表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誘われる人、誘う人  作者: 下心 薫
弾けるポップコーン
12/12

弾けるポップコーン SIDEーB

 金曜の夜、私は映画を観ると決めている。

 ジャンルは特にこだわらない。

 映画館で過ごす時間が好きだから、映画を観る。

 極端に言えば、作品の良し悪しなんてどうだっていい。

 それでも、客席の埋まり具合だけにはこだわる。

 座りたい席に座れる、それが条件。

 だから、人気の無い作品や、封切られてから時間が経ったものが好ましい。


 フードコーナーでポップコーンを買って、とりあえず指定した席に座る。

 予告編が始まり、場内を見回すスタッフが居なくなったら、席を選び直して移動する。

 もっとも、実際は席を選んでいる訳ではない……


 私には変な(へき)がある。

 好みの男性に近づき、出来るだけ傍に寄り添って生の感覚を味わいながら、その男性との恋愛妄想に耽るのだ。

 それは喫茶店であったり、スポーツジムであったり、時には職場だったりもするのだが、心が熱くなるような妄想を抱くには、対象人物のプロフィールなど知らないほうが良いし、妄想を膨らませるにはそれ相応の時間が必要だ。


 喫茶店やスポーツジムは、初対面の男性と巡りあう可能性は高いが、長い時間、寄り添う事は難しい。

 職場ならば、長時間、寄り添う事は出来るが、その人のバックボーンが見えてしまって、目眩くような妄想には辿り着けない。

 それで、最も相応しい場所として考え付いたのが、映画館と言う訳だ。


 映画館ならば、二時間くらいは一緒に居られる。

 館内は暗くなるので、妄想するにはうってつけだ。

 おまけに作品によっては、気分を盛り上げる効果だってある。ホラー映画を観ていたら恐怖を共有できるし、ラブストーリーなら甘い雰囲気、感動ものなら一緒に涙を流せるかもしれない。


 暗がりで何となくしか見えない私の()()。横に並んで座るから直視する事は出来ない。そのもどかしい状況が、余計に想像を掻き立ててくれる。

 映画館で過ごす数時間、それは好みの男性と無限の可能性を叶えられる、私にとって至福のひとときなのだ。


 館内を見渡した。

 客の数は非常に少ない。ざっと見たところ、十数人といったところか。

 その中でもカップルは除外する、それに私の恋愛対象は男性なので、女性も外す。

 残った人数は三名……

 一人は制服を着ている高校生、もう一人は初老の男性。

 高校生に大人の女を教えてあげるというシチュエーションも悪くは無いし、人生経験豊富な初老の男性に弄ばれるのも悪くない。

 ただその設定だと、私が求める人物像は、高校生なら少しヤンチャな雰囲気が欲しいし、初老の男性なら、渋さが漂っていて欲しい。生憎、この二人にはそれが足りない。


 となると、残りは一人……

 サラリーマン風、綺麗に刈り揃えられた髪形、清潔感が漂っていて悪くない。

 スクリーンから反射した明かりが頼りなので、細かい表情や顔の良し悪しまでは分からないが、別に本気で恋をする訳では無いので、細かい事は気にしなくても良い。

 多少タイプからずれていても、頭の中で書き換える事は出来るから……


 個性が強くない男性、それは言い換えれば、白いキャンバスに私好みの絵を描いていくようなものだ。ある意味、最適とも言える。

 私はサラリーマン風の男性の、向かって左隣にターゲットを絞った。

 右ではなく左を選んだのは、そちら側にポップコーンが置いてあったから……


 彼と同じ列に足を踏み入れた。

 しおらしく奥へ進ませて欲しい、と言う雰囲気を醸し出す。

 いくら妄想とは言え、現実の雰囲気作りは大切だ。


「す、すいません……」

 謙虚で殊勝な女を演じ、男性の膝に足が触れるか触れないか、際どいところですり抜けた。

 男の視線を浴びる事が出来るように、身体にフィットした衣服を纏い、短めのスカートを穿く。香水は控えめ…… 微かに漂うくらいが丁度良い。


 席に着いたら、会釈をしながら微笑みかける。

 隣の彼に妄想を抱かせる、これも大切なポイントだ。

 ちょっといいかも……

 もしかして俺に気がある……

 ひょっとしてイケるかも……

 そんな風に思って貰えたら大成功、お互いがお互いを意識しあう事で、妄想は一気に膨らんでいく。

 お互いの頭の中を探りあい、心の声を聞き、何がしたい、何をされたいかを思い描く。

 これぞ、究極の恋愛。


 席に着き、私はポップコーンを右側のホルダーに収めた。

 私の左側、つまり彼との間にあるポップコーンは彼のもの。

 その、彼のものに、うっかりと間違えたフリをして手を伸ばす。

 一度、二度、三度……


 三度目、ようやく彼の手が触れた。

 大きくて、柔らかい手の平、私の身体に電気が走った。

 そして、ソワソワし始める彼……

(隣の女性が間違って僕のポップコーンを食べている)

 彼はきっと戸惑っている……

 注意すべきか見過ごすべきか、迷っている筈だ。

 

(注意なんてしたら、器の小さい男だと思われてしまう。ここは見過ごすべきだ……)

 彼の頭の中が透けて見えるようだ。


 スクリーンでは濡れ場が演じられていた。

 最高の演出効果……

 広い映画館にポツンと寄り添う見知らぬ2人、2人の視線が注がれる濃厚なベッドシーン。お互いを意識しない訳がない。彼は良からぬ事を考えているのかも…… そんな妄想が私の身体を熱くしていく。


 今度は、彼がポップコーンに手を伸ばしたタイミングを見計らって、上から手を覆い被せた。

 そのまま暫く静止……

 時が止まったような感覚を味わう。

 彼は今、何を考えているのだろう?

 私の手の感触を味わっているのか、それともこの状況をどう理解すべきか頭を巡らせているのか……


 ゆっくりと彼の方へ顔を向けると、すぐに視線が重なる。

(さぁ、どうするの、これを運命と感じて突っ走ってもいいのよ……)


 シャイな彼は目を逸らした。

 その視線は私の右側に置かれたポップコーンへ注がれる。

(間違いを視線で指摘しているのね…… それならば気付いてあげるわ)


 間違えてしまった恥ずかしさを表に出し、彼の耳元へ口を寄せて吐息と共に声を届けた。

「ごめんなさい…… 間違えちゃいました」

 申し訳無さそうに上目遣いで彼を見つめると、口元が綻んだように見えた。

 照れくさそうに微笑む彼、その奥ゆかしさが私の心をくすぐった。


 私の右側に置いてある、まだ一度も手をつけていないポップコーンと彼のポップコーンを入れ替え、さらに囁きかける。

「間違えてしまったので、良かったら、一緒に……」

 恐縮する彼…… その表情が思いのほか愛おしく感じられ、私の心が掴まれていく……


 ポップコーンへ手を伸ばす度に重なる手と手……

 手が触れ合うたびに隣の彼の心を探り、私の心とクロスさせていく。

(私の愛しい彼、このあとはどうするの、ここでお別れ、それとも私をどこかへ連れ去ってくれる)


 ポップコーンを奪い合うように、互いの心を奪い合う彼と私……

(この胸の高鳴り、最高の気分…… 私を欲しがっているのよね…… そうでしょ……)


 やがて、ポップコーンは食べ終えた。

 そして、エンドロールが流れ始める。

 いつもの事だが映画の内容なんて、ちっとも頭に入って来なかった。


 彼はエンドロールが終わる前に席を立った、私の手を握ったまま。

(少し刺激しすぎちゃったかしら…… でもたまには現実の恋もありよね…… 貴方とだったら……)

 彼に手を引かれ、私は映画館を後にした。


 この後はどうなるのだろう……

 私の妄想は、続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ