第27話 脳筋騎士
エリスと新たな協力関係を結んでから、数日が経った。
二人は、これからの構想を具体化するため、少しずつ準備を進めていた。とはいえ、まだ資金も人手も、圧倒的に足りていない。まずは、青山がこれまで培ってきた信頼と、エリスの交渉術を武器に、地道に協力者を増やしていくしかなかった。
その日、青山とエリスは、街の酒場で、今後の方針について話し合っていた。
「まずは、資金源の確保が急務ですね。信頼を武器にするにしても、実際に制度を動かすには、それ相応の元手が必要になります」
エリスは、手元の紙に、いくつかの案を書き出しながら、そう言った。
「ジークさんや、ギルドマスターに、改めて相談してみるのも一つの手だと思います。以前から、協力の申し出はいただいていますから」
「それも良いですが、もう一つ。人手の確保も、同じくらい急務です。私たちだけでは、街中の全ての取引に目を配ることなど、到底できません」
エリスの言葉に、青山は静かに頷いた。これまでの事件は、いずれも一つ一つ、時間をかけて向き合ってきたものだった。だが、街全体の詐欺を未然に防ぐ仕組みを作るとなれば、その規模は、これまでとは比較にならない。
「信頼できる人材、という点では、ジークさんのような経験豊富な商人も心強いですが……もう少し、実務や、時には荒事にも対応できる人材も、必要になるかもしれません」
「荒事、ですか」
「詐欺の摘発には、時に、相手が抵抗する場面もあります。これまでは、衛兵の方々に協力していただいていましたが、いつも都合よく駆けつけてもらえるとは限りません」
その指摘は、もっともなものだった。廃倉庫での摘発の際も、衛兵の到着が、もう少し遅れていたら、どうなっていたか分からない。青山は、その点について、改めて考えを巡らせていた。
「私たちのように、頭で立ち回る人間だけでは、いざという時に、身の危険を回避できません。誰か、腕っぷしに信頼の置ける人が、仲間にいてくれると、心強いのですが」
エリスの言葉に、青山は静かに頷いた。とはいえ、単に腕力があるだけでは足りない。信頼できる人格と、危険を冒してでも人を守ろうとする覚悟。そうした条件を兼ね備えた人材は、そう簡単に見つかるものではなかった。
二人がそんな話をしていると、酒場の入り口から、やけに大きな声が響いてきた。
「おい、そこの兄さん! あんたが、例の"用心深い青山"って人かい!」
声の主は、体格の良い、若い男だった。粗末ながらも手入れの行き届いた鎧を身につけており、腰には大剣を提げている。快活な笑みを浮かべたその男は、まっすぐに青山のもとへと歩み寄ってきた。
「――失礼ですが、あなたは?」
「俺は、ガロンってもんだ! この街の衛兵団で、見習い騎士をやっててな! いやあ、あんたの噂は、あちこちで聞いてるぜ! 偽造証明書の一味を、独力で追い詰めたんだろ! すげえよ、あんた!」
ガロンと名乗った男は、青山の手を、勢いよく握りしめてきた。その屈託のない笑顔には、裏表というものが、まるで感じられなかった。周囲の客たちも、その大きな声に、何事かと視線を向けている。
「恐れ入ります。ですが、私一人の力ではありませんでした」
「そういう謙虚なところも、また良いよなあ! 俺なんか、そういう細かい駆け引きとか、正直よく分かんねえけど、あんたみたいな頭の切れる人がいてくれると、安心できるっていうかさ!」
その豪快な物言いに、青山は少し面食らいながらも、悪い気はしなかった。少なくとも、これまで出会ってきた詐欺師たちの、計算された愛想の良さとは、明らかに異なる種類の陽気さだった。
傍らで、エリスが小さく笑いを堪えているのが見えた。
「ガロンさん、でしたね。今、"よく分からない"とおっしゃいましたが」
「おう、その通りだ! 俺、剣を振るうことと、目の前の困ってる奴を助けることしか、頭にねえからよ! ややこしい話は、頭が痛くなっちまう」
ガロンは、そう言って、自分の頭を、ばつが悪そうにかいてみせた。その仕草には、微塵の悪意もなかった。
その言葉に、青山は、内心で小さな警戒を覚えた。
(――これは、危うい)
困っている人を助けたいという気持ちそのものは、決して悪いことではない。だが、その純粋さが、時に大きな隙になることを、青山はこれまでの経験から、よく知っていた。
「一つ、伺ってもよろしいですか。ガロンさんは、初対面の人の話を、どの程度、信じる方ですか」
青山の質問に、ガロンは、きょとんとした顔をした。
「どの程度って……基本、信じるだろ、普通。困ってるって言われたら、助けるし、頼まれたら、断らねえし」
「疑うことは、ないんですか」
「疑う? なんでだよ。みんな、悪い奴には見えねえもん」
その即答に、青山とエリスは、思わず顔を見合わせた。あまりにも迷いのない返答に、二人とも、返す言葉を一瞬、失っていた。
「――彼、なかなか危険な思考回路をしていますね」
エリスが、こっそりと耳打ちしてきた。
「ええ、まったくです」
青山は、静かに頷きながらも、ガロンのその屈託のない態度に、どこか懐かしいような感覚を覚えていた。それは、青山自身が、まだ地面師詐欺に遭う前――誰かを疑うことを知らなかった頃の、自分自身の姿と、重なる部分があったからかもしれない。
「ガロンさん、今後、初対面の相手からの"うまい話"には、くれぐれもご注意ください。特に、急かされるような話や、無償の親切を装った申し出には」
「へえ、そういうもんか。まあ、あんたがそう言うなら、気をつけとくよ! ……あ、そうだ! 今度、俺が最近仲良くなった商人が、掘り出し物の武器を格安で譲ってくれるって話があってな! 良かったら、あんたも一緒に見に行かねえか!」
まるで、今しがた注意されたばかりだということも忘れたかのような、あまりに軽い切り替えぶりだった。青山は、思わず苦笑を漏らしそうになった。
その脈絡のない誘いに、青山とエリスは、再び顔を見合わせた。
「――その商人とは、どちらで知り合われたんですか」
「昨日、酒場でたまたま一緒になってな! 気のいい奴だったぜ!」
青山の中で、警戒信号が、一気に高まった。
(昨日知り合ったばかりの相手から、格安の武器。しかも、急かすような誘い方――)
「ガロンさん、その話、詳しく聞かせていただけますか」
「おう、もちろんだ! ……って、なんだ、あんたも興味あるのか?」
「興味があるというより――」
青山は、静かに、しかし確信を持って告げた。
「その話、詐欺の可能性が高いように思います」
ガロンは、目を丸くした。
「――は? まさか。あんな気のいい奴が?」
「気のいい人物であることと、誠実であることは、必ずしも一致しません。詳しい事情を、もう少し伺ってもよろしいですか」
ガロンは、少し不満そうな顔をしながらも、しぶしぶといった様子で、頷いた。
「分かったよ……。まあ、あんたがそこまで言うんなら、話くらいは聞いてやるよ。……武器の話は、明日また、その商人と会う約束をしてるんだ。良かったら、その場に、あんたらも一緒に来てくれねえか?」
その提案に、青山とエリスは、顔を見合わせた。
「――むしろ、好都合かもしれません」
エリスが、そう呟いた。
「実際にその商人とやり取りをする場面を見れば、詐欺かどうか、より確かな判断ができます。ガロンさんの安全のためにも、同行させていただいた方が良さそうです」
「分かりました。ガロンさん、明日、私たちも同行させてください」
「お、おう。別に構わねえけど……あんたら、本当にそこまでする必要あるのか?」
「あります。少なくとも、私にとっては」
青山の言葉には、迷いがなかった。目の前で、誰かが詐欺の被害に遭おうとしている。それを知りながら見過ごすことは、青山の原則が、決して許さないことだった。たとえそれが、今日出会ったばかりの、素性もよく知らない相手であっても、その姿勢は、変わらなかった。
エリスが、その様子を見ながら、小さく笑みを浮かべた。
「面白い人が現れましたね。放っておくと、いずれ大きな痛手を負いそうな」
「ええ、まったくです」
青山は、静かに頷きながら、内心で小さくため息をついた。だが、その一方で、この出会いが、これからの構想にとって、決して悪いものではないという予感も、同時に抱いていた。
人を疑うことを知らないガロンだからこそ、逆に、詐欺師たちが最も付け入りやすい"人間の善意"というものの実態を、身をもって示してくれるかもしれない。そして、その隣で警鐘を鳴らし続けることができれば、それは、街の人々への、何よりの教訓にもなるはずだった。
何より、先ほどエリスと話していた「荒事にも対応できる人材」という条件にも、ガロンの体格と剣の腕前は、ちょうど当てはまりそうだった。もっとも、本人にその自覚があるかどうかは、また別の話だったし、何より、こうも簡単に他人を信じてしまう性分のままでは、仲間として迎え入れるには、少々危なっかしい。
(まずは、この人が、どれだけ危うい人なのか。もう少し、見極める必要がありそうだ)
青山は、そう考えながら、ひとまずは、ガロンの武器の話に付き合ってみることにした。彼を仲間に誘うかどうかは、その先の話だった。人を見極めるには、言葉だけでなく、実際の行動を共にすることが、何よりの手がかりになる。それもまた、青山が、これまでの経験から学んできたことの一つだった。




