第3話 種火
どんよりとした暗い雰囲気を照らすように美しく可憐な少女がいました。儚くも幼いその少女を知っていますね。そう〈時の魔術師〉ホタルです。
「おい、ホタル」
「はい、どうかしましたか?」
「あんまり変わった感じがしないんだけど」
「まあ、今は勇気が必要なことをしていませんし」
「そういうもんか」
「ええ、そういうものです。それよりも、リュカが先ほど言っていた議会に向かいましょう」
「いや、あそこは関係者以外立ち入り禁止だよ。前までは傍聴できたけど、ヤジが酷すぎて今はダメだ」
「大丈夫です。私の魔法があればバレませんので」
私は再び魔力を解放しました。
「光の衣よ、我が姿を隠し、世界を欺け」
魔力の粒は形を成し、まるで女神のヴェールのようになり、私の姿を隠しました。
「あれ?ホタル!どこに行った!?」
「目の前にいますよ。ちょっと待ってください」
そうして私は同じ魔法をリュカにもかけました。
「あれ、そこにいたのか」
「ええ、最初から」
「でもさっきはいなかっただろ」
「いなかったのではなく、見えなかったのです」
「どういうこと?」
「魔法で光を反射して私たちを見えなくしていたんです」
「なるほどな」
やけに物分かりがいいですね。本当に頭が切れるのでしょうか?
「そんなすげー魔法使えるってほんとに凄いな魔法って」
「これは私の魔法でなく、昔の天才が作った魔法理論ですけどね」
「そうなのか」
「はい」
そして、その魔法理論を実現したのは私の姉です。私は姉によって一般化された術式を丸パクリしているだけです。私のお姉ちゃんの凄さは旧人類にはわからないでしょう。まあ、わかりやすく言うならば数学の未解決問題ほぼ全てを解いたような人です。
「では、議会に向かいましょう」
「そうだな」
「あ、見えないだけで実体はあるので気を付けてくださいね」
「りょーかい」
そうして私たちは議会に向かいました。道中では店の品を盗み逃げている泥棒や、殴り合いをしている男たちや、自身の体を売ろうとする女と、平和とは程遠いこの国の現状が垣間見えました。
「ここだ」
「ここですか、では中で観察しましょうか」
「そうだな。ここで特権階級の連中も税金を払ってくれたら少しは楽なんだけどな」
「まあ、そう上手くはいかないでしょうね。だって特権階級は自身の権力を守るためなら人の死なんて気にしませんし」
「そうだな」
リュカのどこか冷めた瞳は、何か悟っているようでした。その予感は私も感じています。きっと今頃は払う払わないで議論が繰り広げられていることでしょう。
「だから!最終的な決め方は、全体の多数決にするべきだ!」
「いいや!身分ごとの議決で決めるべきだ!」
「まだそんなこと言っているのか!この馬鹿貴族が!」
「何もわからない平民風情が知った口を聞くな!」
中に入るとそこはもう会議というよりも言い争いの喧嘩でした。飛び交う罵声と怒号にヤジ。身分の代表者という自覚はもう既に無いようで、彼らは自身の意見を押し通すことに必死なようです。
「なんだよ…これ」
「確かに酷いですね。会議と言うより喧嘩ですね」
「いいや、問題はそこじゃない!あいつらが話している内容だ」
「リュカ、どういうことですか?」
「あいつら、足りない税金をどうするかじゃなくて、最終的な議決の取り方について話してやがる」
「それが問題なのですか?」
「ああ。結局あいつらはこの国を良くしようとかは誰も思っていないんだ。自分たちが楽になればいいって考えで話してやがる。これじゃ議論なんて進むわけがない!」
確かに、リュカの言う通り、各自が自身の利益のみを追求すれば議論は停滞します。ただでさえ苦しみ飢え死にする者たちが多い現状で、代表者達のこんな話し合いを見せられれば彼の怒りも納得できます。
「でも、なぜ決め方でそこまで揉めているのでしょうか?」
「それは人数の差だよ」
「人数の差ですか?」
「ああ、この会議には教会側から300人、貴族側から270人、平民から600人が出席しているんだ。だから全体の多数決になれば平民が勝つ。だから特権階級の奴らは身分ごとでの多数決にしようとしているんだ。そうなれば教会と貴族、二つの身分が結託して勝つからな」
「なるほど」
彼には彼なりの考えがあるのですね。そういう人間は芯がしっかりあって私好みです。彼なら本来の歴史よりも早く革命を成し遂げてくれるかもしれません。
「でも、リュカは少し変わっていますね」
「は?何がだよ」
「あなたは平民側も批判しているじゃないですか」
「…そうだな。結局あいつらも平民が豊かになることだけを考えてる。でもそれじゃあこの国は潰れる。だから、ここでは全ての身分が協力しなくてはいけないんだ。そうしなきゃ王政は倒せない」
私は素直に感心しました。彼はこの国を良くするためには王政の打倒が絶対と考えているのです。平民の立場を良くするとかではなく、王政を倒し、根本を変えようとする彼は、この世界の常識の外側にいる人間でしょう
「あの、少し気になったのですが」
「 ? 」
「そもそもこの会議を開くことをなぜ王は許したのですか?」
「前も言っただろ。特権階級達が王へ訴えたんだ。増税を決めるのは国民の権利だってな。そんで150年以上開かれていなかった3つの身分の代表者があつまる三部会が開かれたんだよ」
「はい、それは知っています。でも、こんな会議を開けば王側は反逆をされたり、三つの身分が結託する可能性は考えなかったのでしょうか?」
「そのための人数差だよ。王は意図的に平民の人数を増やした。そうすれば勝手に三つの身分が争うし、人数が多ければ平民が勝つ可能性も高いしな」
「なるほど、そういうことだったのですね」
「こんな策略、一目見ればわかるのに、あの場にいる連中は何してるんだよ」
どうやらリュカは頭は切れますが、一つ勘違いをしていますね。それは彼の見えている情報を皆が見えていると思い込んでしまっている。あそこにいる人々は国王の掌で踊っていることには気づいていないでしょう。そんなことを考えていると、平民の代表者がとんでもないことを言い出しました。
「我々はルールが決まるまで審議を一切拒否する!」
「な、何を言っている!神聖な議会を愚弄する気か!」
「そんなこと知るか!」
そう言い、平民の代表者達は出て行ってしましました。するとリュカは怒りをあらわにしました。
「あいつら!そんなことして苦しむのは平民だけだろ!馬鹿なのか!?くそ、もういい!」
全てを投げ出し、議会から出て行こうとするリュカの動きを魔法で止めました。そうして私は彼に助言をします。優しいので。
「まあ、彼らの脳みそが残念なのもわかりますが…」
私は彼に指を差し、心に火を灯しました。
「リュカ、あなたは自分が見えている世界を当たり前と思っている。それは私からすれば怠惰としか思えません」
「は?」
「あなたが見えているものを彼らに教えれば、きっと議会はもっと良い方向に向かいます。でも、あなたはやらなかった。今までのはただの勇気がない意気地なしということで見逃してあげます。でも、今のあなたは違いますよね?」
お説教なんて私にしては珍しい。それだけ彼に期待してしまっているのです。だから、彼には進んでもらわなくてはいけません。どれだけ険しい道だったとしても。私のように。
「そうか、俺は…」
「理解が早いようで助かります。では、あなたがどうすればいいかわかりますね」
「ああ、俺が…」
彼は力強い瞳で私を見つめました。あの時と同じ目です。国を変えることを自身の夢だと語ったあの日と。
「俺が平民の代表になってあいつらを率いる」
「やっと火が点いたようですね。じゃあ向かいましょうか」
「ああ、そうだな」
私たちは平民の代表者達の元に向かいます。まだ一人では小さな火種。でも、国民全員に火を灯せばきっと未来を照らす光になるに違いません。




