第十話 信管
「お前、何か知っているな?」
剣先を男の喉元へと突きつける。
だが、男は余裕を崩さず口元だけを歪めた。
「さて、知っていたら、どうする。」
「知っていることをすべて話せ。」
「やだね。」
即答だった。
「拷問は得意だ。2時間で仕上げる。」
「いいやここは穏便に金で」
「自白剤の調合をはじめよう」
「いや、剣の腕は確か、寝返らせるのか得」
「金では簡単に裏切るだろう。」
尋問官、商人、科学者だった俺たちが好き勝手に物騒なことを言い始める。
思わず頭を押さえる。
「…俺はできるだけ不要な殺しはしたくない…。」
男は初めて表情を崩し…笑った?
「なるほど、報告通り…お前は甘い。」
尋問官だった俺が叫ぶ。
「チッ、さっと決めねぇから先手を打たれたぞ。」
「おい、下がれ。」
咄嗟に距離を取る。
次の瞬間、男の首筋に黒い紋様が浮かび上がった。
「見ろ、こう言う雇われは、負けを想定して何か仕込んであるんだ。」
「…自爆…!」
「口封じか!」
黒い紋様が男の首から頬を伝って広がる。
「とどめを刺せ、即死させれば止まる。」
魔術師の俺が魔法を解析したらしい。
「こいつの生命力が魔法の源になっている。」
「魔力の源、心臓を止めれば供給も止まる。」
「つまり、爆弾の回路を切るようなものか。」
剣を一振り、簡単だ、見知らぬこいつを犠牲にする。
それだけで、この自爆は止められる。
だが…他に手段はないのか…?
考えろ…。
さっき、魔術師の俺は生命力が魔力の源だと言ったな。
なら…
「なぁ、減っている生命力を補充し続けるとどうなる?」
「その場しのぎの延命にしかならん。」
「自爆魔法はいくつかあるが、これは生命力の残数が一定を下回るか、吸い上げた魔力が規定量を超えた瞬間に爆発する。」
「じゃあ、回復し続ければ、少しは時間を稼げるんだな!」
「何をする気だ?」
「自爆魔法ってことは人を爆弾にするんだろ。」
「なら、信管になる部分があるんじゃないか。」
「俺が回復魔法で時間を稼ぐ!信管になる部分を解析してくれ!」
治癒魔法の光が男を包む。
黒い文様の進行が遅くなる。
それでも、ゆっくりと確実に広がり続ける。
「誰か!爆弾解除したことあるだろ!」
三千人の俺達に知恵を求める。
「爆弾はどうやってとめればいい!」
俺が叫ぶと、脳内で何人かが同時に反応した。
「構造で探せ、形にとらわれるな。」
爆発物処理をしていた俺の声がする。
「爆弾には必ず、起爆をするための機構と、爆発する部分へつながる回路がある。」
「魔法も同じだ。」
今度は魔術師だった俺が続ける。
「術の式にはそれぞれ役割がある。」
「起動、魔力の供給、威力の増幅、そして発動。」
「役割ごとに魔力の流れが違う。」
俺は治癒魔法を維持したまま、男の首筋へ視線を集中させる。
黒い紋様は脈打ちながら広がっている。
しかし、よく見ると、すべてが同じように動いているわけではない。
顔、首筋、胴…全身に伸びる黒い線の中で、一点だけ、違う周期で明滅している場所があった。
「そこだ。」
魔術師だった俺が断言する。
「右の鎖骨の下。」
「そこだけ魔力が流れ込むのではなく、一度集まってから全身へ再分配されている。」
爆発物処理をしていた俺が続ける。
「なら、そこが起動している核だ。」
「物理的に除くのか?致命傷になるぞ…。」
「だから切るんじゃない、外すんだ。」
「外す?」
「式そのものをいきなり消して壊すな。」
「心臓と核からの回廊を、別の線に繋げるんだ。」
黒い紋様を無理に消せば、すでに充填されている魔力が暴走して爆発する。
だから、魔力の流れだけを変える。
「途中に、別の流れを作れ。」
「心臓から吸い上げた魔力を核へ送らず、身体の外へ逃がす。」
「できるのか?」
「高度な技だが、やったことはある。」
「…成功回数は…?」
「失敗すれば死ぬ、確率を気にするなら手元に集中しろ。」
俺は治癒魔法を右手で維持したまま、左手を男の鎖骨へ近づける。
「魔力の線をイメージする、細く、細く、導線のように。」
額から汗が流れる。
死ぬかもしれない土壇場の細かい作業に心臓の鼓動がうるさく聞こえる。
「無理に魔力を押し込むな、注射針を刺すように。」
「回廊の流れに沿わせろ、逆流に注意だ。」
頭の中から何十もの指示が飛んでくる。
差し込んだ魔力の線を通じて、黒い紋様の流れが、少しずつ見えてきた。
心臓から続く、生命力を吸い上げる一本の線、その線は核へ繋がっている。
そして、核で蓄積された魔力を送り出すために、複数の線が核から伸びている。
「…見える。」
俺は心臓と核を繋ぐ線へ、自分の魔力で細い迂回路を作る。
「一度、魔力を外へ捨てる線を引け。」
「地面に流せ。」
俺はゆっくりと指を引いた。
黒い魔力が、糸のように男の身体から抜け出る。
指先が地面に触れた瞬間、小さな黒煙が上がった。
同時に男の首筋に広がっていた紋様が、僅かに薄くなる。
「終わったか…?」
治癒魔術を解き安堵して、肩から力を抜く。
「いいや、まだだ。」
「早計。」
「気を抜くな、戦場なら死ぬぞ。」
「爆発は回避したが、このままだと生命力が地面に垂れ流しになり、この男は絶命する。」
「なら…どうしたら?」
「魔力の供給が絶たれた核を処理する。」
魔術師だった俺が言う。
「核そのものは身体に深く根付いてない。」
「術の受け口に差し込まれているだけだ。」
「つまり、引き抜くことができる。」
俺は再び、核の周囲へ魔力を集中させる。
黒い線が円形に並び、まるで錠前の爪のように核を固定していた。
「この爪をゆっくりと、緩めろ。」
一つ、二つ、三つ。
最後の固定が外れた瞬間、核がわずかに浮く。
「今だ!」
俺は声に合わせて、核を一気に引き抜いた。
黒い結晶が抜け落ち、紋様が霧散する。
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息を吹き返した男が震える手で首筋を触れた。
「首の文様が…消えた。」
「俺たちは、負けたら爆弾扱いか…。」
力なく脱力し、自らの境遇を自嘲する男。
その一言に、頭の中の尋問官だった俺が静かに呟く。
「…落ちたな。」
男の静かな怒りは、自分たちの命を粗末に扱った、誰かに向けられていた。




