第29話 噛み合わない言葉
あの武器詐欺の一件から、ガロンは、暇を見つけては、青山たちのもとを訪れるようになっていた。
「よう、青山さん! 今日も、何か詐欺師の手口とか、教えてくれよ!」
ガロンは、開口一番、そう切り出してきた。今日もまた、稽古の合間を縫って、わざわざ足を運んできたらしい。額には、まだうっすらと汗が滲んでいた。その意気込みそのものは、悪いものではなかった。だが、青山は、少し考えてから、静かに答えた。
「手口を丸暗記するよりも、まずは、考え方そのものを身につける方が、応用が利くと思います」
「考え方? どういうことだ?」
「たとえば、"即決しない"という原則があります。どれほど魅力的な話でも、その場ですぐに決断せず、一晩、判断を寝かせる。それだけで、多くの詐欺を防ぐことができます」
「おお、なるほどな! つまり、断ればいいんだな!」
「――いえ、断るのではなく、"保留する"んです。すぐに断ってしまうと、本当に良い話まで、逃してしまう可能性がありますから」
「じゃあ、迷ったら、とりあえず"うーん、考えとくわ"って言っときゃいいんだな!」
「まあ……大枠としては、間違ってはいませんが」
青山は、少し言葉に詰まった。ガロンの理解は、大筋では正しいのだが、その言葉の選び方や、実際の運用の場面になると、途端に、雑な方向へと転がっていくのだった。
「ただ、"考えとくわ"とだけ言って、そのまま何もしなければ、意味がありません。保留している間に、実際に、聞いた話が本当かどうかを確かめる必要があります」
「うっ……それは、ちょっと面倒そうだな」
「面倒に感じるかもしれませんが、この一手間が、大きな損失を防ぐことに繋がります」
傍らで話を聞いていたエリスが、小さく笑いを堪えていた。
「今、青山さんが言った"確かめる"という部分には、名前がついています。"裏取り"です。誰かから聞いた話を、その人の言葉だけで信じるのではなく、必ず、別の誰かにも確認を取る」
「おう、それも分かるぜ! 誰かに聞いた話は、他の奴にも聞いてみりゃいいんだろ!」
「そうです。それが――」
「よし、じゃあ、今度、そこの酒場の親父に聞いた話は、隣の店の親父にも聞いてみるわ!」
「いえ、その、確認する相手も、選ぶ必要がありまして……」
青山の説明を、ガロンは、実に素直に、しかし、あまりにも短絡的に消化していく。青山が丁寧に組み立てた理屈は、ガロンの中を通り抜けるたびに、驚くほどシンプルな行動指針へと、変換されてしまうのだった。
「なあ、青山さん。結局、一番大事なのは何なんだ? 一言で言うと」
「一言で言うのは、少し難しいのですが……強いて言うなら、"物事を鵜呑みにしない"ということでしょうか」
「鵜呑みにしない! よし、分かった! 俺、これからは、何でも疑ってかかるようにする!」
「――いえ、"何でも"ではなく」
青山は、思わず頭を抱えそうになった。
「疑いすぎるのも、また問題なんです。何でも疑ってかかれば、今度は、誰とも信頼関係を築けなくなってしまいます。大事なのは、"根拠のあるなしを見極める"ことです」
「根拠のあるなし……うーん、難しいな、それ」
ガロンは、腕を組んで、真剣に唸っていた。その表情には、微塵の茶化す気配もなく、本気で理解しようとしている様子が伝わってきた。それだけに、青山は、余計にもどかしさを覚えていた。
「例えば」
エリスが、助け舟を出すように、口を挟んだ。ガロンとの噛み合わない会話に、少し疲れを見せ始めていた青山にとって、それはありがたい助け舟だった。
「ガロンさん、もし私が『この道の先に、宝が埋まっている』と言ったら、信じますか」
「――信じねえよ、そんな話。証拠がねえもん」
「では、もし私が、実際に金貨を一枚見せながら、『これは、その場所で見つけたものだ』と言ったら」
「お、それなら、ちょっと信じちまうかもな!」
「ですが、その金貨自体が、他の場所で手に入れたものだったとしたら、どうでしょう」
ガロンは、しばらく考え込んだ後、はっと顔を上げた。
「――あ! つまり、"証拠っぽいもの"があっても、それが本当にその話と繋がってるかどうかを、確かめなきゃいけねえってことか!」
「その通りです」
エリスの説明に、ガロンは、ようやく何かを掴んだような表情を見せた。青山は、その様子を見ながら、密かに感心していた。理屈を積み上げる自分の説明よりも、エリスの、具体例を交えた語り口の方が、ガロンには、遥かに伝わりやすいようだった。
(人によって、理解の仕方は、こうも違うものなのか)
これまで、青山は、自分自身の理屈と経験を頼りに、物事を判断してきた。だが、その理屈を、他人に分かりやすく伝えるという作業には、また別の技術が必要なのだと、青山は改めて実感していた。
「じゃあ、じゃあ! 今度は俺が、例え話を考えてみるぜ!」
ガロンは、意気揚々と、そう宣言した。
「えーっと……もし、道端で、見知らぬ爺さんが『わしの孫を助けてくれ』って言ってきたら、どうする?」
「まず、その爺さんの話に、具体的な状況の説明があるかどうかを確認します。孫がどこで、どんな状況にあるのか。曖昧なままであれば、警戒すべきです」
「――なるほど! じゃあ、その爺さんが、めちゃくちゃ具体的に説明してきたら?」
「それでも、即座には動きません。まず、周囲に他の人がいれば、状況を確認してもらう。可能であれば、衛兵や、信頼できる第三者に相談します」
「なんだよ、それ! 目の前で困ってる爺さんがいたら、まず助けるのが筋だろ!」
ガロンが、少し不満げに声を上げた。
「気持ちは分かります。ですが、その"助けたい"という善意こそが、最も付け込まれやすい部分でもあるんです」
「――うーん、それでも、俺は、まず動いちまうと思うけどな」
ガロンは、腕を組んだまま、納得のいかない様子で唸っていた。
「もし、爺さんの話が本当だったら、俺が確認だ何だってグズグズしてる間に、孫が危ない目に遭っちまうかもしれねえだろ。それを考えると、どうしても、じっとしてらんねえんだよ」
その言葉には、単なる無鉄砲さだけではない、ガロンなりの切実な理屈があった。青山は、その一言に、少し虚を突かれた思いがした。
「――それは、確かに、一理あります」
「だろ! だから、俺は、まず助けてから、後で確かめるってやり方の方が、性に合ってるんだ」
「ですが、その"まず助ける"という行動そのものが、罠だった場合はどうしますか。爺さんに言われるがまま、指定された場所へ向かった結果、待ち構えていたのが、爺さんの孫ではなく、盗賊の一味だったとしたら」
「うっ……それは、確かに、まずいな」
ガロンは、今度こそ、返す言葉を失ったように、大きく唸った。
青山は、その反応に、複雑な感情を抱いていた。理屈としては、ガロンにも伝わっている。だが、いざ実際の場面を想像すると、彼の中の"体が先に動くタイプ"の本能が、頭で理解した理屈を、あっさりと上書きしてしまうようだった。
それは、決して愚かさの表れではない。むしろ、目の前の人を放っておけないという、ガロンの根本的な優しさの裏返しでもあった。だからこそ、青山は、頭ごなしに否定する気にはなれなかった。その優しさを殺さずに、いかにして、最低限の警戒心を上乗せしていくか。それこそが、本当の課題なのだと、青山は感じ始めていた。
(この人には、理屈より、実際の経験の方が、効くのかもしれない)
言葉で説明するだけでは、限界がある。ガロン自身が、実際に自分の目で、何かを見抜く経験をしない限り、この噛み合わなさは、そう簡単には解消されないのだろう。青山は、そう感じ始めていた。
その日の話し合いは、結局、明確な結論に至らないまま、夕暮れとともに終わった。それでも、ガロンは、最後まで真剣な表情で、青山とエリスの言葉に耳を傾け続けていた。
「難しいけどよ……あんたらの言ってることが、少しずつだけど、分かってきた気がするぜ」
その言葉に、青山は、静かに頷いた。すぐには噛み合わなくとも、こうして向き合い続けることに、意味がないわけではない。そう信じたい気持ちが、青山の中に芽生えていた。
帰り際、ガロンは、いつもの豪快な足取りで、街の向こうへと去っていった。その後ろ姿を見送りながら、エリスが、静かに口を開いた。
「彼のような人は、私たちの構想にとって、実は、とても大事な存在になるかもしれません」
「――と、言いますと」
「私たちは、詐欺を見抜く側の理屈ばかりを、突き詰めてきました。ですが、この世界の大多数の人々は、ガロンさんのように、素朴に人を信じる側の人間です。彼が、私たちの理屈を、自分の言葉で噛み砕いて理解してくれれば、それは、より多くの人に伝わる形に、翻訳されていくということでもあります」
その指摘に、青山は、思わず目を見開いた。
(――なるほど。ガロンさんは、単に守られる側ではなく、私たちと、街の人々を繋ぐ、架け橋になり得るということか)
これまで、青山は、自分自身の理屈を磨き上げることばかりに、意識を向けてきた。だが、その理屈を、どう多くの人に届けるか。その視点は、青山一人では、なかなか持ち得なかったものだった。
夕暮れの空を見上げながら、青山は、ガロンとの噛み合わない会話の一つ一つにも、確かな意味があったのだと、改めて感じ始めていた。理屈が完璧に噛み合わなくても、向き合い続けることそのものに、価値がある。それもまた、青山にとって、新しい発見の一つだった。




