10話 求めたもの
花冠を作る可愛らしい少女がいました。儚くも幼いその少女を知っていますね。そう〈時の魔術師〉ホタルです。
私は魔法空間から石碑を出しました。私の身長よりも高いその石碑は、物静かなカフェには似つかわしくない仰々しいものでした。リュカとジャンはその不可思議さに開いた口が塞がらないという感じでしたね。
「おい、なんだこれ?」
「石碑…ですか?」
最初にリュカが口を開き、それに連られたかのようにジャンも質問をします。
「これはモノリスですね。結界を張るための舞台装置のようなものです」
「また知らない言葉ですね」
魔法の知識を詰め込まれすぎてうんざりしているようですね。まあ、無理もありません。レオン歴が始まり、2000年、それだけ長い間、魔法は研究され続けてきたのです。2000年の歴史を一気に詰め込まれるなんて、私でも嫌になります。
「まあ、簡単に言えば魔法の効果を一度で全体に付与できるものです」
「つまり、花栞を皆が持てるというこたか?」
「そうですね。しかし今回は花栞ではなく、花冠ですが」
「花冠?それ一本でどうやって花冠を作るんだよ」
「花一本あれば作れるんですよ、私たち魔術師なら」
「ほんとに、何でもありですね」
「まあ、一度店を出てから作りましょうか」
そうして私たちは食事を終えた後、人気のない草原に向かいました。道中、バスティーユ牢獄での一件を王が平和的解決をし、そこまで大きな問題にはならなかったという知らせを聞き、安心しました。
「良かったですね、あまり大事にならなくて」
「まあな。でも、俺らの大義名分がなくなったのには変わりない。それに、これからは…」
「リュカ?」
「いいや、後で話す。先に花冠を作ろう」
「そうですか」
草原に着き、私はさっそく詠唱を始めました。
「花よ、栄光を持つに相応しいそなたの美しさ、我らに飾らせてほしい、円環を成して、その威厳を示せ」
スターチスは空中に浮き、まさに細胞分裂のように1つ、2つと増え、私たちの周りを大きく回りました。そして、十分に増えたそれらは、私たちの頭上まで上昇し、段々とその回転を小さく、しかしより速く回り、丁度、回転の直径が花冠ほどの大きさになった時、回転速度は小さくなり、花冠として形を成していました。
「す、凄いですね。これが魔法」
「俺も見るのは二回目だが、美しいな」
私は花冠を指にかけ、彼らの称賛に素直に感謝します。
「そう言ってもらえると嬉しいです。まあ、花魔法が特段美しいのはありますけどね」
私が美しいからより華やかに感じる、というのは周知の事実でしょうし、今回は言葉にするのを割愛しました。
「それで、これをどうするんだ?」
「今回はここで終わりです」
「さっきのモノリス起動させないのかよ?」
「花の寿命を使ってモノリを起動させるので、無駄遣いできません。これは次の戦いまでお預けです」
「でも、花ってすぐに枯れないか?」
「私の魔法空間に入れておけば大丈夫です。そこに時間の経過という概念はないので」
「なんだそのとんでも空間」
「私、天才なので」
そうして、私は花冠を魔法空間にしまいました。
「それで、先ほど言っていたことを聞いてもいいですか?」
私はリュカの目を見て尋ねました。彼は地べたに座っていたので、いつもみたいに見上げる必要がなく、首も疲れませんでした。
「ああ、そうだな。二人とも覚悟して聞いてほしい」
彼は深呼吸をして、私たちに力強い視線を向けました。
「多分、これからは多くの血が流れる。そしてそれは、王政側が始めるものでなくて、市民側が始める戦いだ」
「それは本気で言っているのかい?」
「冗談でこんなこと言えるか。今回の騒動、王政側が穏便に収めたからいいものの、市民にはきっとこんな不安が出るはずだ。王族や貴族たちが復讐に来ると」
「貴族もなんですか?彼らとは仲間だったとは思いますが」
「絶対とは言えないが、バスティーユ牢獄の管理者は貴族で、今回、殺されているからな。革命議会から降りる者もいるだろう」
「それに、市民の不安も広がればやられるよりも先に倒すという考えが芽生えても不思議ではありませんね」
「ジャンの言う通りだ。この先の市民の暴走は止められない」
内容は深刻そうですが、リュカはあまり深刻そうには語っていないような気がします。何か考えがあるような、そんな語り草です。
「では、どうするのですか?」
「俺たちの憲法案はもう弾かれる。だから憲法案に記したことを市民に公表する。これからの未来を見せて少しでも不安を和らげる」
「それでは逆に市民に戦いの火を点けてしまいませんか?」
「元から全ての戦いをなくそうだなんて思ってないよ。でも、無秩序に暴れ回る可能性は減る。貴族が抜けた分の穴を市民全員で埋める。一人ひとりの発言力は弱くても、それが集団となって形を成せば、大きなものになる。だから俺は出すぞ…」
彼は立ち上がり、一拍間を置き呟きました。
「人権宣言を」
ジャンも私も、初めて聞くその単語に硬直してしまいました。そしてその意味を嚙み砕き、最初に口を開いたのはジャンでした。
「人権宣言…素晴らしい響きだよリュカ!」
ジャンがリュカに賛同しました。確かに、人権という概念を市民に知らせるための良いネーミングセンスだと思います。
「まあ、市民が求めているものとは少し違うかもしれないが、ここからまた始めよう、俺たちの船旅を」
「そうだな!」
私もリュカに賛同したかったですが、1つ気になることがありました。
「市民が求めているものは何なんですか?」
「食料だよ、特にパンだな」
「パンですか?」
「ああ。ここ最近は小麦が不作だからな」
「では、人権宣言を出してもダメなので?」
「ああ、そうだな。人権宣言で腹は膨れない。でもな、人は希望がなければ生きていけないんだ。食料の確保も同時進行で進めるが、すぐに小麦は増えない。だからまずは、俺たちが光を示さなくちゃいけない」
「いいですね、実にリュカらしい」
「二人とも、これからもっと忙しくなるからな」
そう言ってリュカは革命議会の方角に向けて歩みを進めました。私とジャンも彼に続きました。彼の英雄譚、いいえ、私たちの英雄譚、第2章の開幕です。




