第16話 繰り返される手口
翌朝、青山はギルドを訪れ、レイナに前日の顛末を伝えた。
「なるほど……そういうことでしたか」
レイナは、青山が持参した契約書の写しに目を通しながら、次第に表情を険しくしていった。
「正直に言うと、こういった出資話自体は、ギルドとしても完全には把握しきれていないんです。個人間の契約という形を取られてしまうと、ギルドが直接介入する権限は、あまり強くないので」
「そうなると、被害が出てからでないと、動けないということですか」
「残念ながら……。よほど明確な詐欺の証拠があれば話は別ですが、契約自体が成立してしまっている以上、後から覆すのは簡単ではありません」
レイナの言葉には、制度の限界に対する、隠しきれない歯痒さが滲んでいた。
「セルジオという人物や、ヴォルグという商人について、ギルドに記録は残っていませんか」
レイナは少し考え込んでから、奥の資料室へと案内してくれた。棚には、この街に登録した商人や職人の経歴を記した台帳が、ぎっしりと並んでいる。埃っぽい紙の匂いが、部屋いっぱいに漂っていた。
「ギルドに登録している商人であれば、簡単な経歴が記録されているはずです。ただ、セルジオという名前の錬金術師は……登録記録、見当たりませんね」
棚に並んだ台帳を何冊も繰りながら、レイナはそう告げた。
「ヴォルグの方は?」
「こちらは、ありました。……薬種商として、半年ほど前にこの街で登録していますね。ただ、それ以前の経歴については、あまり詳しく記載されていません」
半年前。青山の中で、その時期に小さく引っかかるものがあった。
「半年前というと、丁度、カルドナに来たばかりということですよね。それ以前は、どちらに」
「記録上は、"各地を渡り歩いていた商人"としか。詳細は分かりません」
この街での記録だけでは、これ以上の手がかりを得るのは難しそうだった。青山はしばらく考えた末、ある一つの可能性に思い至った。
(もし、これが常習的な手口であれば、他の街でも同じような話が出ているはずだ)
「レイナさん、他の街から来た商人や旅人の中に、似たような投資話を聞いたことがあるという方はいませんか。行商人のフォルカーさんのような方に、心当たりは」
「そうですね……ちょうど今日、隣町から来た商人さんが、依頼の登録に来られているはずです。少し伺ってみましょうか」
レイナに案内され、青山はギルドの一角で、商談を終えたばかりの中年の商人に声をかけた。彼はガレルという名で、隣の街カステナから、定期的に品物を運んでくる行商人だという。
「原石を魔鉱石に変える、という話、ですか」
青山が説明会での話を伝えると、ガレルの表情が、みるみる強張っていった。
「……それ、うちの街でも聞いたことがありますよ。半年ほど前だったか。錬金術師を名乗る男が、"鉛を銀に変える"とかいう触れ込みで、似たような出資話を持ちかけていました」
「鉛を銀に変える、ですか」
「ええ。名前と変える対象は違いましたが、話の作り方が、そっくりだ。実演で目の前で変化を見せて、材料費が高いから出資してくれ、限られた枠、今夜中に決めろ、って急かすやり口も、まるっきり同じですよ」
青山の中で、いくつもの点が一気に繋がった。
「その錬金術師の見た目は、覚えていますか」
「若い男でしたね。恰幅が良くて、口が達者な。……ああ、思い出した。確か、話をまとめていたのは、その男本人じゃなくて、もう一人、年配の仲介役がいたはずです。人当たりの良い、商人風の男でしたよ」
その特徴は、セルジオとヴォルグの組み合わせと、驚くほど一致していた。
「その二人の名前は、覚えていますか」
「うーん……錬金術師の方は、確か"ガイウス"とか名乗っていたような。仲介役の名前までは、正直、記憶にないですね。あまり自分から名乗らないタイプだった気がします」
名前が違う、という事実に、青山はむしろ確信を深めた。名前や薬の呼び名を変えながら、街を渡り歩く。それこそが、この一味の手口の核にある部分なのだろう。
「カステナでは、その後、どうなったんですか」
「詳しいことは分かりませんが、噂じゃ、出資した何人かが、投じた金を丸ごと失ったとか。錬金術師本人は、話が広まる前に、姿を消したそうです。俺の知り合いの商人も、痛い目にあった一人でしてね。あれ以来、すっかり人間不信になっちまって、しばらく商売にも身が入らなかったって話です」
その話に、青山は思わず胸が痛んだ。金銭的な損失だけでなく、被害者の心にまで深い傷を残す。それは、地面師詐欺で全てを失った自分自身が、痛いほどよく知っていることだった。
ガレルの証言により、青山の中の疑念は、もはや確信へと変わっていた。
(セルジオとヴォルグは、街を渡り歩きながら、同じ手口を繰り返している。名前や変成の対象は変えながら、根本の構造は同じままに)
被害が表面化する前に姿を消し、別の街で、また新たな出資者を募る。この繰り返しであれば、単発の出資者からの追及を、ほぼ完全に躱すことができる。
「レイナさん、この情報を、ギルドとして正式に記録に残すことはできますか。カステナでの一件と、今回の一致点も含めて」
「もちろんです。……ただ、これだけでは、まだ現行犯として動くには材料が足りません。カステナでの被害についても、正式な訴えが出ていたかどうか、確認が必要ですね」
青山は頷きながら、頭の中で、これからの手順を組み立て始めていた。
証拠が完全に揃うまで待っていては、今夜にも新たな出資者が現れ、被害が広がってしまうかもしれない。だからといって、根拠の薄いまま告発すれば、逆に名誉毀損として訴えられかねない。
(動くべきタイミングと、そのための材料。両方を、慎重に見極める必要がある)
「もう一つ、確認させてください。今回の出資枠には、実際に何人ほどの方が、既に出資を決めているんでしょうか」
「そこまでは、ギルドでは把握できていません。個人間の契約ですから」
「では、あの説明会に参加していた方々に、それとなく話を聞いてみます。まだ間に合うなら、被害を未然に防げるかもしれません」
レイナは、青山の言葉に、静かに頷いた。
「分かりました。私の方でも、カステナのギルド支部に、正式な照会を出しておきます」
資料室を出た青山は、市場へと向かいながら、心の中で改めて整理を進めていた。
セルジオとヴォルグの正体。彼らが常習的に同じ手口を繰り返していること。そして、被害を未然に防ぐために、自分に何ができるのか。
説明会で肘を突いてきた、あの恰幅の良い商人の顔が、青山の脳裏に浮かんだ。彼だけではない。あの場にいた十数人の参加者のうち、既に何人が出資を決めてしまっているのか、青山にはまだ分からない。
(一人でも多く、間に合わせたい)
前世の記憶が、また蘇る。あの日、青山を含めた被害者たちは、誰一人として、詐欺の全貌に気づけなかった。もし、誰か一人でも早い段階で違和感に気づき、声を上げていたら――そんな「もしも」を、青山は何度も思い返してきた。
今、目の前にある状況は、あの後悔を繰り返さないための、数少ない機会だった。証拠を集めることと、被害を未然に防ぐこと。この二つを、同時に進める必要がある。
その思いを胸に、青山は、市場の雑踏へと足を踏み入れた。まずは、あの日、隣の席に座っていた商人を捜し出すところから始めるつもりだった。
幸いにも、彼を見つけるのにそう時間はかからなかった。市場の一角で、露店を構えている商人だった。
「おや、あんたは説明会にいた……」
「少し、お時間よろしいですか。あの投資話について、確認しておきたいことがあります」
青山は、ガレルから聞いた話を、簡潔に伝えた。商人の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「な……俺はもう、昨日のうちに、有り金の半分を出資しちまったんだが」
「まだ間に合うかもしれません。契約書に、返金不可の条項があるとはいえ、詐欺の可能性がある以上、ギルドを通じて正式に異議を申し立てる余地はあります」
「本当か……! すぐにでも、ギルドに行こう」
商人は青ざめた顔のまま、慌ただしく駆け出していった。青山はその背中を見送りながら、静かに息をついた。一人だけでも、被害の拡大を止める手助けができたことに、小さな手応えを感じていた。
その帰り道、市場の隅で、見覚えのある人影に気づいた。説明会の会場で、壁際から一人だけ醒めた目で場を見つめていた、あの老人だった。
「――あなたも、あの説明会にいらっしゃいましたね」
青山が声をかけると、老人はゆっくりとこちらを振り向いた。
「ああ、覚えていたか。わしも昔、似たような話に手を出して、痛い目を見たことがあってな。それ以来、この手の"うますぎる話"には、真っ先に眉に唾をつけることにしとるんじゃ」
「差し支えなければ、その時の経験を、聞かせていただけませんか」
老人は、青山の目をじっと見つめた後、小さく頷いた。
「いいだろう。どうせ、この年になっても、あの手の連中を野放しにしとくのは寝覚めが悪いからな」
こうして、青山は思わぬ形で、心強い協力者を得ることになった。老人の名は、後にジークと名乗ることになる。長年の商売人としての経験と、過去の苦い教訓を持つ彼の存在は、この一件を解決に導く上で、大きな力になりそうだった。




