第三話 円卓会議
目を開けると、そこには何もなかった。
天井も壁もない。
足元には白い光が広がっているだけなのに、不思議と地面の感触はあった。
「ここは…どこだ。」
俺が立ち上がると、目の前に巨大な円卓があった。
直径は……百メートルどころじゃない。
向こう側に座る人影が、豆粒ほどに見える。
その周囲には、無数の椅子。
数え切れない椅子がひしめき合うように並んでいる。
そのすべてに、人が座っていた。
「…遅い。」
最初に口を開いたのは、漆黒の鎧をまとった男だった。
歴代最強の剣聖…だった頃の俺だ。
「何年ぶりかね。」
隣で、ローブ姿の老人が微笑む。
あれは…大賢者だった頃の俺。
「そうだな、少し大きくなったか?」
商人だった俺が、不敵に、にやりと笑う。
「まず敵を殺せ。話はそれからだ。」
目つきの鋭い、暗殺者の俺が即座に返す。
「すぐ、暴力で何でも解決しようとする!」
アルトが、思わず叫ぶと、一斉に笑い声が響いた。
「変わらんな。」
「流石、ツッコミ担当。」
「十七歳らしいのぅ。」
「若いな。」
「まだまだ、初々しい。」
「ふふっ、かわいい。」
「おい!かわいいとか抜かしたの、誰だ!」
次々と話しかけてくる。
老人もいれば、子供もいる。
人間だけではない。獣人、ドワーフ、エルフ、果ては竜までいた。
男も女も、種族も年齢もばらばらだ。
でも分かる。
こいつらは全員、俺だ。
頭の中で好き勝手に喋っていた連中が、今は椅子に座ってこっちを見ている。
「ようこそ。」
静かな声が響く。
円卓の一番奥。
一人だけ、誰とも話さず立っている男がいた。
黒い外套に長い銀髪。見た目は二十代ほど。
剣聖も魔王もいるというのに、そいつからだけ目を逸らせなかった。
「お前が…お前が、三千十三番か?」
男は頷く。
「そう呼ばれている。」
「名前は?」
「…ない。」
男は静かに椅子へ座った。
その瞬間。
全員が立ち上がり、数千人が、一斉に頭を下げた。
俺は、状況を飲み込めずにいた。
剣聖も、魔王も、勇者も頭を下げている。
神に剣を向けたことのある俺までだ。
「さぁ、会議を始めよう。」
それまで好き勝手に喋っていた数千人が、一斉に口を閉じ席へ戻った。
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「で、議題は?」
商人の俺が手を挙げる。
「三千十二番への説明が必要かと。」
三千十二番…たぶん俺のことだろう。
「賛成。」
「異議なし。」
「可決。」
厳かに会議が進んでいく。
俺だけ置いてけぼりだ。
「ちょっと待て。」
全員の視線が俺に向く。
「なぁ、何なんだ、ここは。」
一瞬、円卓が静まり返った。
三千十三番が口を開く。
「ここは、お前の頭の中じゃない。」
「……じゃあ、どこなんだよ。」
「魂が留まる場所だと思えばいい。」
分かったような、分からないような…。
「人は死ぬ。」
「あぁ。」
「そして、魂は神のもとへ行く。」
「それも知ってる。数千回経験した。」
「だが、お前だけは、転生するたびに妙なものを残した。」
円卓が光り、空間に映像が浮かぶ。
そこには、神がいた。
白い法衣を着た、顔は見えない超常的な何か。
そう、数千回世話になった、転生の神だ。
『またか、また転生するのか?』
『あぁ、まだ世界を救いたい。』
『本当に?』
『あぁ。』
『もう千回目だぞ、そんなに転生するなんて正気か?』
『そうだっけ?』
表情は読めないが、きっと神は頭を抱えていただろう。
映像が変わる、二千回目のときだ。
『なぁ、まだいくのか、そろそろ飽きてこないか?』
…これは、三千回目か?
『もう好きにするといい、飽きるまで何度でも。』
映像が消えた。
三千十三番が言う。
「普通なら、魂一つが肉体を乗り換えていくだけだ」
「知ってる」
「だがお前は違った。転生するたび、前の魂をここに置いていった」
「……置いていった?」
三千十三番が右手を掲げた。
「その結果が、これだ。」
数千の椅子が鳴り、全員が立ち上がる。
「前のお前は消えず、次のお前が生まれた。」
魂を置いていった…?
「じゃあ、ここにいるのは…。」
「そうだ。」
男が深く頷く。
「ここにいる連中は、お前の記憶じゃない」
剣聖が腕を組んだ。
「失礼だな。ちゃんと考えてるぞ、俺は」
「喋るしな」
商人も笑う。
「……つまり、本当にいるのか?」
「そういうことだ」
思わず円卓を見回した。
剣聖がこっちを見ている。
魔王が退屈そうに頬杖をついている。
農民は腰をさすっていた。
「じゃあ、お前らは…。」
「俺たちはここに残ってる。」
「死んだあともずっとな。」
「やることがなくて、暇だから会議してる。」
頭の中の声に、ちゃんと本人がいた。
その事実が、まだうまく飲み込めない。
「じゃあ…俺は、何なんだ?」
剣聖だった俺も、魔王だった俺も、農民だった俺もいる。
なら、今ここにいる俺は何だ。
三千十三番は言った。
「アルト。剣聖だった頃を覚えているか?」
「覚えてる」
「初めて剣を握った日のことも?」
「あぁ、剣に振り回された。」
「初めて魔法が使えた日は?」
「忘れてない、袖を焦がした」
「農民だった頃に、畑で腰を痛めたことは?」
「そこまで掘り返す必要ある?!」
円卓のどこかからクスクスと笑い声が上がった。
農民だった俺が不満そうに叫ぶ。
「ギックリ腰はなぁ!大事件なんだぞ!」
だれかが吹き出した。
だが、三千十三番だけは、静かに俺を見ていた。
「それを、誰かの昔話みたいに感じるか?」
「いや、違う。」
即答できた。
剣を握りすぎて手の皮が剥けたことも、焦げた袖の臭いも覚えている。
初めて稼いだ金なんて、嬉しくて何度も数え直した。
「俺がやったことだ」
三千十三番が頷く。
剣聖の俺が口を挟む。
「剣聖として生きたのは俺だ。お前だけじゃない。」
商人が肩をすくめる。
「当然、俺が稼いだ金も俺のものだ。」
「つまり……分かれた後は別々ってことか?」
「そういうことだ」
三千十三番が答える。
「お前が転生したあとも、俺たちはここに残った。」
剣聖が腰の剣を軽く叩く。
「何年もな。」
「だから今の俺は、お前が覚えている剣聖より少し強い。」
「少し?」
賢者が鼻で笑った。
「謙遜じゃよ。かなりじゃ。」
「余計なこと言うな」
俺も釣られて少し笑った。
俺が次の人生を生きている間、こいつはここで何年も剣を振っていた。
そりゃ、俺の知っている剣聖と同じなわけがない。
「じゃあ、今の俺は今の俺でいいのか?」
「…好きにしろ。」
「少なくとも俺は、今のお前が言うことを全部聞く気はない。」
剣聖の俺が鼻で笑った。
剣聖が笑う顔なんて、記憶にはほとんどない。
商人は昔よりさらに胡散臭い顔をしている。
農民に至っては、まだ腰をさすっていた。
…俺なのに、知らない奴らだ。
「…そういうもんか。」
三千十三番の視線が、円卓の端へ移った。
「四席、空いている。」
円卓を見渡した、確かに四つ空席があった。
「三千十、十一、十二」
三千十三番はそこで言葉を切った。
一番端にも空席がある。
「あれは?」
三千十三番は答えなかった。
「…十二?」
一瞬遅れて気づいた。
「待て。それ俺じゃないのか?」
「違う。」
「じゃあ俺は何番なんだ?」
「お前には番号がない」
「じゃあ俺は何なんだよ」
三千十三番が口を開こうとしたとき、円卓が揺れた。
白い空間に亀裂が走り、そこから黒い腕が一本、二本…次々と這い出してくる。
「来たか。」
剣聖の俺が剣を抜く。
魔王の俺が立ち上がる。
賢者が杖を握る。
「…やっと、見つけた。」
聞き覚えのある声。
あの黒ローブの男だ。
「ようやく繋がった。」
三千十三番が静かに立ち上がる。
「総員。」
数千脚の椅子が一斉に鳴る。
全員が武器を構えた。
剣が抜かれる。
槍の穂先が揃い、無数の杖に魔力が灯った。
その中には、俺自身ですら名前を思い出せない武器まで混じっている。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
「アルト」
剣聖が振り返る。
「お前の記憶にいる俺を、最強だと思うなよ」




