第8話 イレギュラー
精霊同士が激しくぶつかり合い、己が魔術を見せつけ合う二人がいます。そのうちの一人はまさに絶世の美少女と呼ばれるべき存在でしょう。儚くも幼いその少女を知っていますね。そう〈時の魔術師〉ホタルです。
私は取り乱している男を前に、首を傾げ、頭を悩ませていました。
「どう考えても普通ではないですね。しかし、魔術の痕跡は見当たらない…」
超級魔法を使ったのは良くなかったですね。私の魔術痕が強すぎてそれしか感じられません。
「しかし、もしもあそこに居た人間全員に精神操作の魔術をかければ必ず魔術痕は残る。それなのに全く感じられないなんて…」
独り言を漏らし、その場を右往左往し、どうしようもない現状の突破口を探します。
「私だけではどうにもなりませんね。ひとまず、床に転がってる彼らの話も聞きますか」
私は連れてきた他の人たちを椅子に縛り付け、叩き起こしました。そうして話を聞きましたが、新たな情報は得られず、それどころか「俺たちはなんであんなやつのことを信じてしまったんだ!」などと叫び、余計にパニックになってしまいました。起こさない方が良かったですね。
「一度リュカの元に帰ってもいいですが、もし魔術が絡んでいるのであれば、私以外にはどうしようもないですし…かと言ってこのままでは」
そんな堂々巡りの状態で悩んでいた私に男が質問をします。最初に起こした男です。
「なあ、本当に革命議会は無事なのか?」
「はい、少なくとも私がこちらに来るまでは」
「で、でも、国王はパリやバスティーユに兵を集めていたぞ!」
「そうですか。それで、何が問題なのですか?」
「は?」
まるで馬鹿を見るような目で私を見つめました。そして大きなため息を吐き、小馬鹿にしたような口調で私に何かを言っています。私の全力パンチを食らいたいのでしょうか?しかし、彼のおかげでリュカが言っていたことを思い出しました。
「もしも何かが起こっても、フランス兵はすぐには駆けつけられない…」
「は?何言ってんだあんた」
私は男の言葉に耳を貸さず、監獄を飛び出し、空高く飛びました。そして、周りを見渡し、ある集団を発見しました。
「はあ、また面倒なことになりそうですね」
おびただしい数の兵士がこちらに向かって進軍してくるのを視界に捉えました。しかし、私はそこまで焦ってはいません。
「まあ、旧人類が何人いても大して問題はありませんが、あれだけの兵士にこの襲撃がバレたら面倒ですね」
今の人数であれば牢獄を守っていた100人程度の記憶をいじるだけです。ですが流石に数万人規模は骨が折れます。
「まあ、さっさと追い返しますか」
この時の私は、所謂、油断というものをしていたのでしょう。しかし、その油断はすぐに消えることになりました。
「!?」
私の顔をめがけて一本の剣が飛んできました。私はそれを間一髪で回避しましたが、髪の毛にかすったようで、私の美しい髪が地面に向かって数本落下していきました。
「これは武器魔法の!」
「正解」
背後から男の声がしました。驚いた私は咄嗟に後方を拳を振りましたが、そこにはもう誰もいませんでした。しかし、強力な魔力を感じ、周囲を探ります。
「どこに…はっ!上か」
「剣よ」
数本の剣が再び私に向かってきます。私も即座に防御魔法を展開しました。
「盾よ、防げ!」
放たれた剣と、私の盾がぶつかり合いました。剣はそのまま弾かれ、魔力の粒として霧散していきました。
「お久しぶりですね〈時の魔術師〉ホタル」
そう言って私の高さまで降りてきた男の見た目は歪で、影のように黒く、朧気で、輪郭をはっきりと認識できませんでした。
「私は初めましてですね」
「はは、そうですか。しかし、私はあなたのことをよく知っていますよ」
「ストーカーというやつですか?いくら私が魅力的だからといっても、やっていいこととダメなことがありますよ」
「面白い冗談ですね。この私があなたのような女に興味があるわけないでしょう」
私よりも美しい女性はこの世にはいないでしょう。それなのに興味がないなんて、彼もジェニトのように男性が好きなのでしょうか?
「剣よ」
またしても彼は魔法を展開しました。私が考え事をしているのに攻撃を仕掛けるとは、空気の読めない人ですね。
「盾よ、防げ」
そうして先ほどと同じ流れです。しかし、ここであることに気づきました。そして、その事実に驚愕し、つい戦闘中に尋ねてしまいました。
「どうやって私の世界に侵入したかも気になりますが、それは一旦置いておきましょうか。それよりも、1小節で魔法を完結させている魔術師なんて初めて見ました」
「どうも、お褒めいただき恐悦至極です」
「褒めているのではありません。どんなズルをしたのかを聞いているのです」
私たちの扱うレオン魔法は正式には精霊魔法といいます。これは、精霊との対話によって魔法を行使するのです。
「ズル?なんのことでしょうか?」
「とぼけても無駄ですよ。1小節での魔法の行使がどれだけふざけているか、魔術師ならば皆が知っています」
詠唱を1小節で終えるということは、主語だけで会話を終わらせるようなものです。そんなこと不可能です。だからこそ私は目の前のイレギュラーに恐怖しています。
「どれだけ優秀な魔術師であっても2小節は必要です。どんなズルをしたのですか?」
「あははははははははははは!!」
その男は唐突に笑い出しました。私はその不可思議さに体が硬直してしまいました。そうして笑い終わったのと同時に数舜の沈黙が流れ、そして戦いの火蓋は再び切って落とされました。
「剣よ!槍よ!雷よ!」
剣の雨、槍の風、光の矢、そう形容するのが相応しいでしょう。彼の魔法は一般的な魔法の枠組みを超えませんが、これだけの連射は魔法大隊レベルでしか見たことがありません。
「普通の魔術師ならこれで終わりですね」
そう、私は普通の魔術師ではないのでどうにかなります。
「精霊よ、故郷に帰せよ」
私の詠唱と同時に3つの魔法は跡形もなく消えてしまいました。その光景は花火のように美しかったですね。
「ほう、解体魔術ですか。まさかレオンの10の試練魔術を扱うとは」
「詠唱はお姉ちゃんの丸パクリですけどね」
「ですが、この程度では私も終わりませんよ。せいぜい頑張ってくださいね」
そうして、彼は幾度となく私に魔法をぶつけました。私は全ての魔法を解体し防ぎ、まさに攻防一体の膠着状態に陥りました。
「それだけの魔術を打って魔力は大丈夫そうですか?」
「ええ、お気遣いなく。それよりもあなたも何度も同じ詠唱は疲れませんか?私と違って2小節もありますし」
「心配してくれてありがとうございます。でも、私は滑舌が良いので大丈夫ですよ」
しかし、本当に面倒ですね。実際、相手の魔法はそこまで大したものではありませんが、詠唱の差で私は受けに回ることしかできませんし。
「はあ、このままでは長期戦になってしまいますね。少し趣向を変えてみましょうか」
そう言い、彼は杖を出し、炎魔法の詠唱を始めました。きっと超級以上の魔法を繰り出そうとしているのでしょう。私は咄嗟に右手を突き出し、上級の水魔法の詠唱を始めました。
「炎の精霊よ、その熱を世界に伝えよ」
「水よ、我に大いなる恵みを授けよ」
水と炎が激しく衝突し、水が蒸発し続ける音が鳴り響きました。そして次第に炎は弱まり、水しぶきだけが残りました。
「ほう、魔力出力ではそちらの方が上ですか」
「そのようですね。この程度の出力なら中級でも良かったかもしれません」
この時、なぜだか私は彼を言い負かしたいと思ってしまいました。何の意味もないのに。きっと、それだけ焦っていたのでしょう。
「ふふ、ご冗談を。それよりも、大量の汗を拭ったらどうですか?」
「ほんとに口が減らないですね。それでは女性にモテませんよ」
「生憎、人生において女に困ったことはありませんので」
私は今まで煽り合いでは無類の強さを誇っていたのですが、相手も中々やりますね。魔法もそうですが、ここまで拮抗する相手はいつぶりでしょうか。
「しかし、そうですね。今回はここらでお暇させていただくとしましょう」
「は?逃げるんですか?」
「いいえ、もう粗方終わったようなので」
「何がですか?」
彼は何も言わず、ただ人差し指を下に向けるだけでした。しかし、状況を理解するにはそれだけで十分でした。
「市民たちが…捕らえられてる」
「やっと気づきましたか。私はずっと地上が気になって本気で戦えていませんでしたが、あなたは気づかないほど全力で戦っていたのですね」
「…精神魔法ですか」
「精霊魔法しか扱えないあなたには無詠唱魔術には気づけないのも無理はありませんよ」
全ての点と点が繋がり、線となりました。しかし、私は何も言い返せず、杖を取り出し、天に掲げました。
「あとはご自由に。まあ、それを撃ったところで何も変わりませんがね。それではまた会いましょう、〈時の魔術師〉。」
そう言って男は影の中に消えていきました。私は己の激情に身を任せ、再び雷鳴を轟かせました。




