第17話 出し抜く
「――つまり、セルジオとヴォルグは、逃げ足だけは速い連中ということですね」
ジークの言葉に、青山は静かに頷いた。
ガレルの証言によれば、カステナでの一件でも、被害が表面化する前に、セルジオはすぐさま姿を消したという。同じことがカルドナで起きれば、証拠を固めるための時間そのものが、致命的な遅れになりかねない。
「悠長に構えている時間はありません。今日中に、動く必要があります」
青山はレイナ、ジーク、そして先ほど市場で声をかけた商人――名をドムという――を交え、ギルドの一室で、これからの動き方を話し合っていた。
「ただ、動くにしても、慎重さは欠かせません。相手が今日にも街を出るつもりなら、下手に刺激すれば、証拠ごと持ち去られてしまう恐れがあります」
青山はそう前置きしてから、これまでの経緯を、改めて一同に整理して見せた。契約書に潜む三つの不利な条項。カステナでの同様の被害。そして、ヴォルグが半年前からこの街に登録している経歴。それぞれは単独では決定打にならないが、組み合わせることで、明確な意図の連なりが見えてくる。
「ですが、証拠はまだ、状況証拠の域を出ていません。カステナでの一件との類似点だけでは、この場で二人を捕らえる決め手には、少し弱いかと」
レイナの指摘は、もっともだった。青山は頷きながら、頭の中で、これまで積み上げてきた情報を、改めて整理していく。
「決定的な証拠がないのであれば、こちらから作り出すしかありません」
「――作り出す、とは?」
「セルジオたちが最も恐れているのは、出資者たちが一斉に手を引くことです。今日、私たちが出資者を集め、彼らの目の前で契約の矛盾点を明らかにすれば、少なくともその場での混乱は避けられません。そして、混乱に乗じて逃げようとする瞬間こそが、動かぬ証拠になるはずです」
青山の提案に、ジークが興味深そうに目を細めた。
「兄さんの言う通りだ。あの手の連中は、化けの皮が剥がれかけると、決まって尻尾を巻いて逃げ出す。逃げること自体が、後ろ暗いことをしている何よりの証拠になるわけだ」
「ですが、逃げられてしまっては、元も子もありません」
ドムが不安げに口を挟んだ。
「そこは、こちらで手を打っておきます」
青山はレイナに向き直った。
「衛兵の方々に、今日の集まりについて、あらかじめ事情を伝えておくことはできますか。何か動きがあった場合、すぐに駆けつけていただけるように」
「先日の偽造証明書の一件もありますし、話を通しやすいと思います。すぐに手配します」
こうして、その日の夕刻、急遽、出資者たちを集めた"追加説明会"が開かれることになった。表向きは、ヴォルグ側からの提案という体裁を取り繕いつつ、実際には、青山たちが仕組んだ場だった。
もっとも、ヴォルグを直接この場に誘い出すには、一芝居打つ必要があった。青山は、ドムを介して、ヴォルグにこう伝えさせた。
「出資を検討している知人が、ぜひ直接、セルジオ殿の話を聞きたいと言っている」――と。
新たな出資者候補という餌に、ヴォルグは思いのほかあっさりと食いついた。
夕刻、商館に集まったのは、説明会に参加していた出資者たちに加え、青山、ジーク、そして物陰に控えた数名の衛兵だった。
セルジオとヴォルグが姿を現すと、会場の空気が、これまでとは明らかに違うものへと変わっていた。
「本日は、追加の説明会にお集まりいただき――」
ヴォルグが口上を述べようとしたところで、青山が静かに立ち上がった。会場の隅で、ジークが腕を組んだまま、静かにこちらの様子を見守っている。物陰に控えた衛兵たちの気配は、まだ誰にも気づかれていない。
「セルジオ殿、ヴォルグ殿。一つ、確認させていただきたいことがあります」
会場の視線が、一斉に青山へと集まる。
「半年ほど前、隣町のカステナで、"鉛を銀に変える"という名目で、同様の出資話を持ちかけていらっしゃいましたね。錬金術師ガイウス殿と名乗って」
セルジオの顔が、目に見えて強張った。
「――何を、根拠のないことを」
「根拠であれば、あります。カステナから来た商人の証言、そして、あちらでの被害の詳細も、既に確認が取れています」
青山は、ガレルから聞き取った内容を、努めて冷静に、しかし会場全体に届くよう、はっきりと語った。損害の免責、返金不可、売却時期・相手の恣意性――今回の契約書と、カステナでの契約内容が、驚くほど一致していることも合わせて説明する。
会場に、動揺のざわめきが広がった。
「な、なんだって……。俺、今日にも出資しようと思ってたのに」
「待て、じゃあ、こないだ出資しちまった俺の金は……」
出資者たちの視線が、次々とセルジオとヴォルグに突き刺さる。
「……皆様、落ち着いてください。これは何かの誤解で――」
ヴォルグが取り繕おうとした、その瞬間だった。
セルジオが、突如として身を翻し、出口へと向かって駆け出した。
「――やはり、そう来るか」
青山の合図と共に、物陰に控えていた衛兵たちが、一斉に動いた。出口を固めていた衛兵の腕が、セルジオの肩を捉える。
「離せ、離せ!」
「往生際が悪いぞ。大人しくしろ」
抵抗も虚しく、セルジオはあっという間に取り押さえられた。逃げようとしたその行動そのものが、何よりも雄弁な証拠となった。ヴォルグもまた、後を追うように逃げ出そうとしたが、これも別の衛兵に取り押さえられた。
その後の調べで、セルジオが商館の裏手に隠していた出資金の大部分が、ほぼ手つかずの状態で発見された。稀少な触媒の材料も、変成済みとされる魔鉱石も、どこにも存在しないことが、後に判明した。実演で使われていたのは、あらかじめ用意された本物の魔鉱石とのすり替えによる、単純な手品だった。取り調べにあたった衛兵によれば、セルジオとヴォルグは、他にも複数の街で、名前と手口の細部を変えながら、同様の出資詐欺を繰り返していた疑いがあるという。カステナでの一件は、氷山の一角に過ぎなかったのだ。
押収された資金は、正式な手続きを経て、出資者たちへと返還されることになった。ドムをはじめとする出資者たちは、胸を撫で下ろすと同時に、青山に何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、青山さん。あなたがいなかったら、俺は全財産を失うところでした」
「私一人の力ではありません。ガレルさんの証言や、ジークさんの協力があってこそです」
青山は謙遜しながらも、内心では、確かな手応えを感じていた。
今回の一件は、単に自分自身が騙されずに済んだというだけの話ではなかった。証拠を積み上げ、周到に計画を立て、複数の人々と協力しながら、被害そのものを未然に食い止めることができた。それは、前世の青山が、地面師詐欺に遭った際には、決してできなかったことだった。
(一人で警戒するだけでなく、周りと力を合わせることも、できるのか)
その気づきは、青山にとって、小さくない発見だった。誰も信じないという原則は、決して曲げるつもりはない。だが、確かな根拠に基づいて協力関係を築くことは、警戒の姿勢とは矛盾しない。むしろ、それこそが、一人では成し得ない結果を生む力になるのだと、青山は実感していた。
事件の解決から数日後、ジークが青山のもとを訪れた。
「兄さん、なかなか大した手並みだったな。……実は、ちと相談があるんだが」
「相談、ですか」
「わしも長年、この街で商売をやってきた。だが、こういう手口の連中は、この街だけの話じゃない。もし良ければ、これからも、こういった揉め事の相談に乗ってくれんか。もちろん、只でとは言わん」
ジークの申し出に、青山は少し考えてから答えた。
「即答は、いたしかねます。少し、考えさせてください」
ジークは、その返答に、むしろ満足げに笑った。
「その用心深さこそが、あんたの強みだな。急かしゃせんよ」
ジークが立ち去った後、青山はギルドに立ち寄り、レイナに事件の正式な報告書を提出した。
「これで、カステナへの照会も、正式な記録として残せます。もし今後、同じ名前や、似た手口が別の街で見つかれば、今回の記録が役に立つはずです」
レイナはそう言いながら、書類を丁寧に受け取った。
「青山さんのおかげで、今回は被害を最小限に抑えられました。……こういう形で、少しずつ、詐欺の手口が記録として積み重なっていけば、いずれは、街をまたいだ対策も取れるようになるかもしれませんね」
その言葉に、青山は小さく頷いた。
(一つの街だけで対処するには、限界がある。もし本当に、この手の連中を根絶やしにしようと思うなら――)
街をまたいだ情報共有、あるいは、被害を未然に防ぐための仕組みそのものを、作り上げる必要があるのかもしれない。その考えは、まだ漠然としたものに過ぎなかったが、青山の中で、小さな芽のように育ち始めていた。
夕暮れのカルドナの街を眺めながら、青山は静かに、これからのことを考え始めていた。




