第八話 残された牙
脳内のただならぬざわめきを感じたアルトは、すぐさま森へ走りだす。
「一人では危険だアルト!」
村人の大人たちが心配して俺についてこようとする。
内心大人がいた方が心強いと思うアルトに対し、頭のなかの三千の俺たちが口々に叫ぶ。
「来させるな。」
「危険だ。」
「人が死ぬぞ。」
「お前一人のほうが都合がいい。」
「甘えるな。」
「筋肉はいつも、共にある。」
誰一人、皆でいけとは言わない…ここは忠告を聞こう。
「村長!ここから先は俺一人で行きます!」
「だが…!」
「大丈夫!またデコピンでワンパンしてやりますよ!」
震えそうになる手を必死に心で、精神力で抑える。
怖い。どうしよもなく、森の薄暗い闇は怖い。
枝は雑然と伸び、腰まで届く草は足を切りつける。
苔から湧き上がる湿気、鼻を突くカビの匂いに心が折れそうになる。
でも、村を守るためにも、俺がやらなきゃ。
木々をかき分け、もはや道と呼べる場所はない森をアルトは奥へと進む。
「その木を右だ。」
「いや、左に獣道がある楽に歩けるだろ。」
「素人は黙ってろ。獣道は野生の獣と遭遇するぞ。」
「ラリアットで返り討ちさ!筋肉筋肉!」
「魔力が薄く残っている、真っ直ぐだ。」
たまに頼りになる三千の声を頼りに進む。
しばらく歩き続けると、突然森が開けた。
薄暗い森から急に差した光に思わず目がくらむ。
そこは木々が倒され、草も生えない空き地になっていた。
そして、中央の地面だけが黒く焼け焦げている。
「たぶん、ここだろう。」
「警戒しろ。」
「不用意に身体を晒すな。」
「とりあえず高い所。」
「正面突撃。」
「一旦爆破。」
…とりあえず警戒は大事だ。
爆破は論外…というか爆破ってなんだ爆破って。
身をかがめ、茂みの中から空き地の様子をうかがう。
魔獣はいない。
血もなく、争った跡もない。
足元に落ちていた枝を試しに投げ込んでみる。
…反応はない、ひとまず生物はいないようだ。
気になるのは広場の黒い焦げ。
「これは、なんだ?」
焦げから5mほど離れたところで現場を見回す。
「獣は森の奥に引き込まれたのに、引きずった跡がまるでない。ここで燃やしたか?」
狩人だった俺が疑問を呈す。
「いや燃やした跡じゃない、有機物を燃やせば灰が散るはずだ。」
「灰をすべて回収するのは不可能だが、ここには灰の一つも残ってない。」
検死官だった俺が状況を分析する。
「運ばれたんじゃない。」
錬金術師が地面の魔力の痕跡を辿る。
「よく見ろ、この周りの土を。」
狩人の俺に促され、再度地面を見直す。
「…土の乾き具合に差がある。」
「そう、つまり…地面ごと抉り取らたと考えるのが自然だ。」
狩人の俺がそう断定する。
「じゃあ、死体はどこに?」
「魔獣があった空間そのものを切り取って回収したんだろう。」
「丁寧に、焼いて隠滅したようにカモフラージュしてな。」
錬金術師の俺が状況を結論づけた。
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これは、どう考えても人間業ではない。
頭に浮かぶのは黒ローブの仕業ではないかという疑念。
頭の中で三千人がざわつく。
「現実に干渉されてる。」
「予定より早い。」
「早く鍛えねば。」
「まだ、手遅れではない。」
もっと詳しく調べなくては、アルトが焦げたところの近くに寄る。
「止まれ。」
バラバラな頭の声が一斉に俺を静止する。
「結界」
「罠」
「何本か枝持ってこい。」
とりあえず枝を用意し、投げ込んでみる。
反応はない。
「魔力に関係がありそうだ。」
「魔法生物用の罠」
「かなりの火力、当たれば即死。」
先ほど投げ込んだ枝をもう一度拾い上げ、エンチャント魔法で魔力を込めて円の中心に向かって投げる。
次の瞬間、枝に黒炎が発火し、数秒もたたず、灰すら残さず燃え尽きた。
追跡してきた魔力を持つ相手だけを狙う、狡猾な罠。
使い切りか、継続して使い回せるのか、確認のためもう一度魔力を込めて投げる。
…反応はない。
念のため普通の枝として投げ込む。
……枝が地面に当たる音が辺りに響いた。
使い切りだったようだ。
他にめぼしいものは…ない。
「これ以上わかるものは…何も…」
諦めようとしたその時…
「いや、待て。」
検死官だった俺が低く呟いた。
「終わりじゃない。まだ残っている。」
アルトは空き地を見回す。
焦げた地面以外には何もない。
「何が?」
「よく探せ。」
「死体は回収されても、すべてを持ち去れるわけじゃない。」
狩人だった俺が足元を指差す。
「風下を見ろ。」
言われるがままに、焼け焦げた円の風下へ歩く。
落ち葉の下に、白く光るものが埋もれていた。
「なんだ?これ。」
拾おうと手を伸ばす。
「素手で触るんじゃない、布を使え。」
手持ちの布切れで包み、そっと持ち上げる。
それは指先ほどの牙の破片だった。
「十分だ。」
検死官が静かに言う。
「死体全部はいらん、歯一本全てがわかる。」
アルトは思わず牙を見つめた。
「そんなもんなのか?」
「人間でも同じだ。」
「骨、歯、血の一つ。」
「それだけで多くを語る。」
解剖学者だった俺が、ゆっくり観察する。
「割れ方が不自然だ。」
「切断でもない。」
「圧縮破壊されている。」
検死官が頷く。
「一点に、とてつもない力が集中して割れたようだ。」
「…………あ。」
思い当たる節がある。
「アイツを倒したときだ。」
かかった圧力で牙にビビが入り、森の奥に引き込む時に脆くなり、ここから消す時に大きな力がかかって割れた。
「妙だ。」
検死官の俺が疑問を呈す。
「何が妙なんだ?」
「普通なら、あれだけ大型の魔物の歯にヒビがはいる程の圧力がかかれば、即死する。」
「だがよく見ろ。」
牙の根元を指差す。
そこには、黒い筋のようなものがわずかに残っていた。
「これは血ではない。」
錬金術師が目を細める。
「魔力だ。」
「しかも、流れている。」
アルトは眉をひそめた。
「流れる?」
「死体の魔力は止まるものだが、これは違う。」
「まだ循環している。」
「つまり。」
検死官が静かに結論を告げる。
「こいつの本体は死んでない。」
「瀕死のまま回収されたんだ。」
頭の中が静まり返る。
「それになんだ?この魔力の流れ…何かが混ざっている。」
「これは…」
尋問官の俺は、答えを知っていた。
「幻覚魔法だ。魔物に幻覚を見せていたらしい。」
「なぜそんな?もしそうなら…黒ローブは…。」
三千十三番が低く呟く。
「そうだ、あいつがこの魔物をけしかけた。」
「そして、何か理由があって、生きたままのこいつを素材として集める必要があったらしい。」
「まってくれ!素材を集めているなら、俺達に見つからないように隠れて倒せばよかったんじゃないか?」
アルトが疑問を口にする。
「いや、俺たちに倒してもらう必要があった。」
「奴はおそらくだが、何らかの理由で力を万全に発揮できていない。」
「だから幻覚魔法で村にこいつをけしかけ、俺達に倒させたんだ。」
「俺たちにな。」
三千十三番の苦虫を噛み潰したような声。
感情が表に出るくらい腹立たしいのが伝わってきた。
「現状、黒ローブはこの世界であの時みたいに力を使えず、何らかの準備をしている。」
「それを阻止できれば、何か分かるんじゃないか。」
「たしかに。」
「万全でないなら時間がある。」
「焦らず急げ。」
「目的がさだまった。」
「筋肉を鍛えよ。」
「黒ローブの目撃情報、この世界で何をしているか、それを調べないと。」
「そのためには、情報の集まるところ…。」
「そうだ。」
三千十三番が俺とともに続ける。
「「これから、俺達は王都を目指す。」」
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村へ戻ると、家の前で村長と村民の皆が待っていた。
「アルト無事に戻ったか!」
「よかった!」
「まだまだお前は子どもだ、無茶はするんじゃない。」
幼い頃から育った村のみんなは、家族のように接してくれる。
俺もこの人たちと今生は平穏に過ごすつもり、だった。
「本当に良かった、無事で。」
村長の目にはうっすらと涙が滲んでいる。
村長はみんなに気付かれないように、サッと涙を袖で拭いながら話を続けた。
「…アルト…お前が森に行っている間、王都から書状が届いた。」
俺は急ぎ、封を切った。
そこには短く一文だけ。
『アルト・フェルナー。七日以内に至急、王都へ出頭せよ。』




