断章 10
「おい、そっちじゃない。」
後ろから聞こえた声に我に返った。
パリの夜明けは‥‥‥昏い。
その路地。その先には、魔物が潜んでいる。
「ああ、助かった。すまない」
「いいってことさ。我らの連携に」
「ああ。ウルティマの加護あれ」
合言葉をかける。3日は剃っていない顎髭と、堀の深い顔。その堀が、ゆっくりと顔の線の上を動いた。ただ、それだけだった。
「あいつらには、俺たちは大変な思いをしているからな。思いは一緒だ」
レジスタンスは。レジスタンスとして‥‥‥ここにたどり着いて良かった。
その一言で。すべてが救われる。
そんな気がした。
「ああ。俺も一緒だ。あいつらを許せない。母なるこの国を踏みにじった。あいつらを。俺は許すことが出来ない。」
不意に、男の眼光が光った。俺を突き飛ばすと、
発砲。
見張り台で何かが崩れ落ちた。直後に、銃弾が、石畳を穿った。
もし、その場に残っていたら‥‥‥もし、その場で、声を上げていたら‥‥‥
死んでいたのは、俺の方だった。
「いい銃だな。トンプソンか。制圧射撃にはもってこいだ。
さすがはアメリカ製か。」
「だが、振り回すのは、」
「ああ、俺たちの魂だ。任せろ。総司令の場所は、把握している。」
パリのレジスタンスの魂は死んでなどはいなかった。力強い言葉と、ウルティマとオリフラムにこめた、独立独歩の思い。
何度でも確認したい。そして、今、その想いの本質をまるで、岩盤のような堅固さで信じることが出来た。
パリのレジスタンスは……死んでなどいなかった。
「ああ、そうだ。」
「俺たちは、あいつらを赦せない」
1940年11月20日 4:32 最初の銃声がパリの静寂を奪った。
時刻場所は伏す
「正気ですか?」
「ああ、正気だ。そのうえで、この行動には理もある。」
その言葉に、斎藤技術士は黙るしかなかった。相手は、幕末から上海、そして満州にて、10000を下回らない人間を切り捨てた剣鬼。ここにいるのは、偏に、その存在があまりに危険であるからであった。
斎藤もそのことくらいは重々に承知している。
「今回の交渉は、こいつのために来ているのですよ。」
「それを解したうえでのことだ。斎藤技術士。
曾祖父の斎藤 一が泣いておるぞ」
この人に、曾祖父の名前を出されると断ることが出来るほどに、斎藤は器用ない人物ではない。
「しかし、一願殿。このことが、本国の知るところとなった時には‥‥‥」
「ああ。それは問題ない。本国も‥‥‥このことは了承済みだ」
油臭い駐機庫。清風が吹き抜けた。
そこに現れたのは、場には似つかわしくもない。好紳士。
だが、その肩幅、伸びた背筋。それはあまりにも、日本人離れしていて、その上で確かな雰囲気を醸し出している。
「このことは、陛下並びにかねてより諸君らと親交ある閣下より。了承を賜っている。存分にやりたまへ」
政治は苦手だ。多くの人が絡むから。
刀はいい。目の前。そこにあるそれだけを見ていれば良きから。
お前は、俺によく似ている。
これからの時代は、お前はのような考えのものが生き残ることが出来る。
よくよく、目先の指を見てよく生きていくのだぞ。
そういわれ育った斎藤は、剣術は皆伝。他の武術も軒並み皆伝し、さらに他国の道場の門を叩き、教えを乞う。ただ、ただ。その行いに、時代が悪かったということしかできなかった。鍛えた技も、磨いた心も、生かすすべもなく、ただ、ここで技術屋として生きている。
だが、斎藤にとっては、それは嫌いな生き方ではなかった。
「政治のことはよくわかりませんが‥‥‥
近々、こいつの出番と、赤ふん一等兵たちが活躍できる場面が来る。
だから、それを逃がさぬように十分に整備を進めておけ。
そういう解釈でよろしいのですか?
白洲 次郎次長。」
その言葉に、満足そうな笑みを浮かべたのは、白洲だけではなく、剣鬼もだった。
「ああ、そうだ。おそらくすぐに来る。彼らを束ねられるのは、君しかいないからな。頼りにしている」
その言葉に、安堵とも、挑戦ともとれる笑みが浮かぶ。
心が震えてしまう。
嬉しくて、嬉しくて。
ただ、たまらない心持にさせる。
親父殿すいません。
おれは、どうやってもこういうのが好きみたいです。
心中の親父に詫びる。
親父は笑った。
それでいい。
そう己がままに生きろ‥‥‥
そう聞こえた気がいた。
「拝命。仕りました。
ですが、こっちも帝国軍人である前に、徳川家臣団の一員。そのことはよくわかっているつもりです。
さもあれば、音に聞く、ティーガー重戦車。それ以外の有象無象は何とかして見せましょう
徳川万歳」
「左様なり。」
「左様なり。よく言った斉藤」
「是非になし。」
倉庫の各所から、気勢が上がった。力強いその声は、まるで焔のように、惰弱を焼き捨てるように駆け抜けていく。
強き炎は、なににも削がれない。焔は形を変えたとしても焔なのだから。
「止めなくていいのですかな?」
「何をかな?渋沢の翁より、徳川の仔ら、止めるべからずと、赦しももらている。
私も、武士道を嗜み、よく解して纏うものなのだよ。
外交とは戦場なのであるから。」
「ならばに結構。ともに友好国の為のその礎となりましょうぞ」
お互いに解っているというように、深い笑みを浮かべた。
パリの静寂に徳川の名乗りが染み渡った。
だが、まだ破るまでは早い。




