弾けるポップコーン SIDEーA
会社帰りの映画館は、閑散としていた。
客席に座っている人の数は、数えられるくらいに少ない。
僕が座った席は中段のほぼ真ん中。
「大型スクリーンで観る映画は、端の席と中央の席とでは見え方が全然違う。絶対に真ん中で観るべき」、これは自称、映画通である友人の言葉。
僕は通路側が好きだった。
それはつまらない映画だった時に、途中で抜け出すことが出来るし、エンドロールを最後まで観なくても済む、そう思っていたからだ。
だけどそれを友人に話したら、最後まで観てもいないのに、つまらないと判断するなんて製作者に失礼だし、エンドロールの途中で帰るなんて、以ての外だと断罪された。
それ以来、僕は映画を真ん中の席で観るようにしている。
実際のところ、違いは良く分からないのだが……
フードコーナーで買ったポップコーンを右側のドリンクホルダーに入れて席に着く。
予告編を眺めながら過ごす時間、それは本編以上に心が躍る。
僅かな時間に見所を詰め込む予告編は、例えどんなジャンルの映画であっても、観たいという気持ちにさせられる。
これには感心するが、実際観てみると大した事がなかったり……
そんなのも良くある事だ。
同じ列に一人の女性がやって来た。
座席が僕よりも奥のようで、申し訳無さそうな目をして訴えかけてくる彼女。
反対側の通路から入ってくればいいのに……
そんな思いが頭を掠めた。
しかしスクリーンの光に照らし出されたモノトーンの彼女に、僕の心は揺さぶられる。
ポニーテール、丈の短かいスカート、細身の身体にフィットしたセーター、ほのかに漂う香水……
きっと僕の好みだ……
僕は膝を抱え込むように引きつけ、前の座席との間に充分なスペースを作った。
「すいません……」
「どういたしまして……」
彼女は申し訳無さそうに通り抜ける。
左手にポップコーンを持っていた彼女は、隣の席に座った。
僕の心が躍る。空席だらけなのに、タイプの女性と隣り合わせだなんて……
彼女は座るなり、ポップコーンを右手に持ち替えてドリンクホルダーに収めた。
程なくして館内の照明が完全に落とされ、本編の上映が開始される。
それから数分後……
ポップコーンの入った容器に手を伸ばした時、柔らかなものが触れた。
僕の心臓が早鐘を打つ。彼女の手に触れてしまったのだ。
「すみません……」
ほぼ反射的に言葉が出た。
彼女は、こちらをちらっと見て会釈する。
合わせて僕もお辞儀をした。
だけど、ふと思った。
右側のドリンクホルダーに入っているのは、僕のポップコーン……
それを取ろうとして、手が触れたと言う事は?
間違えたのは僕じゃなく、彼女のほう。
恐らく彼女は、それに気付いていない。
指摘するべきか、見過ごすべきか、迷った。
「これ僕のポップコーンなので……」
これでは、なので、に続く言葉が思い当たらない。
「間違っていますよ……」
これだと、ストレート過ぎて器の小さい男に思われてしまう。
そんな事を考えている間にも、映画は進行していく。
スクリーン上では、ラブシーンが映し出されていた。
妻子ある男性が、魔性の女と裸で激しく抱き合うシーン……
広い観客席の中にポツンと隣り合う僕と彼女。
このシーンを彼女も観ている、そう思ったら、心がザワザワし始めた。
そして同時に、隣に座っている男も観ているのだ、と彼女に思われているとしたら……
そんな事を想像したら気恥ずかしくなってきた。
そんな思いを掻き消そうと、ポップコーンへ手を伸ばす。
すると再び彼女と手が触れ合う。
今度は、僕の手の甲に、彼女の手の平。しっとりとした彼女の手が吸い付くように僕の手を覆う。
時が止まったような気がした。
僕と彼女の視線が重なり合う……
スクリーンから反射した光が、彼女の顔を浮かび上がらせる。
色彩のない戸惑い顔が、妙に色っぽい。
館内には男と女の喘ぎ声が響き渡る。
この奇跡のタイミングが、僕にときめきと恥じらいを同時にもたらした。
なぜか僕のほうを見たまま動かない彼女。
何か言いたそうで、微かに唇が動くが言葉は出てこない。
ただ見つめ合ったまま時間が流れる……
スクリーン上では、相変わらずベッドシーンが展開されている。
それは終わる気配がなく延々と……
僕はゴクリと唾を飲んだ。
そして、一瞬彼女から視線を外す。
視線を外すとその先にあったのは、彼女の右側に置かれたポップコーン……
次の瞬間、彼女は僕の視線に気づき、口元を覆った。
「ごめんなさい…… 間違えちゃいました」
僕の耳元に口を寄せて、彼女が囁いた。
その吐息が、さらに僕を刺激する。
彼女は右側に置かれていた、まだ手をつけていないポップコーンを、僕との間に置き、空になりかけていた容器と差替えた。
「良かったら、一緒に……」
上目遣いで僕を見つめるその表情に、心をくすぐられる。
それから先、僕と彼女の手は、何度も、何度も、重なった。
重なる度に見つめあい、お互い笑顔を交わす。
彼女が手を伸ばすタイミングを見計らって僕が手を出すと、彼女も同じ事をした。
ただ手が触れ合うだけ…… ただそれだけなのに、そのもどかしさが僕の男を昂ぶらせていく。
いつまでもこのままで、と言う遊び心と、ここを出て、もっと深く関わりたい、という男の本性。
二つの気持ちが胸の中を行き来する。
やがて、ポップコーンは食べ終えた。
そして、エンドロールが流れ始める。
映画の内容はちっとも頭に入って来なかった。
だけど、僕には魅惑的なラブストーリーが続く……
きっと……
早く原色の彼女に会いたい。
僕はエンドロールが終わる前に席を立った、彼女の手を握って。




