第七話 知識は力にあらず
アルトが目を覚ますと眼前に母の顔が見えた。
母が心配そうに俺を覗き込む。
「よかった。家の前で倒れ込んでて、お医者様を呼んたけど、丸3日起きなかったから、何かあったかと思って…」
うっすらと涙の滲む母の顔が心に刺さる。
大丈夫と言いながら身体を動かそうとしたとき異変に気づいた。
痛い。
筋肉痛のようなものだろうか…。
声にならない。
「鍛え方が足りない」
「器が脆い」
「知力は並」
「魔力は上々」
「筋肉が足りない!」
鍛冶場の馬鹿力を当たり前のように運用できない。
身体が動かなくなるのは当たり前のことだった。
「魔力が一番すぐに回復する」
「次に身体」
「最後に精神」
「やはり筋肉がすべてを解決…」
「しない!」
相変わらずやかましい。
思わず叫んだ俺の声に、同席していた医者が診断をつけ足そうとする…。
「やはり彼は錯乱しているのでは…」
「いいえ、昔からちょっと独り言が多くて…」
「ちょっと…感性の独特な子なんです。」
母のフォローが入る…あまり嬉しくはないが…あまり長く寝込みたくないので一旦感謝しよう…。
俺がとりあえず声を絞り出す。
「とりあえず、大丈夫なんで…今日は休ませてください。」
その言葉を聞いて、母と医者は一旦部屋をあとにした。
…さて…。
「とりあえず身体を治さなくては」
賢者と聖女だった頃の俺を呼ぶ
「治癒魔法の使い方を教えてほしい。」
「魔力が足らんのでは…。」
「いや、魔力を身体組成に振り替えるタイプなら」
「魔力は比較的早く回復する。食事、睡眠、魔道具、供給方法が豊富だ。」
「この世界に魔力を外付けで得る魔道具はない。」
「技量はいるがアルトなら作れるだろう。」
「回復魔法は希少だ、この世界の均衡と常識を崩すのでは?」
「秘匿すれば問題ないだろう。」
「さて、アルト、お前はどうしたい?」
アルトが答える。
「早く村を直さないと、魔獣で破損した柵を直したり、俺も修理を手伝わなきゃ。」
その言葉を聞いた、賢者と聖女の俺が続ける。
「わかった。今回は魔力を身体組成に振り替えて断裂した筋肉を急ぎ再生させる。」
「デメリットは、魔力がほぼ空になる。」
「魔法を用いた超常的な心体強化は、今日一日は難しいだろう。」
「それでもやるか?」
「あぁ、教えてくれ、魔法を!」
頭のなかに魔法の仕組みが流れ込む。
「違う、詠唱のスピードがずれてる。」
「呪文が違う。」
「集中を乱すな。」
「余計なイメージをするな。」
「魔術の流れが見えてない。」
「わかっちゃいたが…全っ然うまくいかねぇ…!」
当たり前である。
どの世界でも治癒魔法は希少性が高く、高等な魔術だ。
教わった、記憶がある、やったことがあるからといってすぐに成功するわけではない。
頭のなかにやり方や記憶はあるか、実行するにはそれなりに回数を踏んで慣れないといけない。
すぐ出来るやつがいたら、それは見取り稽古の天才だろう。
…そんな俺もいた気がしたが…。
「何を考えてる。泣き事考える暇があるなら、ちゃんと集中しろ。」
できたものができない、というのは非常にもどかしい。
「おい、詠唱を間違えるな、不発だからいいものの、別の魔法が出てここが吹き飛ぶぞ。」
「早く言え!」
ようやく治癒魔法が成功した頃、時刻は深夜を回った。
「あぁようやく眠れ…。」
まだ、覚えることがある。
「魔術の修行はここからだ。」
「寝かせてくれ…」
思わず出る俺の泣き言に間髪入れず声が響く。
「疲労は魔力で代用できるだろ。」
「精神力は削れるが、それはお前の気合次第だ。」
「治癒魔法だけだとヤバい、セットで色々覚えろ。」
「ガッツが足りないのは筋肉が足りない!」
身体は健康、精神ボロボロで必要な魔法を修めた時には、また朝日が登りかけていた。
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翌朝、立ち上がり食事を撮る俺を見て医者が驚愕する。
「…奇跡だ。あり得ない。肉体はボロボロだったのにどうして…。」
…そうだろう。
転生し過ぎで感覚が麻痺しているが、指で魔物を吹き飛ばすなんてのは普通あり得ない。
重症は1日で回復しないし、急に力は降って湧かない。
「貴重な研究サンプルとして…報告…。」
不穏なことを言い出した医者の眼前に右手を翳し、覚えたての魔法を使う。
その場で医者は眠りに落ちる。
普通はあり得ない事が起これば、そりゃ被検体として研究サンプルにされるのは必定。
どこかの転生で不用意にチート魔法を連発し過ぎて、民衆には感謝されたが、対魔法のエリート師団に拘束されて、被検体として死んだ回もあった。
その経験が活きた。
見られたくない神秘には、そう。
忘却魔法である。
1分ほどで都合よく現状を解釈して目を覚ますだろう。
…濫用も危険だが…。
忘却魔法が汎用化したせいで、証拠が上がらず、犯罪が横行した国を平定するのに苦労した回もあったな。
とかく便利なものは人目に触れると汎用化し、解析され、新たな問題の温床になる。
世界の常識に合わせて、よく考えて使わなくては。
あと…カルテも隠滅しておこう。
早く村の復興を手伝わねば…
心配する母を振り切り、村の復興を手伝うため外へ出た。
すると、村人全員が作業を止めて俺を見ていた。
「アルト!」
「お前が倒した魔獣だが…黒い手が引きずって、森に消えていった…」
「あんな物は長く生きたが見たことがない…。」
そう言って、村長が震える手で森を指差す。
「死体が消えた?」
頭の中で三千人が一斉に立ち上がる。
「まずい。」
「回収された。」
「もう始まっている。」
「急げ。」
俺は森へ駆け出した。




