第11話 尻尾を掴む
ギルドで偽造証明書の一件を目撃してから、数日が経った。
青山は初級の証明書を得たことで、簡単な依頼をいくつか受けられるようになっていた。荷物運び、露店の手伝い、伝令。どれも報酬は微々たるものだったが、この街での生活基盤を整えるには、地道な積み重ねが必要だと青山は理解していた。
依頼をこなしながら街を歩き回るうちに、青山は次第に、カルドナという街の"地図"を頭の中に描けるようになっていった。表通りの賑わい、裏路地の空気、商人たちの縄張り、そして――ごくわずかにだが、街の奥底に潜む不穏な気配。
それに気づいたのは、ある日の午後、青山が伝令の依頼で街の東側にある倉庫街を訪れたときのことだった。
依頼主に指定された場所へ荷物を届けた帰り道、青山は路地の奥で、見覚えのある顔を目にした。ギルドで偽造証明書を提出していた、あの身なりの良い男だった。
(――あの一件は、確か奥の部屋で本部への照会になったはずだが)
男は今、堂々とした様子で倉庫街を歩いている。少なくとも、あの日以来、拘束されたり処罰を受けたりした様子は見受けられない。
青山は反射的に、物陰に身を寄せた。
男は一軒の倉庫の前で足を止めると、周囲を一瞥してから、素早く中へ姿を消した。その一連の動作には、明らかに人目を憚る気配があった。
(あの偽造証明書の件、うやむやになったのか。それとも――)
青山の中で、いくつかの可能性が渦を巻いた。証明書の照会には、それなりの時間がかかるはずだ。まだ結果が出ていないだけかもしれない。あるいは、男が何らかの理由で処分を免れた可能性も、ゼロではない。
だが、青山の【査定眼】は、この状況そのものに、明確な違和感を発していた。
倉庫の様子を、青山はしばらく物陰から観察し続けた。人の出入りは少ないが、時折、明らかに堅気とは思えない風体の男たちが、荷物とも取引ともつかない何かを運び込んでいく。その荷物の中身は、外からは窺い知れない。
(今日はここまでにしておこう)
深追いは禁物だ。青山はそう自分を戒め、その日はいったん引き上げることにした。
翌日から、青山は意識的に、この倉庫街周辺の情報を集め始めた。もちろん、直接的な聞き込みは避けた。不用意に嗅ぎ回れば、相手に警戒されるだけでなく、自分自身が危険に晒される可能性もある。
まず青山が頼ったのは、ギルドで知り合った職員――偽造証明書の一件で言葉を交わした、あの女性職員だった。
「先日は、ありがとうございました。実は少し伺いたいことがあるのですが」
昼休みの時間帯を見計らい、青山はギルドの食堂で彼女に声をかけた。名をレイナというらしい。
「あら、青山さん。何かご依頼のことで?」
「いえ、少し個人的な興味なのですが……先日、証明書の照会をされていた方、あの後、どうなったんでしょうか」
レイナは一瞬、表情を曇らせた。
「詳しいことは、私からはちょっと……。ただ、あの手の照会は、支部間のやり取りに時間がかかることが多いんです。北の支部からの返答待ち、ということになっていると思います」
「その間、当人の活動に制限はかからないんですか」
「本来は、疑いが確定するまでは、無闇に拘束はできない決まりですから。……正直に言うと、悪用されやすい仕組みだとは、私も思っています」
レイナの言葉には、微かな苦さが滲んでいた。制度の隙間を、誰かが意図的に利用している――そんな可能性を、彼女自身も薄々感じているのかもしれない。
「もう一つ、伺ってもいいですか。東の倉庫街について、何かご存知ですか」
「倉庫街……特に、何か問題でも?」
「いえ、少し気になることがあって」
レイナは声を潜めた。
「あそこは、正規の商人だけじゃなく、身元のはっきりしない商人たちも出入りしていると聞きます。ギルドの管理が完全には行き届いていない区画で……あまり近づかない方がいいと、うちの上司もよく言っています」
その言葉に、青山は静かに頷いた。倉庫街が、ある種の"死角"として機能している可能性が、これで一段と現実味を帯びてきた。
その日以降、青山は依頼の合間を縫って、倉庫街周辺の様子を、慎重に観察し続けた。毎日同じ時間に張り込むのではなく、あえて不規則な時間帯に、伝令や荷運びの依頼を選んで受けることで、周囲に不審に思われないよう工夫した。
数日かけて、青山はいくつかの事実を積み上げていった。
一つ、あの倉庫には、数日おきに複数の人間が出入りしている。その顔ぶれは、ほぼ固定されているようだった。
二つ、出入りする者たちの中には、ギルドで見かけたことのある顔――中級以上の依頼を受けている、比較的羽振りの良い商人や冒険者らしき人物も含まれている。
三つ、倉庫からの荷物の搬出入は、決まって夜間か、人通りの少ない早朝に行われている。
これらの事実を単独で見れば、決定的な証拠とは言えない。だが、複数の状況証拠が積み重なるほど、青山の中の違和感は、確信へと近づいていった。
(証明書の偽造。それを利用した、中級依頼の不正取得。もしかすると、その先に――)
青山の脳裏に、一つの仮説が浮かび上がっていた。偽造した証明書で高位の依頼を受注し、その報酬を騙し取る。あるいは、依頼主から前払いされた資金を持ち逃げする。よくある詐欺の構図が、この街でも、形を変えて行われているのではないか。
決定的な瞬間が訪れたのは、青山が倉庫街の観察を始めてから、十日ほど経った夜のことだった。
その夜、青山は偶然――というより、これまでの観察パターンから導き出した「怪しい人の動きが起こりやすい時間帯」を狙って、倉庫街の近くを訪れていた。
いつもの物陰から様子を窺っていると、見覚えのある男――偽造証明書の男が、別の二人組と共に倉庫の前に現れた。三人は小声で何かを話し合っている。
青山は聞き耳を立てた。距離があるため、会話の全ては聞き取れない。だが、途切れ途切れに届く単語の中に、聞き捨てならないものがあった。
「――次の依頼も、あの証明書で受ける」「今回の分け前は」「バレたら、また北支部のせいにすりゃいい」
その言葉で、青山の中の仮説は、ほぼ確信に変わった。
(複数人で結託し、偽造証明書を使い回している。しかも、露見した際の言い訳まで、あらかじめ用意している)
組織的な詐欺行為であることは、もはや疑いようがなかった。
問題は、ここから先だった。自分一人の力で、この状況にどう対処すべきか。
青山の頭には、いくつかの選択肢が浮かんでいた。このまま見て見ぬふりをする。あるいは、単独で乗り込んで詰問する。もしくは――然るべき機関に通報する。
最初の選択肢は、青山の中で早々に排除された。見過ごすことは、これまで積み上げてきた自分の原則に反する。二つ目の選択肢も、危険度が高すぎる上に、証拠不十分なまま単独で行動すれば、逆に不利な立場に追い込まれかねない。
残る道は、一つしかなかった。
青山はその場を静かに離れ、街の中心部にある衛兵詰め所へと足早に向かった。
夜間の詰め所には、松明の明かりの下、数人の衛兵が詰めていた。
「夜分に失礼します。ある詐欺行為の疑いについて、報告したいことがあります」
青山の言葉に、当直の衛兵――ベテランらしき壮年の男が、怪訝そうな顔を向けてきた。
「詐欺の疑い、ね。証拠はあるのかい」
「決定的な物証は、まだありません。ですが、複数日にわたる状況の観察と、先ほど直接耳にした会話の内容から、組織的に偽造証明書を悪用している集団がいると考えています」
青山は、これまで積み上げてきた情報を、順序立てて説明した。ギルドでの偽造証明書の一件、その後の男の行動、倉庫街での不審な出入り、そして今夜聞いた会話の断片。
衛兵は腕を組み、しばらく黙って話を聞いていたが、やがて小さく息をついた。
「実はな、うちにも、似たような苦情がいくつか届いていたんだ。中級の依頼を受けた商人が、報酬だけ受け取って姿を消す、って話がな。証拠が足りなくて、動きようがなかったんだが……」
「今夜であれば、恐らく現行犯での確保が可能かと思います。倉庫に、複数人が集まっています」
衛兵は青山の顔を、値踏みするようにじっと見つめた。
「兄さん、随分と詳しいな。何者だ」
「最近、この街のギルドに登録したばかりの者です。以前の仕事柄、こういった不正の兆候には、多少敏感なだけです」
その返答に、衛兵はふっと笑みを浮かべた。
「面白い兄さんだ。……よし、話が本当なら、こっちとしても好都合だ。案内してくれるか」
青山は頷き、衛兵たちを伴って、再び倉庫街へと向かった。




