弾けるポップコーン SIDEーB
金曜の夜、私は映画を観ると決めている。
ジャンルは特にこだわらない。
映画館で過ごす時間が好きだから、映画を観る。
極端に言えば、作品の良し悪しなんてどうだっていい。
それでも、客席の埋まり具合だけにはこだわる。
座りたい席に座れる、それが条件。
だから、人気の無い作品や、封切られてから時間が経ったものが好ましい。
フードコーナーでポップコーンを買って、とりあえず指定した席に座る。
予告編が始まり、場内を見回すスタッフが居なくなったら、席を選び直して移動する。
もっとも、実際は席を選んでいる訳ではない……
私には変な癖がある。
好みの男性に近づき、出来るだけ傍に寄り添って生の感覚を味わいながら、その男性との恋愛妄想に耽るのだ。
それは喫茶店であったり、スポーツジムであったり、時には職場だったりもするのだが、心が熱くなるような妄想を抱くには、対象人物のプロフィールなど知らないほうが良いし、妄想を膨らませるにはそれ相応の時間が必要だ。
喫茶店やスポーツジムは、初対面の男性と巡りあう可能性は高いが、長い時間、寄り添う事は難しい。
職場ならば、長時間、寄り添う事は出来るが、その人のバックボーンが見えてしまって、目眩くような妄想には辿り着けない。
それで、最も相応しい場所として考え付いたのが、映画館と言う訳だ。
映画館ならば、二時間くらいは一緒に居られる。
館内は暗くなるので、妄想するにはうってつけだ。
おまけに作品によっては、気分を盛り上げる効果だってある。ホラー映画を観ていたら恐怖を共有できるし、ラブストーリーなら甘い雰囲気、感動ものなら一緒に涙を流せるかもしれない。
暗がりで何となくしか見えない私の彼氏。横に並んで座るから直視する事は出来ない。そのもどかしい状況が、余計に想像を掻き立ててくれる。
映画館で過ごす数時間、それは好みの男性と無限の可能性を叶えられる、私にとって至福のひとときなのだ。
館内を見渡した。
客の数は非常に少ない。ざっと見たところ、十数人といったところか。
その中でもカップルは除外する、それに私の恋愛対象は男性なので、女性も外す。
残った人数は三名……
一人は制服を着ている高校生、もう一人は初老の男性。
高校生に大人の女を教えてあげるというシチュエーションも悪くは無いし、人生経験豊富な初老の男性に弄ばれるのも悪くない。
ただその設定だと、私が求める人物像は、高校生なら少しヤンチャな雰囲気が欲しいし、初老の男性なら、渋さが漂っていて欲しい。生憎、この二人にはそれが足りない。
となると、残りは一人……
サラリーマン風、綺麗に刈り揃えられた髪形、清潔感が漂っていて悪くない。
スクリーンから反射した明かりが頼りなので、細かい表情や顔の良し悪しまでは分からないが、別に本気で恋をする訳では無いので、細かい事は気にしなくても良い。
多少タイプからずれていても、頭の中で書き換える事は出来るから……
個性が強くない男性、それは言い換えれば、白いキャンバスに私好みの絵を描いていくようなものだ。ある意味、最適とも言える。
私はサラリーマン風の男性の、向かって左隣にターゲットを絞った。
右ではなく左を選んだのは、そちら側にポップコーンが置いてあったから……
彼と同じ列に足を踏み入れた。
しおらしく奥へ進ませて欲しい、と言う雰囲気を醸し出す。
いくら妄想とは言え、現実の雰囲気作りは大切だ。
「す、すいません……」
謙虚で殊勝な女を演じ、男性の膝に足が触れるか触れないか、際どいところですり抜けた。
男の視線を浴びる事が出来るように、身体にフィットした衣服を纏い、短めのスカートを穿く。香水は控えめ…… 微かに漂うくらいが丁度良い。
席に着いたら、会釈をしながら微笑みかける。
隣の彼に妄想を抱かせる、これも大切なポイントだ。
ちょっといいかも……
もしかして俺に気がある……
ひょっとしてイケるかも……
そんな風に思って貰えたら大成功、お互いがお互いを意識しあう事で、妄想は一気に膨らんでいく。
お互いの頭の中を探りあい、心の声を聞き、何がしたい、何をされたいかを思い描く。
これぞ、究極の恋愛。
席に着き、私はポップコーンを右側のホルダーに収めた。
私の左側、つまり彼との間にあるポップコーンは彼のもの。
その、彼のものに、うっかりと間違えたフリをして手を伸ばす。
一度、二度、三度……
三度目、ようやく彼の手が触れた。
大きくて、柔らかい手の平、私の身体に電気が走った。
そして、ソワソワし始める彼……
(隣の女性が間違って僕のポップコーンを食べている)
彼はきっと戸惑っている……
注意すべきか見過ごすべきか、迷っている筈だ。
(注意なんてしたら、器の小さい男だと思われてしまう。ここは見過ごすべきだ……)
彼の頭の中が透けて見えるようだ。
スクリーンでは濡れ場が演じられていた。
最高の演出効果……
広い映画館にポツンと寄り添う見知らぬ2人、2人の視線が注がれる濃厚なベッドシーン。お互いを意識しない訳がない。彼は良からぬ事を考えているのかも…… そんな妄想が私の身体を熱くしていく。
今度は、彼がポップコーンに手を伸ばしたタイミングを見計らって、上から手を覆い被せた。
そのまま暫く静止……
時が止まったような感覚を味わう。
彼は今、何を考えているのだろう?
私の手の感触を味わっているのか、それともこの状況をどう理解すべきか頭を巡らせているのか……
ゆっくりと彼の方へ顔を向けると、すぐに視線が重なる。
(さぁ、どうするの、これを運命と感じて突っ走ってもいいのよ……)
シャイな彼は目を逸らした。
その視線は私の右側に置かれたポップコーンへ注がれる。
(間違いを視線で指摘しているのね…… それならば気付いてあげるわ)
間違えてしまった恥ずかしさを表に出し、彼の耳元へ口を寄せて吐息と共に声を届けた。
「ごめんなさい…… 間違えちゃいました」
申し訳無さそうに上目遣いで彼を見つめると、口元が綻んだように見えた。
照れくさそうに微笑む彼、その奥ゆかしさが私の心をくすぐった。
私の右側に置いてある、まだ一度も手をつけていないポップコーンと彼のポップコーンを入れ替え、さらに囁きかける。
「間違えてしまったので、良かったら、一緒に……」
恐縮する彼…… その表情が思いのほか愛おしく感じられ、私の心が掴まれていく……
ポップコーンへ手を伸ばす度に重なる手と手……
手が触れ合うたびに隣の彼の心を探り、私の心とクロスさせていく。
(私の愛しい彼、このあとはどうするの、ここでお別れ、それとも私をどこかへ連れ去ってくれる)
ポップコーンを奪い合うように、互いの心を奪い合う彼と私……
(この胸の高鳴り、最高の気分…… 私を欲しがっているのよね…… そうでしょ……)
やがて、ポップコーンは食べ終えた。
そして、エンドロールが流れ始める。
いつもの事だが映画の内容なんて、ちっとも頭に入って来なかった。
彼はエンドロールが終わる前に席を立った、私の手を握ったまま。
(少し刺激しすぎちゃったかしら…… でもたまには現実の恋もありよね…… 貴方とだったら……)
彼に手を引かれ、私は映画館を後にした。
この後はどうなるのだろう……
私の妄想は、続いていく。




