第28話 間一髪
翌日、青山とエリスは、ガロンに連れられて、街の外れにある倉庫の一角へと向かった。
待ち合わせ場所には、既に一人の商人が待っていた。恰幅の良い、人当たりの良さそうな中年男だった。だが、青山の目には、その笑顔の端々に、どこか作り物めいた硬さが見え隠れしているように映った。倉庫の薄暗い中、商人の後ろには、木箱がいくつも積み上げられている。
「おお、ガロンの兄ちゃん、待ってたぜ! おや、今日はお仲間も一緒か?」
「おう! こいつら、俺の知り合いでよ! 一緒に見せてもらってもいいか?」
「もちろんだとも。むしろ、目が多い方が、この品物の価値が分かってもらえるってもんだ」
商人はそう言うと、傍らに置かれた木箱を開け、中から一振りの剣を取り出した。刃の部分には、精緻な紋様が刻まれ、柄には、宝石らしき飾りがあしらわれている。一見すると、確かに、価値のありそうな品だった。ランプの薄明かりの中でも、その輝きは、ひときわ目を引いた。
「見てくれ、この輝き! これは、東方の名工が打った業物でな! 本来なら、金貨百枚は下らねえ代物だが……ガロンの兄ちゃんには、世話になってるからよ、特別に、金貨三十枚で譲ってやる!」
「お、おお! そりゃすげえ話だな!」
ガロンは、目を輝かせながら、剣を手に取ろうとした。腰の袋から、既に金貨の入った巾着を取り出しかけている。
「今なら、他にも欲しがってる客がいるから、早い者勝ちだぜ! どうする、兄ちゃん!」
商人の口調が、わずかに急いたものへと変わった。その変化を、青山は見逃さなかった。良い話ほど、判断を急がせようとする――これまでの経験から得た教訓が、静かに頭をよぎった。
その瞬間、青山は静かに声をかけた。
「――少し、拝見させていただいても?」
「あ、ああ、構わねえよ」
商人は、一瞬、表情を強張らせたが、すぐに愛想笑いを取り繕った。
青山は、その剣を受け取り、丁寧に検分を始めた。刃の輝き、柄の重み、装飾の精緻さ。一見すると、どれも上質なものに見える。刃紋も美しく、素人目には、名工の作と言われても、疑う余地はなさそうだった。
だが、青山の指先が、柄の付け根に触れた瞬間、微かな違和感を覚えた。
(――この重心の位置は、実戦用の剣にしては、不自然だ)
本来、剣というものは、扱う者の手元に近い位置に、重心が来るよう設計されているはずだった。それは、以前ガロンが、衛兵としての心得を語る中で、青山にも教えてくれたことだった。だが、この剣は、明らかに刃先の方に、重みが偏っている。装飾を派手にするために、刃の部分に余計な金属を盛った結果ではないかと、青山は推測した。
「エリスさん、少し見ていただけますか」
青山は、剣をエリスに手渡した。エリスもまた、剣を丁寧に検分し、小さく頷いた。指先で、柄に埋め込まれた宝石を、光にかざすようにして確かめている。
「――装飾の宝石ですが、これは、本物の宝石特有の光の屈折が見られません。おそらく、着色したガラス玉かと」
エリスは、剣を様々な角度に傾けながら、そう告げた。長年、多くの品物の真贋を見極めてきた経験が、その手つきの端々から伝わってくる。
エリスの指摘に、商人の顔が、目に見えて青ざめた。
「な、なに言ってんだ、そんなわけ――」
「柄の重心の偏りも、実戦用の剣としては、明らかに不自然です。おそらく、見た目を派手にするためだけに作られた、観賞用、あるいは、まがい物の可能性が高いかと」
青山は、冷静に、しかし確信を持って告げた。
「金貨三十枚という価格は、この品物の実際の価値とは、到底釣り合わないように思います」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は、ちゃんとした伝手から仕入れた品だって、ガロンの兄ちゃんに言っただろ!」
商人は、慌てた様子で言い訳を並べ始めた。ガロンは、状況が呑み込めないといった様子で、青山と商人の顔を、交互に見比べていた。
「お、おい、青山さん。本当に、これ、偽物なのか?」
「断定はできません。ですが、少なくとも、この場ですぐに購入を決めるべき品ではないと思います。まずは、正規の鑑定士に見てもらうことをお勧めします」
「な、鑑定士なんて、そんな大げさな……!」
商人が、さらに何か言い募ろうとした、その時だった。
「――ここにいたのか」
倉庫の入り口から、低い声が響いた。振り返ると、そこには、ギルドの紋章を身につけた、初老の男が立っていた。以前、廃倉庫の事件でも顔を合わせた、ベテランの衛兵だった。
「あんた、以前にも似たような手口で、別の街で問題を起こしていたな。今回は、逃がさんぞ」
商人の顔から、完全に血の気が引いた。
「な、なんで、ここが――」
「最近、この界隈で、まがい物の武器を売りつける輩がいるって噂があってな。ちょうど見回りをしていたところだ」
衛兵は、そう言いながら、商人の腕を、素早く捕らえた。観念したのか、商人は、それ以上抵抗することなく、その場に崩れ落ちた。
「実を言うとな、ギルドの方にも、似たような被害の報告が、いくつか届いていたんだ。まさか、今日、この場で現行犯に出くわすとは思わなかったが」
衛兵は、そう言いながら、青山の方に目をやった。感心したような、それでいてどこか呆れたような、複雑な表情だった。
「兄さん、また世話になったな。相変わらず、鼻が利くようだ」
「たまたま、居合わせただけです」
青山は、そう謙遜しながらも、内心では、これも一つの巡り合わせなのだろうと感じていた。
一連の出来事を見ていたガロンは、しばらく呆然としていたが、やがて、深く頭を下げた。
「……青山さん、エリスさん。ありがとうございました。俺、本当に、あの剣を買っちまうところだった」
「間に合って、良かったです」
青山は、静かにそう答えた。
「ガロンさん、今回のことで、少しは実感していただけましたか。人の善意や、話の上手さと、その人物の誠実さは、必ずしも一致しないということを」
「……ああ、骨身に染みたよ。俺、本当に、あのまま金貨三十枚、払っちまうところだったんだもんな」
ガロンは、素直に、そう認めた。その率直さに、青山は、少し好感を覚えた。多くの人は、自分の失敗や甘さを、なかなか素直には認められないものだ。だが、ガロンには、そうした変な意地や見栄が、まるでなかった。
「情けねえ話だが……俺、剣の腕には自信があっても、こういう頭を使う駆け引きは、からっきしなんだ。今日も、あんたらがいなかったら、間違いなく、まんまと騙されてたな」
「剣の腕と、こうした駆け引きを見抜く力は、また別のものです。両方を兼ね備えている必要は、ありません」
「そう言ってもらえると、少しは救われるけどよ……」
ガロンは、後頭部をかきながら、ばつが悪そうな顔をしていた。
「もし良ければ、ガロンさん。今後、私たちと一緒に、詐欺や不正から、この街の人々を守る活動をしませんか」
青山の提案に、ガロンは、目を丸くした。今日の失敗を悔いていた表情から一転、驚きの色が、はっきりと浮かんでいた。
「――お、俺が、か? だって俺、今日みたいに、簡単に騙されそうになる奴だぞ?」
「だからこそ、です」
青山は、静かに、しかし力強く言った。
「あなたのような、人を疑うことを知らない人だからこそ、詐欺師たちの手口を、身をもって理解できます。そして、その隣に、私たちのように警戒する人間がいれば、あなたの持つ善良さや、剣の腕を、正しい方向に活かせるはずです」
ガロンは、しばらく考え込んでいたが、やがて、困ったように頭をかいた。
「……正直、悪い話じゃねえと思う。だが、今日みたいに、あんたらに助けてもらってばかりじゃ、仲間になる資格なんてねえよな。俺だって、剣を振るう以外のことでも、少しは役に立てるってところを、見せてえんだ」
その言葉に、青山は、少し意外な思いを抱いた。単純に見えて、ガロンなりの矜持が、そこにはあるようだった。見た目や言動の豪快さとは裏腹に、自分の未熟さを冷静に見つめる目を、彼もまた持ち合わせていた。
「無理に急ぐ必要はありません。まずは、しばらく一緒に行動しながら、お互いのことを、もう少し知っていくというのは、いかがですか」
青山は、そう提案しながら、内心で、これもまた自分らしいやり方だと感じていた。即断せず、時間をかけて確かめる。人間関係を築く上でも、その原則は、変わらなかった。
「――おう、それがいい! 俺も、あんたらのやり方を、もっと近くで見てみてえしな!」
ガロンは、いつもの豪快な笑みを取り戻しながら、そう答えた。正式な仲間入りには、まだ一歩、足りない。それでも、三人の間には、確かな繋がりの芽が、静かに生まれ始めていた。
夕暮れの倉庫街を後にしながら、青山は、これから始まるであろう、この賑やかな関わりに、静かな手応えを感じていた。人を疑うことを知らないガロンと、疑うことしか知らなかった自分。対極にあるようで、どこか噛み合う部分もあるように、青山には感じられた。
エリスもまた、隣で静かに微笑みながら、そのやり取りを見守っていた。
「良い出会いでしたね。彼のような人が仲間になれば、私たちの構想にも、また違った色が加わりそうです」
「ええ、そうですね」
青山は、静かに頷いた。慎重さと大胆さ、疑いと信頼。相反するように見えるものが、案外、うまく噛み合っていくのかもしれない。そんな予感を胸に、青山は、夕暮れのカルドナの街を、二人と共に歩いていった。




