第1章グリーンカーネーション 第4話
屋敷の中を優雅に歩き、美しい照明に照らされても負けない少女がいました。儚くも幼いその少女を知っていますよね。そう、〈時の魔術師〉ホタルです。
「ジョン、仕事は何をするんですか?」
「基本的には屋敷の掃除だな。あとは…」
どうやら歯切れが悪いようです。実家の手伝いに屋敷の仕事にととても苦労人な彼ですが、何か嫌なことでもあるのでしょうかね。
「あとは?」
「あとはジェニト様に呼ばれたらそっちに行くって感じ」
領主のご指名とは、中々大層な役割ですね。まだ13歳という年齢なのに。
「ジェニト様にはどんなことを頼まれるのですか?」
「いや、それは…」
やはり、話したくないようですね。最初はジョンが気づいていないだけかと思いましたが、実際は目を背けていただけのようです。私は一目で見破りましたが、やはり、片思いというのは見ていて苦しいですね。
「ジョン、探したよ。ここにいたんだね」
噂をすれば何とやら。ジェニトが現れました。少し息が荒く、顔も赤い。ジョンを探して走り回っていたのだと、決め付けることにしました。
「すまない、ミスホタル。ジョンを連れて行くよ。彼としたいことがあるんだ」
刹那、ジョンの顔が歪みました。恐怖に怯えるようなそんな顔でした。彼が少し可哀そうだったので、助けてあげようと魔力を込めましたが、それは彼の望みではないようです。
「ホタル、俺は大丈夫だから」
表情と言葉の乖離には気づいていましたが、彼の覚悟を信じることにしました。
「どれくらいで終わりますか?」
「そうですね、二時間ほどですかね」
ジョンを見つめながら答える。私が話している時は私を見るべきだとは思います。
「そうですか。それでは終わり次第あの牧場で」
「ああ、遅れたらルナとまた遊んでやってくれ」
「ええ」
そうして彼らは共に歩んでいきました。私はやることがなくなったので、牧場に向かうことにしました。いいや、ただ、ここの居心地が悪いだけだったのかもしれません。
牧場に着くきましたが、そこには誰もいませんでした。
「ルナが来るまで暇ですね」
旧人類の生態調査も考えましたが、面倒なので魔法の修行をすることにしました。
「そろそろ花魔法の超級にも挑戦したいですね」
魔法には初級、中級、上級、超級、絶級、王級、神級という階級に分けられています。中級まで使えれば一人前で、上級は大学で専門に学ぶレベルです。それ以降は一部の天才や王族のような特別な血筋しか習得できません。神級に関してはそのほとんどが禁術に指定されています。
「どんな魔法も超級までは一瞬だったのに、花魔法だけは上手く扱えないんだよな」
花の精霊は私には無関心なようで、上級を使えるようになるまでに2年もかかってしまいました。
「詠唱も短縮できないし、本当に才能ないのかも」
おもむろに立ち上がり、自身の指先に魔力を込める。体中に熱が伝わり、激しく私に問いかける。ここからが精霊との対話の始まりだ。
「花よ、我が記憶の断片より形を成し、咲きほこれ」
花魔法の超級は花の開花、自身の記憶から魔力のみで花を咲かせるのです。正真正銘科学を超えた奇跡の領域です。
「くっ…」
全身の魔力が激しく脈を打つ。精霊が私を拒絶しているのです。それでもこの勢いを押し殺して、精霊に言うことを聞かせなくてはいけない。相性が悪いと力業でしか魔法を行使できないのです。
「あ~だめだ~」
体から力が抜けていった。今までは全ての精霊が私にひれ伏したというのに、花の精霊は頑固者なようです。これ以降も何度か試しましたが、結局失敗に終わりました。
少し疲れた私は、木の影に隠れ、休んでいました。すると、一人の少女が私の名を呼びます。
「ホタルお姉ちゃん!」
「ルナこんにちは、もうそんな時間でしたか」
「ねーねーお姉ちゃん!今日も魔法見せてくれる?」
「ええ、構いませんよ」
キラキラと目を輝かせるこの子は、魔法を使えなくても、誰かを幸せにできるでしょう。この私が保証します。でも、悲しいですね。その幸せは全ての人間には注がれないのですから。
「お姉ちゃん私も空飛んでみたい!」
「わかりました。では、一緒に飛びましょう!」
ルナと共に空ではしゃいだ。今まではただの移動用でしたが、意外と子どもと遊ぶのにも適した魔法なのだと理解しました。
太陽が西に傾き、明るさが心許なくなった頃、ジョンは牧場に来ました。ジェニトが言っていた時間よりも少し遅かったです。
「ジョン、お疲れ様です」
「ああ、ホタルもルナと遊んでいてくれてありがとな!」
昼にジェニトに見せていた顔とは一転、元気に笑っていて、少し驚きました。
「あ、ジョン来たんだ。それでさ!今日ね…」
ルナが何かを言おうとした途端、ジョンはある言葉を唱えました。
「ゲイン」
私が教えた魔法の言葉。まさかそれをここで使うとは思っていませんでした。そしてそのまま、彼は想いを叫びます。
「ルナ、俺はお前のことが好きだ。だから、ずっと一緒に居てほしい!」
ムードも何もない状況。きっと恋愛の先生には怒られてしまうやり方ですね。しかし、それがジョンらしいと呼べるでしょう。私は一つの瓶を取り出し、それを見守ります。
「ジョン…」
初めて人の告白を見て、私の心も昂りました。そして今この瞬間、夢は形を成し、宙に舞っています。私はそれを一つ残らず回収しました。告白の行方を見守りながら集めるのはハラハラドキドキでした。
「ごめんね、ジョンのことは好きじゃない」
「………」
絶望という言葉がここまで似合う少年も他にいないでしょう。ジョンの表情は、ジェニトに同行したときよりも酷いもので、私も何を言えばよいのかわかりませんでした。
そのまま、特に会話はなく、私とジョンは屋敷に戻りました。
「なあ、ホタル」
「どうかしましたか?」
「俺、ダメだった」
「そうですね」
「どうすればよかったのかな」
「わかりません。でも、一つだけ言えるのは、あなたは間違いなく純粋で真っすぐな愛でルナに告白したということです。それを誇りましょう」
「でも、やっぱり俺、辛いよ」
「そうですね。なら、今日は誰かに甘えてみてはいかがですか?」
「え…」
「頑張ったのです。誰かに甘える権利くらいあると思いますよ」
「なら、ホタルに甘えてもいいのか?」
意外な言葉にびっくりしましたが、やはり私のような美少女お姉さんに甘えたいという欲望を男の子は隠せないようですね。
「そうですね。私は少しだけ着替えてきます。なので、次にこの部屋に来たら甘えてください」
ジョンの顔は嬉しさと恥ずかしさが混同していたのでしょうか?ものすごく赤く、さくらんぼのようになっていました。私は瓶を取り出し、床に置きました。
部屋を出て、自分の部屋を目指しました。そこで着替え、呪文を唱えました。
「セカンドゲイン」
────ホタルが部屋を出ていって10分ほど経った。俺は、ものすごく緊張している。冗談で言ったはずだった。それなのに、あいつは着替えてくるなんてことを言い出した。
「俺は一体どうすればいいんだ」
部屋にコンコンとノックの音が響いた。
「は、はい!」
「ジョン、入ってもよい?」
「あ、ああ、もちろん」
部屋にホタルが入ってきた。ホタルは、寝間着一枚で、それ以外には何も着ていなかった。
「ず、ずいぶん薄着だな」
「?」
なんでそんな不思議そうな顔してんだよ。調子狂うなほんと。こいつのこういうところほんとにむかつくけど、こいつなりに気遣ってくれてるんだよな。
「今日は甘えてもいいんだよな」
「ええ!もちろん!その前に、君にプレゼントがあるんです」
「え?なんだよ」
ホタルは俺に指輪を差し出した。
「え!?これって」
「一緒にいよう、ジョン」
指輪にはJJと刻まれていた。俺の名前はジョン=ジェームズだ。いつ俺の本名を知ったのかはわからない。でも、過去は忘れ、これからを生きようと心に決めた。俺は、もう一度前を向く。
「ああ、これからは一緒にいよう」
そして、そこからは互いに体を重ね、一夜を過ごし、眠りについた。ホタルの体は思っていたよりも大きかった。まるでジェニト様のように。夜中にドアが開いた気がしたが、気にせず眠りについた。ありがとう、ホタル。
ジョン、ごめんなさい。私は強欲で悪い魔女なので、あなたの夢だけでは満足できないのです。だから、今はせいぜい彼とゆっくりと溺れてください。
あなたに渡したグリーンカーネーションには花言葉以外の意味もあるのです。それは、同性愛の象徴であり、「男性を愛する男性」というものです。あなたが解放したのはあくまで花言葉のみ。だから、私がその他の意味を解放しました。あなたは同性愛者ではないので、ジェニトのことはきっと他の人間に見えているのでしょうね。
「いつか、あなたの夢も叶えますから…」
そう呟き、夢の詰まった瓶を回収して世界を消す。




