フランス篇 中章 1
不明。3:21。
泥と不衛生な水たまりの感触。そして、硝煙の匂いと腐り濁り切った匂いの中、目が覚めた。
いや、目が覚めてしまった。
自分は、死ぬ。
いや、死んでいるのだろう。
砲弾は、正確にこちらを捕らえていた。
フランス人の怒りは。砲弾の形を変えて、この塹壕を完全に破壊した。
歪んだ防御陣地の崩壊部から、フランスの超人たちが。雪崩を打って塹壕に飛び込んできた。
止められるわけもない。
押しつぶされ、切り刻まれ、ねじ切られ。
痛痒と怨嗟の声は、この目覚めてしまった目をいやがおうにも開かせてしまう。
俺は‥‥‥俺は死ぬ。
死にたくない。そう願っても。
死ぬ。
目を移すと、あれだけ、食料を切り詰めていたにもかかわらず、鮮やかな色の腸が腹の側面を突き破り出ているのが見えた。そう、観えて。なんだか、安心してしまった。
神は。まだ見捨ててなどいなかった。
ゆっくりと視線を這わせると、それはすぐに見つかった。
軍靴の泥に汚れ、腐った水にさらされても、その鮮やかが失われることなどなかった。
戻りたいそう願った。
その瞬間に、その想いでは、ただの塵へと変わり果てる。
戻れるはずもない。
なぜなら。俺は。僕は。このまま死ぬからだ。
——。
声は届かない。それを願う。だからこそ、あなたの心が穏やかであれ。と。それを神に祈る。
意識は、頭を靴が踏み抜く感触で全てを喪った。
1940年10月22日 フランスリヨン リヨンレジスタンス第5本部
「トンプソンだ。こっちには、ガーランドもある。あと、すげえ。アメリカの対戦車火器と対戦車地雷だ。これなら、奴らの草刈り鎌戦闘部隊にも、ティーガーにも対抗できる。」
興奮が、こっちにも伝わってくる。レジスタンスは、厳しい状況の中で、何とかやりくりをしながらここまで戦い抜いてきた。そんな中ももたらされた物資は、士気を高めるのには十分な効果を発揮している。そして、それが、もたらす明るい未来を想い抱いている。
それも、理解している。
「ああ、前の不明機の拿捕に対する恩報に、我らの同胞。イギリスとアメリカから、補給がなされた。これだけの、装備があれば。」
「パリだ!この時を逃さずに、いつやるか!!」
「パリを開放する!」
うねりは波となって、レジスタンスの心を揺らしていく。パリに向かう。その行動に、皆の心が、集約されていく。
そう、まるで。仕組まれているように。
『あなたも、そうね』
ああ、そうさね。ジャンヌダルク。私もその一人だ。そして、笛吹だ。
皆を破滅へといざなう。笛吹だ。
「そう、パリだ。パリにレジスタンスの旗を掲げよ。この機を逃さず。いよいよをもって、進軍を開始せよ。総員。1か月後に、我らは、パリ攻略に移る。
卑屈にして、邪悪なるドイツ人から、我らの故郷。
パリを。フランスを。取り戻すのだ!」
いつの間に横に入ったのか、司令官が。声を上げると。レジスタンスの気勢は、最高潮に達した。
「レジスタンス万歳!フランスに神の加護を!」
「パリを取り戻せ!我らの故郷にこれ以上ドイツ人の浸潤を許すな!」
「レジスタンス万歳!ジャンヌダルク万歳!」
雷鳴のごとく声が轟く。いたたまれない気持ちは……一度置いておくことにして、私は、サクラとして。最大限の芝居をするだけだ。
「ウルティマの御名の元に。フランスを再び一つに」
老若男女問わず、怒号のような雄たけびが木魂する。
私は、理解していた。
あんなカス野郎でも。いまも、生き続けて。そして、私をこんなに痛めつけてくる。
ウルティマとジャンヌダルク。
私の人生に、重くのしかかってくる2つの十字架。それは、まとわりつき、離れることを知らない。
「ふぅ」
喧噪に隠れるように、深くかぶったフードの下で息を大きく吐いた。
私たちは、どこに向かおうとしているのだろう?
ただ、夜の闇だけが、その答えを知っているようだった。
左肩に伸びた手を鬱陶し気に叩いた。
「ジャンヌダルク。そつがないな」
「あなたに、気を許すはずもないでしょう。パリジャン」
それもそうかと、そいつは、白々しい笑みを浮かべる。バチカンの聖遺物回収部隊。フォルサエ。旧き門の悪魔の名を持つその部隊は、回収した神々の残骸を聖化して、己の力とすることに熱心な部隊だ。
異端中の異端でありながら、その祈りは本物。
「今のあんたたちの姿を見たら、泣いているんじゃないか?ジーザスも」
「ふん。そんな柔な主ではないさ。さて、ジャンヌダルク。どうする?」
問いの意味は分かっているつもりだ。
「‥‥‥オリジナルのオリフラムがあるのならば。行くしかないでしょう。
大体。」
ぐっと右手で左顎をつかむとそのまま引き上げた。老婆の生き皮が剥がれ、そこから現れたのは‥‥‥誰が見ても美しいと呼ばれる顔だった。その顔が鏡に映ると、自分の意識とは別に、目元を上げて口角を釣り上げた。
『きれいな顔でしょう』
「きつめね。年相応になりたかったわ。腰痛と肩こりが治ったのだけがいいことね」
もう、50近くなのに20もいかないような顔に変えられて、何のおまけか肉体も若返っている。正直、嫌がらせに近い。
「その身体であれば、ドルイドとしての力をふるうこともできるだろう」
「それは結構だけど、私、かなり長く気絶していたけど、勝手に取り込もうとか考えなかったの?」
再び、老婆の生き皮をかぶると、それは、あっという間になじむ。残念そうな声が、頭の中に響き渡るが、無視することにする。
「考えなかったな。そして、それは過去に試行済みだ。そして、俺は部下を喪っている。」
夜に沈黙が下りる。だが、時間は止まらない。1か月後、終に待ち望んだ瞬間が訪れる。
だが、不安は消えることはない。今のパリに。今のフランスに。あの時ほどの熱量が残っているのだろうか。
そして、私は自分の目でその結末を見ることはできるのだろうか?




