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第21話 積み上げた信頼

 廃倉庫での摘発から、数日が経った。


 押収された道具や型、そして拘束された老人と路地裏の男の証言をもとに、ギルドと衛兵による本格的な捜査が進められていた。青山は、その捜査に直接関わる立場にはなかったが、レイナを通じて、折に触れて進捗を聞かせてもらっていた。


 あの夜以来、青山自身の生活は、これといって変わっていなかった。相変わらず、簡単な依頼をこなしながら、街の人々からの相談ごとに耳を傾ける日々が続いている。それでも、街のあちこちで、廃倉庫の一件についての噂を耳にする機会は、日に日に増えていった。宿の食堂でも、市場の露店でも、あの夜の摘発劇は、しばらくの間、街の話題の中心であり続けた。


「聞いたか、あの廃倉庫の偽造工房の件。えらい規模だったらしいぞ」


「証明書だけじゃなく、他にも色々やらかしてたんじゃないかって話だ」


 噂は、実際の被害の規模以上に、尾ひれをつけて広まっていくものらしかった。中には、「あの職人は、実は他国の間者だったらしい」といった、根も葉もない話まで、まことしやかに囁かれていた。青山は、そうした噂話には深入りせず、あくまで事実に基づいた情報だけを、レイナから確認するようにしていた。


 噂の広がり方一つを取っても、人々が、いかに"分かりやすい物語"を求めるかが、よく分かった。単純な事実の積み重ねよりも、劇的な筋書きの方が、口伝えに広まりやすい。だからこそ、事実と噂を切り分けて捉える姿勢を、青山は改めて自分に課していた。


「路地裏の男から、他の仲介役についても、いくつか手がかりが得られたそうです」


 ギルドの一室で、レイナは捜査資料の写しに目を通しながら、青山に説明した。


「あの男自身は、他の仲介役の素性をほとんど知らなかったようですが、老人――工房の職人の方は、長年の付き合いの中で、いくつか名前や顔を覚えていたようで」


「では、組織の全体像が、ある程度は掴めそうですか」


「はい。今のところ、少なくとも三人の仲介役が、街の別々の場所で、同じように高ランク証明書の売買を持ちかけていたことが分かっています。既に、その全員の身柄を確保できたと聞いています」


「押収された偽造品の数は、どれくらいに?」


「まだ流通していない未完成のものも含めて、二十枚近くになるそうです。既に発行済みとして出回っていたものについては、ギルドの方で、一件ずつ照合を進めています」


 二十枚近くという数字に、青山は改めて、この一件の規模の大きさを実感した。もし発覚が遅れていれば、それだけの数の偽りの証明書が、街の様々な場所で使われ続けていたことになる。


 その報告に、青山は静かに息をついた。


(複数の触手が伸びていたとはいえ、根そのものは、あの老人一人が支えていた。根を断てば、枝葉もまた、自然と枯れるということか)


 もっとも、それで全てが解決したとは、青山も思っていなかった。今回のような偽造工房が、他の街にも存在していないとは限らない。だが、少なくとも、カルドナという街における一つの不正の流れを、根こそぎ断つことができたのは、確かな成果だった。


「青山さん、実は今日、ギルドの上層部から、正式にお伝えしたいことがあるんです」


 レイナがそう切り出したところで、奥の部屋から、恰幅の良い壮年の男性が姿を現した。ギルドマスターだという。


「君が、青山君か。話は聞いている。今回の一件、実に大きな功績だ」


「恐れ入ります。ですが、私一人の力ではありません。レイナさんや衛兵の方々、そして情報を提供してくれた方々の協力があってこそです」


 青山の謙遜に、ギルドマスターは、感心したように頷いた。


「その姿勢もまた、評価すべき点だな。手柄を一人で抱え込もうとする者は、いずれ足元をすくわれる。君のような人間こそ、長く続く仕事に向いている」


 ギルドマスターは、そう言いながら、懐から一枚の書状を取り出した。


「これは、ギルドとしての正式な感謝状だ。今回の功績を、記録として残しておく。……そして、単刀直入に言おう。ギルドとしては、以前レイナから話が出ていた、相談役としての正式な役職を、改めて君に提示したい。もちろん、それに見合う待遇も用意する」


 青山は、少し考える素振りを見せた。以前、この打診を受けた際には、まだ判断がつかず、保留にしていた。だが今、投資詐欺の一件、そして今回の偽造証明書事件を経て、青山の中には、以前とは違う考えが芽生えていた。


(誰かに雇われる形での相談役、というのも、一つの選択肢だ。だが――)


 脳裏をよぎったのは、これまでの一連の出来事だった。詐欺の芽を一つ潰しても、また別の場所で、同じような不正が生まれる。街の制度そのものに、まだいくつもの隙間が残っている。


 もし本当に、この世界で詐欺という行為そのものに立ち向かおうとするなら、一人の相談役という立場だけでは、いずれ限界が来るのではないか――そんな予感が、青山の中で、次第に形を帯び始めていた。


「大変ありがたいお話です。ですが、もう少しだけ、考えさせていただけますか」


「――また、保留か」


 ギルドマスターは、苦笑しながらも、どこか楽しげにそう言った。


「構わんよ。急いで答えを出させて、後悔されても困るからな。むしろ、そういう慎重さこそが、君の強みなのだろう」


 その言葉に、青山は小さく頭を下げた。この街に来てから、青山の"即決しない"という姿勢は、時に孤立を招き、時に不審がられもした。だが今、こうしてギルドマスターという立場の人間からも、その姿勢そのものが評価される場面に立ち会い、青山は不思議な感慨を覚えていた。


(結果が全てを決めるわけではない。だが、結果が伴って初めて、姿勢そのものの正しさが、周囲に伝わることもある)


 ギルドマスターが部屋を後にすると、レイナが、少し困ったような笑みを浮かべた。


「青山さんは、本当に即決というものをなさらないんですね」


「一度、それで全てを失っていますから」


 青山の答えに、レイナは、それ以上何も聞かなかった。ただ、静かに頷くだけだった。


「ただ、正直に申し上げると、この街での日々には、感謝しています。孤立から始まった旅でしたが、こうして信頼していただけるようになったことは、私にとって、大きな支えになっています」


「そう言っていただけると、私も嬉しいです。……青山さんがこの街に来てから、正直、色々な事件が続きましたけど、その分、街全体の詐欺への警戒心も、随分と高まったように思います」


 レイナの言葉に、青山は小さく微笑んだ。一人一人の意識が変わっていくことも、また、詐欺という悪意への、確かな抑止力になるはずだった。誰か一人が全ての不正を見抜くよりも、街の人々自身が、少しずつでも「怪しい話には裏がある」と学んでいくことの方が、長い目で見れば、よほど確かな防波堤になる。青山はそう感じていた。


 その日の夕方、青山は市場を歩きながら、これまでの出来事を、改めて振り返っていた。


 投資詐欺の一件、そして偽造証明書事件。どちらも、単独の詐欺師や職人ではなく、複数の人間が関わる、組織的な不正だった。一つ一つを個別に解決していくやり方には、確かな手応えがある一方で、限界も感じ始めていた。


(一人で対処できる範囲には、どうしても限りがある)


 もし、詐欺や不正を未然に防ぐための仕組みそのものを、自分の手で作り上げることができたなら――そんな考えが、青山の中で、日に日に明確な輪郭を帯びていった。


 市場の雑踏を歩きながら、青山はふと、以前ジークから受けた申し出のことを思い出していた。「これからも、こういった揉め事の相談に乗ってくれんか」――あの言葉と、今日のギルドマスターからの打診。二つの申し出が、青山の中で、一つの構想へと結びつき始めていた。


(一人で相談役を担うのではなく、もっと広く、街全体の信用を支える仕組みを作れないだろうか)


 それは、まだ漠然とした夢想に近いものだった。だが、投資詐欺の一件で見せた、証拠を積み上げ、複数の人々と協力して事を進めるやり方。そして、今回の偽造証明書事件で得た、街の制度そのものに潜む隙間についての理解。それらの経験の一つ一つが、その構想を、少しずつ現実味のあるものへと近づけていた。


 例えば、契約の際に第三者が仲介し、資金を一時的に預かる仕組みがあれば、投資詐欺のような一方的な条件を、未然に防げたかもしれない。証明書の発行に、より厳格な確認の目が常に注がれていれば、偽造工房が入り込む隙も、少なくなっていたかもしれない。


 個々の事件を後追いで解決するだけでなく、そもそも詐欺が入り込む隙間そのものを、制度として塞いでいく。そんな仕組みを、もし自分の手で作り上げることができたなら――青山の頭の中で、その構想は、まだ形にはならないながらも、確かな熱を持ち始めていた。


 もちろん、そのためには、相応の資金も、人手も、そして信用も必要になる。今の青山一人の力では、到底実現できるものではない。だが、この半年足らずの間に出会った、レイナやジーク、そしてこの街の人々との繋がりが、いつか、その構想を後押ししてくれるかもしれない。そんな漠然とした予感が、青山の胸の中に、静かに芽生え始めていた。


 夕暮れのカルドナの街を歩きながら、青山は、静かに拳を握りしめた。


 この街での日々は、まだ始まったばかりだ。だが、ここでの経験は、確かに青山の中に、新たな道筋を見せ始めていた。誰も信じないという原則を貫きながらも、確かな根拠に基づいた協力関係を築き、より大きな仕組みを作り上げていく――そんな未来が、少しずつ、青山の視界の中に像を結び始めていた。

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