第12話 初手柄
夜の闇に包まれた倉庫街に、松明を手にした衛兵たちの足音が響く。青山の案内で、一行は例の倉庫の前に到着した。
中からは、まだ低い話し声と、荷物を動かすような物音が聞こえてくる。
「間違いないな」
衛兵の一人が、他の面々に目配せをした。合図と共に、扉が一斉に開け放たれる。
「動くな! 衛兵だ!」
倉庫の中は、たちまち騒然となった。松明の明かりに照らされたのは、木箱に囲まれた空間で顔を突き合わせていた、三人の男たちだった。中央には、あの偽造証明書の男の姿もある。
「な、なんだお前ら――」
男の一人が逃げようとしたが、出入り口を固めていた衛兵たちに、あっという間に取り押さえられた。
倉庫の奥には、複数の証明書らしき羊皮紙の束と、それを作るための道具――印章の型や、特殊な染料の瓶が置かれていた。証拠としては、これ以上ないほど明確なものだった。
「これは……」
衛兵の一人が、束になった証明書を手に取り、絶句した。
「見本と寸分違わない出来だ。こりゃ、専門の職人が絡んでるな」
偽造証明書の男は、既に観念したのか、その場に膝をついていた。
「――どうして、バレたんだ」
男は誰にともなく、そう呟いた。青山は、少し離れた場所からその様子を見つめていた。
答えるつもりはなかった。だが、心の中では、はっきりとした答えがあった。
(完璧に見える嘘ほど、どこかに歪みがある。今回は、それがたまたま、俺の目に留まっただけだ)
衛兵たちは手際よく、三人を拘束し、証拠品を押収していった。指揮を執っていたベテランの衛兵が、青山のもとへ歩み寄ってくる。
「兄さん、大手柄だ。この規模の証拠品となりゃ、上への報告にも十分な材料になる。名前を聞かせてくれるか」
「青山、と申します」
「青山、な。覚えておくよ。……この街に来たばかりだと言ったな。だったら尚更、大したもんだ」
衛兵は、感心したように青山の肩を叩いた。
その夜のうちに、三人の男たちは正式に連行され、倉庫にあった証拠品の全てが押収された。翌日には、ギルドにもこの一件の報告が届けられ、街の中では早くも噂が広まり始めていた。
「聞いたか、東の倉庫街で、偽造証明書の一味が捕まったらしいぞ」
「なんでも、最近街に来たばかりの若い男が、単独で証拠を集めて衛兵に突き出したとか」
青山自身は、大々的に名乗り出るつもりはなかった。だが、事情を知る衛兵やギルド職員を通じて、青山の名は、少しずつ、しかし確実に街の一部で知られるようになっていった。
数日後、ギルドを訪れた青山は、レイナから改めて礼を告げられた。
「あの一件、本当にありがとうございました。おかげで、被害の拡大を防げたそうです。ギルドとしても、正式に感謝状を出す話が上がっています」
「大げさにしていただかなくて、結構です。たまたま、気づいてしまっただけですから」
「謙遜なさらなくても……。それに、正直に言うと、少し意外でした。関わりを避けようと思えば、避けられたはずですのに」
その言葉に、青山は少し考えてから答えた。
「見過ごすことは、簡単です。ですが、見過ごした先に何が起きるかを、俺は前にも見たことがあるので」
その言葉の裏にある事情までは、レイナに語るつもりはなかった。だが、青山の口調には、単なる正義感だけでは片付けられない、ある種の実感がこもっていた。
この日を境に、青山の街での立ち位置は、少しずつ変わり始めていた。以前のような、ただの身元不明な旅人としてではなく、「用心深く、しかし信頼できる人物」として、一部の人々の間で認識されるようになっていった。
もっとも、青山自身は、その評判に浮かれるつもりは毛頭なかった。
(一つの手柄が、俺という人間の"信用"を、証明するわけじゃない)
地面師詐欺で全てを失ったあの日、周囲からの評価がどれほど高くとも、一瞬の判断ミスで全てが崩れ去ることを、青山は骨身に染みて理解していた。今回の一件も、あくまで積み重ねの一つに過ぎない。
それでも、確かな手応えは残っていた。誰かに理解されなくても構わないと思っていた自分の生き方が、初めて、この世界で一つの形として認められた。その事実は、孤立の中で疲弊しかけていた青山の心に、小さな、しかし確かな灯をともしていた。
街の噂は、やがて別の場所にも届くことになる。カルドナの外れ――王都から流れてきたという、ある女性の耳にも。




