11話 前進
パンを求め、主婦たちと共にヴェルサイユに向かう可愛らしい少女がいます。儚くも幼いその少女を知っていますね。そう〈時の魔術師〉ホタルです。
リュカと再び前に進むことを誓い、一生懸命仕事をし、おおよそ1ヵ月が経ちました。もう人権宣言の発布は目の前と言えるでしょう。
「ようやくここまで来ましたね」
「ああ、そうだな。みんな、本当によく頑張ってくれたよ」
「途中で紙が燃えて作り直しになったり、農民が暴れてその対処をしたりと大変でしたもんね」
この暴動を収める際には私も同行し、今度は事件を未然に防げました。情報収集班の努力の賜物ですね。
「あとはこれをパリやヴェルサイユに貼って、民衆に知らせよう。ホタル、ジャン、二人に任せてもいいか?」
「ええ、もちろん」
「ああ、任せてくれ」
そうして私とジャンはリュカから人権宣言のビラやポスターを貰い、馬車に乗り、まずはパリへ向かいました。
「ヴェルサイユからではなくパリなんですね。ヴェルサイユの方が近くてすぐだと思うのですが」
「ホタルさんの疑問は最もですね。しかし今回の人権宣言は民衆に光を示すことが最重要です。だからより苦しんでいるパリからなのですよ」
「なるほど、そういうわけですか」
ジャンと共に過ごすことは多かったですが、こうして2人で喋ると言うのはほとんどありませんでした。仮に喋るとしてもほとんどリュカ関係だったので、何を喋ろうか少し悩みます。
「ホタルさんはリュカとはいつからお知り合いで?」
どうやら私が少し気まずそうにしているのを察してか、話題を振ってくれたようです。ですが、やはり話題はリュカ絡みのようですね。
「リュカが初めて演説をした日を覚えていますか?」
「ああ、それはもちろんだよ。あんなにも心を揺さぶる演説はきっともうこの先の人生にはないだろうからね」
「私はその演説の少し前に知り合いました」
「え?そうなのかい?てっきりもっと古い友人なのかとばかり思っていたよ」
「そもそもこの世界に来たのもリュカと出会った日ですしね」
「ホタル、さんは…」
少し言いづらそうに変な間を開けてジャンは喋り始めました。私もいつもの彼とは違うことへの違和感を感じ取り、少しきょとんとした顔をしてしまいました。
「はい、どうかしましたか?」
「ホタルさんはやっぱり、神や悪魔の類なのですか?」
何を言われるのかと思えばこんなことですか。私が神のように神々しく、美しいのはわかりますし、悪魔のように魅力的な微笑みをしているのも自覚しています。彼が私に惚れてしまったというのも納得です。しかし、私はただの人間なので、しっかり訂正しておきます。
「お気持ちは嬉しいですが、私はただの人ですよ」
「ん?…ああ、そうなんですね。てっきりこの世界とは別の場所から来たのかと」
「 ? …はい、この世界ではなく、未来から来ましたが」
「え?」
ジャンは目が飛び出てしまいそうなほど開き、とても驚いていました。神や悪魔の類と疑っていたのに、未来人ということには驚くのですね。
「ん?私、何か変なこと言いましたか?」
「あ、いえ、その…」
なぜだかわかりませんが変な雰囲気になってしまいました。私はただ事実を言っているだけなのですがね。
「え、えーとつまり、ホタルさんは未来から来た人間ってことですか?」
「はい、そうなりますね」
「え、えーと…」
この雰囲気の中で会話を続けるのは難しいです。どうしようか考えていたところで、馬車の運転手さんが「休憩タイムなので、少し外の空気でも」と伝え、私たちは外に出ました。そうして互いに辺りをぶらつき、馬車の近くの草原でまた再開しました。
「良い天気ですね。それにここは空気も美味しい」
「ホタルさんのいた時代よりもですか?」
「私のこと、未来人だって信じてくれるんですね」
「あ、ええ、そりゃ魔法やなんやら見せられましたし、ホタルさんほど自信満々な方は見たことがありませんので」
「そうですか。それでですね、私の時代でも空気は綺麗ですが、そこら中に精霊が居てなんだか息苦しいんです」
「精霊が多いとそうなるのですね」
「まあ、私が人一倍精霊に好かれているので、周りの多いというのもありますがね」
「未来…どうなっているか気になります」
「やっぱり、未来は気になるんですね」
「それはもちろん。我々がどうなるか、ホタルさんは知っているのですか?」
「なんとなくは。でも、私が知る歴史には、私もあの影の男も存在しませんけどね」
「そうですか。それでも、私は未来が知りたいです」
ジャンが革命議会において誰よりも責任感を持って働いているのは出会ってからの3ヶ月でわかりました。しかし、私は今の彼らを知りたいので、あまり未来は教えたくありません。
「すみませんが、未来は教えません。私は未来を知ってそれをなぞるのではなく、自分の力で望んだ未来を切り開いてほしいんです」
ジャンは指を顎に当て、少し考えてから口を開きました。
「そうですね。私たちの未来は私たちで決めることにしましょう」
「はい、それが良いと思います」
そうして私たちは再度馬車に乗り、パリを目指しました。
「ホタルさんは未来からこちらに来て大丈夫だったのですか?ご両親が心配したり、勉強や仕事のお手伝いなどもありますし」
私は少し下を向き、歪んだ顔をいつもの可愛い顔に戻してから、彼の質問に答えました。
「私は天才なので勉学はもう教える側です。大学教授をしていますが、難易度が高すぎて今年は受講者数0でした」
「だ、大学ですか!?その年齢で?」
「その年齢でって、ジャンは私の年齢知らないじゃないですか」
私は口元に手を当て、彼のどこかおかしい発言に笑いを堪えることができませんでした。
「いや、だって見た目的には15歳ほどでしょう?」
「さあ~何歳でしょうね~」
「もう、あまりからかうのはやめてください」
「すみません。でも、乙女の年齢はトップシークレットなので、内緒です」
「そうですか。ですが、ご両親もこんなにも優秀なお子さんがいて、さぞ鼻が高いでしょう」
「どうでしょうか。もう確かめられないのでわからないです」
「そうなのですか?」
「ええ。私の家族はみんな亡くなっていますので」
私の重たい話に一瞬の間が空き、ジャンも申し訳なさそうに下を向きました。
「お辛いことを思い出させてしまい、申し訳ありません」
「いいえ、構いませんよ。それに、私には家族が残してくれた思い出もありますし」
「それでもやはり、寂しいですよね。私も父がいないので、少しだけわかります」
「確かに、少し寂しいですが、今は仲間がいるので前よりも寂しくないですよ」
下を向いていたジャンは顔を上げて私の方を向きました。その顔はどこか哀れみを含んでいましたが、私は気づかぬふりをしました。だって強がりで言っているわけではないので。
「ホタルさん、何かあったらこれからも頼ってくださいね。私にはリュカほどの能力はありませんが、お金は他の方たちよりもあるので、お腹が空いたら言ってください」
「それは良いですね。私はお菓子が大好きなので今度はジャンに奢ってもらいましょうかね。リュカのお財布は中々カツカツのようですし」
「はい、喜んで」
そんなこんなで私たちはパリに着き、さっそく人権宣言のビラを街中に配り、ポスターを中央掲示板に貼って民の前で演説をしました。
「リュカのように良い演説だったと思いますよ」
「ありがとうね。ホタルさんも民衆の方たちを広場まで集めてくれてありがとう」
「はい、どういたしまして」
すると、私はある女性を見つけました。いいえ、女性と呼ぶには少し幼いかもしれません。三部会では正装だったので大人びて見えたのでしょう。
「アイリス…ユーリエフ」
「ホタルさん、どうかしましたか?」
彼女を見たのも束の間、女性の列が彼女の後に続きます。
「ジャン、あの列は何でしょうか?」
ジャンも行列に目をやり、その数に圧倒されて一歩後ずさりしていました。私もどこか決意に燃えながらも静かで統率の取れたその集団に違和感を覚えました。
「わからない。でも、普通じゃないことは確かだ。まずは話を聞きに行こう」
「ええ、そうですね」
私たちは列の後方にいた女性に声をかけました。
「すみません、この行列は何ですか?」
「ん?ああ、これは今からヴェルサイユに向かって王様へ抗議しに行くんだ」
「こ、抗議ですか?どのような内容で?」
「そりゃもちろんパンのことさ!私たちパリの主婦はもうパンがなくてまともに食事も作れないんだよ!」
どうやらこの女性の行列はパリに住む主婦たちのようですね。そして、またしてもこの集会の情報は私たちには届いていません。
「あなたたちはいつ頃からこの集会を?」
「お嬢ちゃん、見ない顔だね。どこのもんだい?」
彼女は警戒するようにこちらを見ました。私たちを邪魔者だとでも疑っているかのようです。
「自己紹介が遅れましたね。私たちは革命議会の人間で、私はホタルと申します。そしてこちらが」
「ジャン=ローベールです」
「あんたら革命議会の人間か。それは睨んで悪かったね。この集会はほんの数日前に決まってね。そこからはもう抗議進行が決まるまでは早かったよ」
「似ている…」
「ホタルさん、私はこのことをリュカに伝えに戻ります」
ジャンが私の耳元で囁きました。どうやらジャンもこれがバスティーユ牢獄襲撃に似ていることに気づいたようですね。
「はい、よろしくお願いします」
私も小声で囁き、それを聞いたジャンは馬車に戻っていきました。そして私がするべきことは1つ。
「あの、すみません。私もこの列に参加してもいいですか?」
「ああ、構わないよ。でも、最前線にいるアイリスちゃんに伝えておいで。彼女が今回の発起人だからね」
「はい、わかりました」
そうして私は進みゆくこの行列の横を駆け抜け、最前線に向かいました。そしてアイリス=ユーリエフに声をかけます。
「あの、すみません」
「あなたは、三部会の」
「はい、革命議会の人間で、ホタルと申します。この抗議進行に参加してもいいですか?」
「はい、どうぞ。でも、あなたは、私の隣」
どこか機械のように話す彼女に違和感を覚えました。なぜなら三部会では凛々しく、他人に威圧感を振りまくような雰囲気だったので。
「三部会とは少し話し方が違いますね」
「あの時は、マスターの命令、今は、先導だけ」
「そうですか」
何やら気になることは色々ありますが、「マスター」この言葉に私の注意は釘付けです。
「マスターとは、あの影の男ですか?」
「マスターのこと、話すのダメ、命令」
「そうですか」
マスター、これは魔術用語で人形魔術における人形の所有者を表します。そして…
「あなた、人形ですか?」
「それも、命令、ダメ」
「そうですか」
そして、人形魔術において、所有者は人形に名と己の姓を与えます。
「それでは最後に、あなたの苗字はユーリエフですか?」
「はい、マスターに、与えられました」
長いレオン歴においてユーリエフという姓はただ1つの家系のみ。つまり、あの影の男の正体は…
「ホタル、速い、もっと遅く、列、崩れる」
「あ、はい。すみません」
魔法で速度を速めていたのを忘れていました。何はともやら、彼女があの影の男、もしくは王族に繋がっているのは間違いありません。
「必ず、正体を暴いてみせます」
私は小声でそう呟きました。
そして、私はアイリス=ユーリエフに同行し、主婦たちと共にヴェルサイユに向かい、歩みを進めました。




