青山は深く頭を下げた。


 このやり取りの間、青山の頭の中は常に冷静だった。目の前のムテンという男の言動に、明確な矛盾や不審な点は見当たらない。だからといって、全面的に信用するわけにはいかない。ただの村長にしては、「転生者」についての情報をやけに詳しく把握している点が、わずかに引っかかる。


 ――もっとも、それが悪意によるものとは限らない。単に、長年この村を治めてきた者としての経験則かもしれない。


 判断材料が足りない今は、結論を急がないことこそが、青山にとっての最適解だった。


「今日のところは、うちで休むといい。飯もあるぞ」


 ゲオがそう言って、青山の肩を軽く叩いた。


「お世話になります」


 青山は静かに答えながら、視線だけを村の奥へと向けた。


 夕暮れに染まる村の景色の中に、何気なく佇む一軒の家が目に入った。他の家より窓が少なく、扉には見慣れない紋様の描かれた札が下がっている。


(あれは……何の家だろう)


 誰かに聞くべきか、それとも自分の目で確かめるべきか。青山はその判断を、一旦保留にすることにした。


 焦る必要はない。急いで動いて足元をすくわれるくらいなら、時間をかけてでも、確かなものだけを積み上げていく。


 それが、地面師詐欺で全てを失った男が、第二の人生で選んだ生き方だった。

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