第5話 ギャップ
英雄の船に乗り込み、彼らの船旅に目を輝かしている少女がいます。儚くも幼いその少女を知っていますね。そう〈時の魔術師〉ホタルです。
「とても素晴らしい演説でしたね。私の出番はありませんでした」
「正直、俺が一番驚いてるよ。あんなに自分の考えをスラスラ言えたのは生まれて初めてかもしれない」
この街の惨状とは似つかわしくないほど、リュカの瞳は輝いていました。しかし、これで満足されては困ります。何せ、まだ始まったばかりなのですから。
「それで、明日の会議の勝算はどれくらいですか?」
「わからないな。啓蒙思想の特権階級がどれだけいるかだな」
「あまりゆっくりとはできませんよ。団結を王様に妨害されれば国民はどんどん弱っていきます」
「ああ、そうだな。とにかく明日は税のことよりも団結することが最優先だ。貴族たちも王に不満があったからこの会議を提案したわけだしな」
「そうですね」
そんな決意に燃えるリュカですが、私は少しだけ他のことを考えていました。それは今日泊まる宿です。二人とも住む家がないということを知って、平民の代表者の一人で、長身の彼、ジャン=ローベールさんが宿を手配してくれました。
「話は変わりますが、どんな宿なのでしょうね」
「宿か…ここら辺のだとピンキリってイメージだな。良いところもあれば悪質で盗みも多発するところもあるって」
「私たちのところは大丈夫ですかね」
「まあ、代表者のほとんどはブルジョワジーだし、自分から提案してくるくらいだからそこそこ良いものなんじゃないか?」
「せめて美味しいご飯とふかふかなベッド、あとお風呂があればいいのですが」
「だいぶ強欲だな」
「私は可愛いのでこれくらい望んでもまだ謙虚だと思いますよ」
「ほんと変わった女だな」
そんな会話をしているうちに宿に着きました。外見はそこまで良いものには見えませんでしたが、内装は綺麗でした。お風呂がないことが残念でしたが、今日は山中の川辺で水浴びでもしようと思います。
「良い部屋ですね。では、私はこれから水浴びに行ってくるので、また夕飯の時間に」
「おう、また後でな」
そうして私は手頃な山を見つけ、水浴びをしていました。そこでは特に何もなく、ただのサービスシーンでしたね。この時代に来てからは私の出番は控えめですね。あまりに優秀な仲間がいるとかえって暇なものです。
「そろそろ夕食の時間ですし、戻りますか」
戻っている最中、面白い話を耳にしました。
「これ見て!ジャガイモって言うんだって!」
「王級の庭園から盗んじまった!」
「おいまじかよ!ばれたら処刑だろ!?」
「最近のあいつら、警備ザルすぎるんだよ!俺の行った時なんてだれもいなかったぜ!」
「ほんとかよ!」
どうやら王級の警備は薄いようですね。それでは反乱が起きた時にどう対処するのかはわかりませんね。それとも、もう警備兵すら雇うお金もないのでしょうか?
そんなことを考えながら宿に戻ります。宿に着くと、そこにはもう食事が用意されていました。豪華とは呼べませんが、とても温かみのある素敵な食事でした。
「とても美味しそうな食事ですね」
「ああ、まだこの国も捨てちゃもんじゃないってことだ」
「ジャンには感謝しなくてはいけませんね」
美味しい食事を味わっていると、ここの宿を経営している奥さんがこちらに近寄ってきました。彼女は私やリュカよりも大柄で、フランス兵顔負けの筋肉を持っていました。
「あんたがリュカかい?」
「は、はい!そうです」
どうやらリュカも少し怯えているようです。まあ、自分よりも強そうな女性は怖いですもんね。奥さんはリュカを品定めするように見つめました。ほんの少しの緊張が流れましたが、その緊張は一瞬で緩みました。
「そうかい!ジョンから話は聞いてるよ!ほんと若いねあんた!」
「あ、ああ!そうなんすね」
「あんたの演説に代表どもは惚れこんじまったんだろう?まさに名は体を表すってやつだな!」
「ど、どうも」
名は体を表す?リュカという名前には何か意味があるのですかね。気になったので聞いてみましょう。
「リュカという名前には何か特別な意味があるのですか?」
リュカは私に顔を近づけて耳元で囁きました。
「いや、俺もわからん」
「わからないのになんで聞かないんですか?」
「流れ的に聞きにくいだろ」
「はあ…じゃあ私が聞きますね」
わからないことを聞かないことよりも愚かなことはありません。私はそうやって魔術師として大成しました。才能だけでは一流になれても一番にはなれませんからね。
「あの、すみません」
「ん?どうしたんだいお嬢ちゃん」
「リュカという名前にはどんな意味があるんですか?」
「ああ、今の若い子はあまり知らないか。リュカって名前には『光をもたらす人』って意味があるんだよ」
「確かに、それは素敵な名前ですね」
「だから頑張るんだよ坊主!」
そう言って彼女はリュカの背中を強く叩き、リュカはそのままテーブルに顔面を強打していました。
そんなこんなで食事を終え、私たちは各々の部屋に戻りました。私は櫛で髪を梳かし、明日のことについて考えます。
「明日はどうなるのでしょうね。こんなことなら翼の教科書をそのまま拝借しておくべきでした」
真の英雄になれるのは結果を残した者のみです。どれだけ英雄の資格があろうとも。私は不安を抱えながらも寝る前の準備を終わらせて眠りにつきます。
そうして朝を迎え、朝食を取り、私たちは会議に向かいにます。宿の皆は私たちに声援を送りながら、見送ってくれました。
「おお!リュカやっと来たかい!」
「悪いなジャン、少し遅れた」
「さあ、行こう、皆が待っているよ。ホタルさんもこちらに」
「はい、行きましょう」
そうして宮殿の中にある会議場に向かっていきました。宮殿は外側も内側も華やかで、まさに王族好みの雰囲気でした。しかし、会議場内の雰囲気は華やかとも穏やかとも言えず、どこか異様な雰囲気に包まれていました。
「話し合いはどのように行われるのですか?」
「ああ、まずはね、全体で話し合って、次にそれぞれの身分で話し合うんだ。最初の頃はずっとそれぞれの身分だけで話し合っていたけど、それじゃ埒が明かないからってとある人が意見したらしいよ」
「そうなんですか。その意見した人はどこの誰なんですか?」
「それがわからないんだ。でも、王様はその人の意見を採択したようだよ」
「変ですね…」
この違和感に対して結論が出る前に会議は始まってしまいました。
「これより三部会を始める。まずは各身分の主張を述べてもらう。では、最初は第1身分、聖職者たちから」
「はい。我々の意見は変わらず、各身分毎に1票としてこの会議の意思決定を行うべきだと考えております。以上です」
「では次、第2身分、貴族たちの方々、よろしくお願いします」
「私たちも第1身分に賛成だ。これはもう決定事項でいいだろう。話し合うだけ無駄だよ」
「以上ですか?」
「ああ、以上だよ」
私は気になったことがあります。それは、この会議の進行役が女性であることです。こういう時代の人たちは男尊女卑のイメージがあったので意外でした。それに、何の身分なのでしょうか?
「あの、ジョン、すみません。あの女性は一体何者ですか?」
「ん?ああ彼女かい?彼女は王に雇われた司会進行役だよ。どうやら全体会議を意見した男の推薦らしいよ。名前は確かアイリス=ユーリエフだったかな」
「ユーリエフ…ですか?」
「ああ、そうだよ」
私の大嫌いな王族と同じ苗字ですか。まあ、彼女がその王族なわけもないでしょうし、構いませんが。それよりも、その王に意見した男が気になりますね。一体誰なのでしょうか。
「では、次、第3身分、平民の方々、どうぞ」
おっと、どうやらもうリュカの出番のようですね。彼の演説がどうなるか見物です。




