9話 仲間の光
美人の怒った顔は怖いと言いますよね。おっと、こんなところに怖い顔の美少女がいます。儚くも幼いその少女を知っていますね。そう〈時の魔術師〉ホタルです。
私は自身の感情に任せて魔法を行使した後、何の目的も果たせずにリュカの元へ戻ることにしました。
「足止めくらいにはなっただろうけど、もう王政が革命議会の話を聞く大義名分はなくなりましたね…」
今までは国民が苦しみそれでも謀反を起こさず建設的な話し合い求めていたため、王政側も武力行使には出られませんでした。しかし、今はもうそうではないのです。
「あの影の男…あれだけの魔術師ならば必ず私も知っている人物のはず。せめて正体さえわかれば対策ができるのに」
恐らく、今回の騒動を誘導したのはあの影の男なのでしょう。精神魔法、それも無詠唱で使っていたと彼は言っていました。
「無詠唱…」
私は人生においてたった一度だけ無詠唱魔法の話を聞いたことがあります。しかし、全貌は教えてもらえず、あくまで存在だけを教えてもらいました。
「お父さん、何で全部教えてくれなかったの…」
そんな沈んだ心持ちで革命議会のあるヴェルサイユに戻りました。そして、リュカのいる部屋の扉の前に立ち、3度ノックをしました。
「ホタルです。リュカ、入っても大丈夫ですか?」
「ホタル!戻ってきたか!ああ、入って大丈夫だ」
私は影の男に対してとはまた違う恐怖が心に湧き上がり、一瞬入るのを躊躇しました。そして、深呼吸をしてから扉を開け、浮かない顔のままリュカの前に姿を晒しました。
「ホタル待ってたぞ!それで、どうだった?もう大丈夫そうなのか?」
「あ、えと…その」
「どうしたんだ?」
「すみません」
最初は朗報を期待して少し興奮気味のリュカでしたが、私の雰囲気を感じ取ったのか、冷静な口調で再度私に問いかけました。
「何があったんだ?」
「実は…」
私はバスティーユ牢獄襲撃で起きたことを伝えました。リュカは何も言わず、最後まで話を聞いていました。私はこの時、彼には失望や怒りの感情が湧いているものだと思い、あまり彼の目を見ることができませんでした。
「これで全部か?」
「はい、そうです。すみません、あんなにも調子のいいことを言っていたのにこんなザマで」
私はただ下を向き、彼が発する叱責の言葉を待ちました。しかし、彼の口から出た言葉は意外なものでした。
「そうか、ひとまず大変だったな。お疲れ様。今はゆっくり休んでくれ」
「は?え…」
「俺たちが泊まっている宿で今日は…」
「あの!」
私はリュカの話を遮り、彼に疑問をぶつけました。
「私は失敗したんですよ!?負けたんです!それなのになんで責めないんですか?」
「はあ?あの、お前なぁ…」
「戦いに負けて目的も果たせずおめおめと帰ってきたんですよ?結果を出せない私なんてただ性格の悪い女じゃないですか!」
こんな言葉、リュカにぶつけるのはお門違いだとわかっています。それでも、溢れ出す感情を抑える術を知らない私は、ただ目の前の人間に吐き出すしかできませんでした。
「…」
「はあ、はあ…」
あまりに勢いよく喋り、戦いの疲労も相まって私の呼吸は荒くなっていました。そして、私が喋り終わったのを確認してから、リュカはゆっくりと口を開きます。
「失敗しない人間なんているかよ」
「え」
「ホタル、お前は自分のこと神様みたいに凄いやつって思ってるかもしれないけどな、俺からしたら他の仲間と何も変わらないただの人間だ」
「…」
「人間一人でなんでもできるほど万能じゃねぇんだよ!」
「そう、ですね」
どうして忘れてしまっていたのでしょうか?私はバスティーユ牢獄に行く前、全く同じことをリュカに思っていたはずなのに。
「ホタル、俺たちは同じ人間だ。魔法が使えても使えなくてもな」
「…」
「お前の失敗は俺たち全員でカバーする。そして俺たちのミスはホタルを含めた全員でカバーする。いつだって俺たちは1人になれないさ」
私は何も言えませんでした。ただ、目に集まる雫を零さぬように必死に耐えることしかできませんでした。
「だから、今日は黙って休んどけ。明日、今後の方針を考えよう」
リュカは私の隣に立ち、まるで子どもをあやすように私の頭を撫でました。私は彼に「ありがとう」と一言残し、宿に戻って休息を取りました。その夜は、昼間には零せなかった雫を枕に零し、人の温かみを噛みしめました。
「はぁ〜いい天気ですね」
雲ひとつない朝日で目を覚ましました。私は体を伸ばしながら大きな欠伸をしてもう一度ベッドに横になり、目を擦りました。
「ふふっ。この時代にきてよかった」
笑みを溢し、誰にも聞こえない声量で呟きました。私の能力ではなく、私自身を見てくれたのは、家族以外からは初めてのような気がします。だからこそ、今度は彼らを助けたい、そう思ったのです。いつの間にか革命を見届けるのではなく、彼らの求めることをしたいと思ってしまいました。
「でも、我慢しないと」
そう、私が全てに介入してしまえば、全てが簡単に終わってしまう。だから私がやれることは一つ。
「あの影の男、次はボコボコにしてやります」
私は朝の支度を済まし、宿を出ようとしました。すると、宿の奥さんが私に近寄り、耳元で囁きました。
「リュカがこれからどうしようか深刻そうに悩んでたよ。何かあったのかい?」
「そう、だったのですか?」
「ああ、そうだい。部屋の前を通ったらこのままじゃ勝てるかわからないって聞こえてね」
昨日、彼はあんなにもかっこいいことを言っていましたが、やはり、私が負けたことへのショックは大きかったようですね。
「奥さん、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。私たちは一人ではないので」
「そうかい、そんな自信満々な笑顔で言われたら大丈夫そうだね。まあ、この宿はいつでもあんたらを待ってるから、疲れたらいつでも来るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
私は宿を出て革命議会に向かいます。朝日に照らされた街は、かつての暗い雰囲気はなく、新時代の幕開けを待ち望んでいるかのように明るかったです。
「おはようございます」
「おう、おはよ、ホタル」
「ホタルさん、おはようございます」
部屋の中に入ると、そこにはリュカとジャンの二人がいました。彼らは本当に仕事熱心ですね。
「もう元気か?」
「ええ、おかげさまで」
「それならさっそくで悪いが聞かせてくれ」
「何をですか?」
「魔法のことだよ。今後、絶対その影の男との戦いは避けられないだろ?そんな時にまたお前一人に背負わせるわけにはいかないからな」
「うーんそうですね~」
「ホタルさん、私からもお願いします。あなたの力に頼るだけではダメなんです」
どうやらジャンはリュカから魔法のことを聞いたようですね。私は教えたくないのではなく、あまりに魔法史が膨大なので、どこから話せばよいのか決めかねていたのです。
「そうですね~すっごく長くなるので、大事なルールだけを教えますね」
「おう、頼む」
「まず、私たちの魔法は精霊との対話によって行使されます。そのため、人同士のコミュニケーションと同じで最低限、主語と動詞が必要です。複雑な命令を送ろうとすれば詠唱は長くなります。」
「なるほどな。でも、それだと強い魔法ほど使われなくないか?戦いにおいて不利だろ」
「ええ、なので私たち魔術師はその詠唱をなるべく短くするように修業をしているのです。しかし、あの男はこのルールを無視して1小節、ええと、主語のみで会話を成立させているのです」
「そうか、じゃあ1対1だとどうしても詠唱の差でホタルが押されるわけか」
「はい、ですがこれはあまり大したことではありません」
「それはなぜですか?」
中々話に入りきれなかったジャンが訪ねました。魔法を見たことのない彼のためにも、なるべく簡単に教えなくてはいけませんね。
「魔法界の不変のルールを捻じ曲げているということは、何かしらを代償にしているということです。魔力消費、使える魔法の種類、もしくは出力など、何かにマイナスの補正がかかっていると予想できます」
「なるほどな。だからそのデメリットさえわかればどうにかなる範疇ってことだな」
「ええ、そうなります」
「では、そこまで大した相手ではないのでは?」
「いいえ、一番厄介なのは彼の精神魔法です」
「それは具体的にはどこが厄介なんですか?」
「それは、私たちの扱う精霊魔法とは根本的に魔法体系が違うところです」
「魔法体系は1個じゃないのか?」
「ええ、今は精霊魔法の1つしか残っていないはずですが」
「どういうことだ?教えてくれ」
「と、その前に、ジャンがもう限界なようです。少し休憩にしましょう」
リュカはジャンの方を振り向き、彼は頭を回して、まるで湯気でも出ているかのようでした。脳みその機能がショートしているのが目に見えてわかります。
「二人とも、何か甘いものでも食べに行きませんか?」
「え、まだ朝だぞ?」
「私はお腹が減っているのです。それに、いっぱい魔法を使ってまだ疲れているような気もします」
「はぁ、わかったよ。カフェで焼き菓子でも食べに行こう。だけど、そこでちゃんと話してもらうからな」
「ええ、もちろん」
そうして久しぶりの甘味を求めて、私たち三人は歩き出しました。まあ、私はスキップに近かったですが。
カフェに着くと、若い女性が経営しており、お客さんは私たち以外にはいませんでした。
「いらっしゃいませ!」
私たちは店員さんに注文を先に済ませ、二階の奥隅に向かいました。
「リュカ、良いカフェを知っていますね」
「まあ、俺も来るの初めてだけどな。お偉いさんが密談とかに使ってるってのを聞いたことがあったんだ」
席に着き、私は自身が頼んだブリオッシュというお菓子が来るのをソワソワしながら待っています。高価なようなので、私が注文した際に、リュカは少し苦い顔をしていました。しかし、私のように美しい女性に奢れるならば、男性も本望というものでしょう。
「それで、さっきの続きだ。魔法体系について教えてもらおうか」
「はい。そもそも私たちが扱う精霊魔法と言うのは原初の五大魔法の1つなんです」
「なんだ?それは」
「魔法を使えるようになった最初の五人はそれぞれの魔法体系があるんです。その一つが精霊魔法なんです」
「なるほど。ですが、それと無詠唱魔法には何の関係が?」
どうやらジャンは少し歩いて頭がすっきりしたようですね。いつもの彼に戻ったようです。
「そもそも、精霊魔法が特殊なだけで魔法に詠唱は要らないんです」
「詠唱が要らないのですか?」
「ええ、そのようです。私も父から少し聞いただけなのであまり詳しくはありませんが」
「なあホタル、無詠唱の方が強いのに、どうして精霊魔法が生き残ったんだ?」
「知らないです」
「は?」
リュカの歪んだ顔が視界に映ります。しかし、それよりも視界の端に映ったお菓子に私は興奮が収まりません。
「こちら、ブリオッシュとコーヒー3つになります」
「あ、ああ、ありがとう」
「それでは、ごゆっくり」
私はお菓子を食べながら話を再開させました。
「魔法史は精霊魔法が天下を取る前のものは全て記録から消されているので知らないんです。私は父が話してくれたことしか知りません」
「ホタルさんのお父さんは一体何者なんですか?」
「私の父ですか?う~ん私が5歳の時に死んでしまったのであまり詳しくはありませんが、魔法史に世界で一番詳しかったようですよ」
「そうでしたか、お辛いことを思い出せてすみません」
「いいえ、大丈夫です」
「まあ、魔法の仕組みはある程度わかったが、どうやってその影の男に勝つんだ?」
「絶級や王級レベルの魔法を打ち込むしかないですね」
「またわからない単語が出てきた」
「簡単に言えば超強力な魔法を打ち込んで抵抗させずに倒します。でも、これにも問題があります」
「精神魔法ですね」
魔法議論において一歩遅れていたジャンが鋭いことを言いますね。やっと理解ができてきたようです。私はブリオッシュを口に放り込み、その美味しさをしっかり堪能してからもう一度話始めました。
「はい。強力な魔法はその分詠唱も長くなります。なので皆さんに肉壁になってほしいのですが、私も感知できない精神魔法を使われると、抵抗できるわけもないので面倒です」
「肉壁って…そんで、結局どうすんだ?」
「これで精神魔法を防ぎます」
そうして私は持っていたカバンから1本の花を取り出します。
「なんだ?それは」
「スターチスだよ、リュカ」
私が言うよりも先にジャンに言われてしまいました。意外と花の知識があるのですね。
「ジャンの言う通り、スターチスという花です。この花の花言葉は『変わらぬ心』です。これで精神魔法を無効化します」
「また花栞にするのか?」
「いいえ、今回はこうします」
私は不敵な笑みを浮かべ、魔法空間、所謂4次元ポケットから魔道具を取り出しました。




