断章 9
決起日 11月20日未明
作戦概要:作戦開始後、パリ近郊の隠れ家よりパリ中心部に向けて浸潤を解し。
パリ市民にウルティマの名で武器を配布する。その後、市民と共に、各地区のナチス支部を強襲しドイツ駐留軍の正規軍の到達を遅らせる。
その後、武装を強化し、駐留軍があるパリ市庁舎へと軍をすすめ、一気に制圧する。
現在、総司令なる人物が現在パリ市庁舎に滞在中との噂がある。
総司令の身柄を確保それを材料とすることで、来るナチス、ドイツ国軍本体との決戦に備えるために、市民と一丸となり今回の作戦を進めていくものである。
計画表:神経質にタイムスケジュールが記載されている。作戦開始は3:12。
移動には、強奪したワーゲン各種が使われる予定。部隊の保有する弾薬数と武器の仔細が書かれている。
現在の状況:ドイツ軍は、こちらの存在にも気が付いていないらしく、特に対抗する手立てを要していない。この隙をつくことこそが、肝心要なことである。
「完璧な作戦だ。3か月間で失った信用を我らが取り返し、そして、フランスがここにあることを証明できる。
正に、これこそが……完璧な作戦だ」
ゆっくりと、隠れ家の椅子に腰かけながら、これまでのことを思い出す。あれは、我々に屈辱的を強いる歴史であった。
ドイツのフランス浸潤から始まった戦い。それは、侵略者共に、2度目のパリ侵攻、占領を許す屈辱から始まった。政府の中枢は、あっさりと白旗を振り、フランスの組織的な抵抗は完全にその時に死んだのだ。
そう、フランスは死んだのだ。
だが、死んだからこそ、目が出るものがある。アミアン。ボルドー。そして、リヨン。イギリス、アメリカ、そして、……イタリア。それぞれの国の援助を受けたレジスタンス活動が活発化していく。
我々は、リヨンには‥‥‥なにも求めていなかった。
敵国で……こういってなんだが、ヨーロッパの中では、小国のイタリアの援護を受けた弱小レジスタンス組織。構成員、装備、情報量。何をとっても、我々から一歩も二歩も劣る。
我らは、それを、趣味の活動だと思っていた。
老いさばらえた、中世の英雄を冠した老婆に支えられた組織。
その足取りは、老婆のそれに等しいだろう。
その考えは、3か月前に‥‥‥完全に砕かれた。
今や我々の主指揮権と強力な兵站のほとんどはリヨンの弱小レジスタンスが握っている。
我々を見ていた視線は、我々ではないものに注がれ始めている。証拠に、リヨンより大量の武器弾薬が補給され、団員の多くが、リヨンレジスタンスの有用性と効果性に気が付きつつある。
非常にまずい状況だ。
この勝利の後、そして迎える戦後。勝利した。勝利して……何も得られなかった。それでは、我々は戦った意味がないではないか。それでは、困るのだ。
故に、今回の闘いは我々の力で勝利しなければならない。
我らの未来の為に。
広げていた資料をまとめると、ゆっくり息を吐き出した。まもなく作戦開始だ。それまで眠るのも戦士の役目だ。そう思い返し、ドアを閉める。
それを確認したように、細い指が資料を持ちあげた。ゆっくりと一枚ずつめくっていく。
見えうるものは赤き口元。そこにはっきりと浮かぶのは笑み。笑みの正体など知る由もない。ゆっくりと、ただ、早く。めくりあげられる紙の音。
そう厚くない紙の束は、最初からそうであったように、元あった場所に置かれる。
始まりと終わりは、同じであるように、そこは微でも、差異などありはしないのだ。
「あら……かわいい。まるで、子供の遊び……みたいね」
口元がゆっくりと上がると、影は、身をひるがえし、ドアを開けると出ていく。寝ずの番の敬礼が、それを見送っていた。
1940年11月20日 2:43 パリ郊外某所
木箱を2包んだだけの囁かな演説台。
そこに、立っていた。眼下に広がるのは、こちらを捕らえるレジスタンスたちの瞳。この狭い空間に、100は入っているだろう。まるで、ここは、戦場のオペラハウスだ。
「皆も知っていると思う。このパリは。
我らのパリは‥‥‥。
長く侵略者に膝を屈していたということを。」
身振りと手振りを大きく、見回しながら、ゆっくり‥‥‥。
あの、女性レジスタンス。彼女は、私に新しい境地を与えてくれた。いま、私は衆目の為す位置にあり。そして、私の言葉を聞いていないものなど。この場所に存在しえない。
「我々は、敗れ。逃げて。いま‥‥‥ここにいる。
小さくなり、隠れて、引きこもりて。
我々は‥‥‥今、ここにある。
なぜ、我らがここにある?
諸君らに問いたい。
我らがここにいるのは、弱かったからか?
我らがここにいるのは、戦えなかったからか?」
一呼吸を置いた。答えは求めてなどいない。
いや、違うのだ。知っていた。
知っていたのだ。我らは、弱くもなく。そして、戦えなかったからここにいるわけではない。
皆。一つの答えを知っている。
「違う。
違う!
そうであろう。
我らは、弱くなどなく。我らは戦うすべがないわけではなかった。
我らは、強くあった。だが、あえて戦いを避けていただけだ。
この時が来るまで。
諸君。戦いの準備はできているか?」
端々に手が上がった。
「諸君。勝利への準備はできているか?」
言葉に反応するように手が上がった。
上がり切った。
「よろしい。それでこそだ。
我らは、ウルティマの後継者。その本筋にあたるものだ。
彼等とは違う。
我らは……彼等とは違う。
惰弱であることを受け入れ、敵と結びつくような‥‥‥彼等とは違う」
そうだ、この作戦。それでこそ、意味のあるものとなる。
「今こそ。フランスにウルティマの加護あらんことを。
これが終わったら、あんなイタリア野郎にこれ以上神聖なレジスタンスの旗を握らせるわけにはいかない。
老婆を養老院に放り込んで、イタリア野郎はパスタと一緒に里帰りだ。
おれたちが、ヒトラーの首を取る」
盛り上がりは最高潮に達した。あとは、闘いの火ぶたが切って落とされるのを待つだけだ。
1940年11月20日 2:55 パリ上空高度8000m
上空を飛びながら、唇を微かに動かした。
「いい考えね‥‥‥でもあなたには無理よ」
その視線の先、巨大な機影が待ち受けている。それに向かい速度を上げた。
こんな時は、着手は早いに越したことはない。
1940年11月20日 3:12
作戦が始まった。パリの3方から一気に中心部パリ市庁舎へと歩を進める。
リヨンレジスタンスたちには、この作戦開始時間を1時間遅らせて連絡してある。アミアンとボルドー。この2つのレジスタンスがパリ解放を担うための算段だ。
すでに、他国の傀儡となって、偶像を崇めている彼らには、我らの神聖さは理解できないだろう。
扉を叩き、ウルティマは来れりと、
名を唱え、銃を置く。
静かな朝に、ノックと声だけがパリの路地を支配する。
パリの市民の決起こそが、新しい風を巻き起こすのだ。
おびえる家主たちを手で制すると、男は立ち上がった。月明りに照らされるのは、3日はそっていない無精ひげと少し疲れた表情。通りから気配が消えるのを確認して、焦らずに、ゆっくりとした動作でドアを開ける。ドアの前には、トンプソン。
持ち上げて、十二分に確認をする。その手つきは、一見にして何も知らない素人のものではない。薬室、弾倉。基本動作。一連の確認をしたうえで、アイアンサイトをのぞき込む。照準も良し。
家主たちを手で制し、鍵をかけるようにジェスチャーするとトンプソンを手慣れた仕草で肩に担ぎ上げる。
そしてゆっくりとした足取りで、レジスタンスたちの後を追うのだった。
あたりの家からも、ガーランドやトンプソンを持った家人たちが倣いて飛び出してくる。その挙動は焦らず、急がず。ただ、沈黙を保ったままレジスタンスたちを追っていくのだ。




