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お花屋さん ー夏ー  作者: ニケ
9/16

速水とアキラ

花屋に着いて車の鍵を取りに扉を開ける。三日ぶりの懐かしい花屋が速水を出迎えた。早く西森の所へと行きたい。焦る気持ちを押さえながら車の鍵を引き出しから取り出す。ふと視界に入った優しい笑顔に目を止めた。



居間にある西森の祖母の写真。とても優しく穏やかに微笑んでいる。しばし見とれて導かれるように写真の前に座った。何も言えずただ見つめていると西森の笑顔が浮かんできて心が苦しくなる。祖母の優しい笑顔が少しぼやけた気がした。



「。。。。」



気づけばいつも心の中で花屋の温かい風景が浮かんでいた。配達に行っても今回の出張でも、速水の心には温かいものが溢れてきて自然と頬が綻ぶ。早く帰りたい気持ちもあったが、帰りたいと思える場所があることに速水の心は踊っていてそんな自分の変化に照れ臭いようなくすぐったい気持ちを感じていた。サービスエリアや配達先で休憩していた時など、気を休めて目を閉じれば西森の温かな笑顔とこの花屋の優しい風景が浮かんでくる。いつの間にか自分には帰る場所ができたのだなと実感し、とても嬉しかった。



嬉しいなんて生まれて初めて感じたのかもしれない。生まれてきて感情というものが何も湧いてこなかった。心とはそういうものだと思っていたけれど。自分にも温かな心があるのだなと思う。そう感じさせてくれたのは西森だ。



「お祖母さん。いつも見守って頂いてありがとうございます。。今回は西森が連れ去られてしまって。。申し訳ありません」



西森の祖母に話しかけていたのは、西森が疲れて寝静まった時だけだった。西森のことを大切にしたいが、どうしていいかわからない。そんなもどかしい気持ちを素直に吐き出せば心がすっきりとして、いつも不思議と頭の中で考えがまとまってくる。まるで穏やかに笑う祖母が速水に教えてくれているようで自然と温かな気持ちになっていた。



急な配達で西森のそばを離れなくてはならない時、西森に気づかれないようにそっと祖母の写真を見つめたことがある。優しくて穏やかな笑顔が心に真っ直ぐ響く。西森よりも仕事を優先していることが悲しくて視界に入るたび目を伏せていた。



祖母の写真の前でこんなにゆっくりと話すのは初めてかもしれない。西森のそばに行きたい気持ちもあるが、なぜか写真から目をそらすことができず見つめていた。



「本当は。。西森を置いていくのは嫌なんです。配達だから仕方がないって表面では思っています。でも。。心の奥ではとても悲しくて。。初めてなんです。こんなに胸が苦しいのは」



西森の祖母の写真をそっと手に取って優しく撫でた。西森が時々こうして撫でていたなと思い出す。西森のことを思うと寂しくて、でも心の奥で繋がっているような安心感もあって西森は本当に不思議な存在だなと速水は思った。だからだろうか、普段閉まっておいたはずの素直な気持ちが溢れてくる。祖母にだけは話してもいいだろうと速水は頬を少しだけ緩めた。



「配達に。。西森を連れて行きたいって。。いつも思っているんですよ。見たこともないような風景や、都会の高層ビルや。。西森は都会に住んでたって言っていたけど。。西森と一緒に見たいなって思うんです」



美味しいものを食べれば土産として持って帰りたくなる。珍しい風景があれば携帯で送っているが、できることなら一緒に見たい。自分の我が儘だとわかっているが、これが自然と湧き上がってくる素直な気持ちだ。こんなにも女々しかったのだなと可笑しくなった。



「一緒に来てくれませんか?俺、どうしても西森に俺のそばにいてもらいたいんです。あなたからも説得してください。遅くなって。。怒ってるかもしれないから」



西森が連れ去られたというのに不思議なほど落ち着いている。携帯で話したさつきの力強い声と一緒に連れていかれたという杉崎がいてくれるからだろう。さつきはやると言ったらどこまでやり尽くし、杉崎は食らいついたら絶対に離さない。あの二人が乗り込んでいるのなら、滅多なことがない限り大丈夫だ。むしろ相手の方が心配だった。



「さつきは杉崎の言うことなら、ちゃんと聞くからな。杉崎も無茶はさせないだろう。相手は西森に執着していたから荒っぽいことはしないだろうし。。でも。。お祖母さん、急ぎますよ。俺がもう限界ですから」



西森の祖母の写真を大切に持って花屋の扉に鍵をかける。祖母に素直な気持ちを話したからだろうか。心が温かくて体が軽い。車に素早く乗り込んでエンジンをかけた。助手席にある祖母の写真に時々視線を向けながらさつきから教えてもらった場所へと運転していく。西森の優しい笑顔が何度も浮かんで、もうすぐ会えるのだと心が騒いだ。



先に乗り込んださつきは工場らしき建物から次々と出てきた男たちをなぎ倒し、入り口へと急いでいた。黒のスーツに身を包み、屈強そうな男たちに武者震いがしてウキウキと男たちの懐へ飛び込んでいったのに。手応えがなくあっという間に倒してしまった。さつきは物足りない。さっさと相手の中心にたどり着き、この震えるような心の胡散を晴らしてやりたい。足取りも軽く工場の中に入ると、内部はしんと静まり返っていた。室内になんら怪しい所はない。不思議に思い注意深く進むさつきに携帯が震える。素早く手に取ってみると、メールを受信していた。



さつきさん!どこですか!?ここには来ないでください!!もし、もう突入ていたら、赤いランプが光っている壁を軽く7回叩いてくださいね!



杉崎からだった。なるほど、隠し部屋か。よくある話だとさつきは納得した。辺りの気配に注意を払いながらゆっくりと奥へ進んでいく。機械の無機質な色がほとんどで色という色がない。灰色ばかりだ。さらに奥へと進んでいくと、小さな赤い光が見えてきた。ゆっくり近づいて耳を澄ませてみる。気配を感じようと意識を集中しても何も感じられない。



着いたわよ。今から7回叩くけど、いい?



短くメールを返答し様子を伺った。返信はすぐやってきて、少し慌てたように脱字がある。可笑しくなって少し笑った後、壁を軽く叩いた。



「さつきさん!もう、来てしまったのですね。。はぁ。。こうなったら、ちゃんとお供します!」



赤いランプのあった壁がゆっくりと動いた先に仁王立ちしている影が見える。その影は心配そうな顔でさつきを見つめながら口を尖らせた。電話をもらった時は落ち込んでいた様子だったのに、今では元気一杯だ。怒ったように手を腰に当てている杉崎をさつきは我慢できず吹き出した。



「笑わないでくださいよ。もう。。これでもとても心配してるんですから!さあ、行きましょう。西森さんを取り戻すんです!」



問い詰めるかのように迫ってくる杉崎をさつきは軽く受け流す。どんなに言われても、大きな犬がきゃんきゃんとじゃれてくるようなものだ。説教の如く諭すように話してくる杉崎に、さつきは何度も頷いて先へと進んだ。



隠し扉の先に敷かれている豪華な絨毯を踏み締め進んでいく。先へ行くたびピリピリとした得たいの知れない空気が前から流れてくる。これからの相手は今までとは違うようだ。杉崎に目で合図をすると、杉崎も感ずいていたようで軽く頷いた。



しばらく進むと大きな部屋へとたどり着いた。ここまでの絨毯や美術品を見ても豪華だったが、この大きな部屋は特別美しかった。上を見上げれば透明なクリスタルがたくさんちりばめられているシャンデリアや、敷かれている絨毯の大きさや刺繍がきらびやかなものになっている。足をゆっくりと進めながら、ふと感じた豪華な雰囲気に似つかわしくない冷たい気配にさつきと杉崎は意識を集中した。



「。。う。。?」



次の瞬間、杉崎が小さい声を発して崩れ落ちた。どさっという聞き慣れない音がさつきの後ろからして、咄嗟に視線だけを向ける。そこには静かに横たわる杉崎がいて、さつきには何が起こったのかわからなかった。杉崎の様子を見ようかと迷った次の瞬間、何かの気配を感じて瞬時に身を前に翻す。素早く後ろを向いて構えれば、見たこともない若い男が杉崎のそばに立っていた。さつきは鋭く男を見据えると同時に観察する。男と目があった瞬間、さつきの体は少し強張った。



寒気がする。



それはさつきの直感だった。杉崎のそばにいる男は、杉崎に何も手を出さない。自分が睨んでいるからだろうか。何も言わず目線だけで相手に敵意を伝える。男がゆったりと笑って口を開いた。



「あの~。西森さんから手を引いてくれません?事情話すんで。あ、俺、この杉崎って奴にもあなたにも、手を出すつもりはないですよ。弱い奴には興味がないんです」



纏っている空気が違う。冷たくて軽やかで、どことなく得たいが知れない。目の前の男は柔らかく笑っているが、男から放たれる空気に心がどんどん冷えていく。こいつは危ないと本能が叫んでいた。



「親父も西森さんのことちゃんと大切にしますんで。俺、女性には手をあげませんよ。女性はとても神聖な存在だと思ってますから」



男からなぜ西森が連れ去られたのか。その理由をさつきは聞いた。身勝手なものだと思う。速水が西森をどれだけ大切に想っているか、さつきには痛いほど伝わってくる。笑わなかった速水が、無表情で怒らなかった速水が、西森がそばにいると人間らしく笑い信じられないほどわかりやすく怒る。西森が愛しい。出会えて嬉しい。幸せだ。そんな心の叫びが聞こえるようで、見ていてとても微笑ましかった。



父への憎しみは晴れていない。速水を見るたびに湧き上がって苦しい。でも西森と速水がお互いに思いやっている姿を見ていると、少しずつだが心が穏やかになっていく。いつまでも見ていたい。心の何処かでさつきは願っていた。



「冗談じゃないわよ!西森くんは速水のそばでいつも幸せそうに笑ってるの!ほんと、とっても素敵な笑顔で。。あんたたちの事情なんて知らないわ!西森くんを返して!速水のそばに戻すんだから」



本能が相手を怖がっている。それでもさつきは男に向かっていく。悔しい。自分では目の前の男に敵わないことがわかる。速水と何度も対峙して、そのたびに思い知った感覚だ。でも逃げたくない。負けたくない。憎しみではなくて、心からの願いだ。西森を返してほしい。速水の元へ。溢れてくる涙に構わず、さつきは男に殴りかかった。



「ははは。なんて優しい人だ。でも、西森さんは親父の元にいた方が幸せになります。速水?とかいう奴のそばにいれば、苦しむだけですよ」



さつきの渾身の攻撃をさらりと避けていく。軽やかで自然な動きだ。厳しい鍛練を積んでいることもあるが、男の持って生まれたセンスも大いに関係しているだろう。言ってみれば自分とは格が違う。圧倒的な実力差を感じたのは、速水以来だ。



「勝手なこと言わないでよ!西森くんがそう言ったの!?言うわけないわよね。そうだったら西森くんは私たちにちゃんと挨拶するわ!」



悔しい。避けられることが悔しいのではなくて、西森の速水の元へと戻りたいという切なる願いが伝わってくるのに、目の前の男に敵わないことが悔しい。大きな力を持つものに意志とは関係なく従わされる。



「手は出しませんよ。だから、諦めてください。親父はとても西森さんのこと愛してますから。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」



何が愛しているのか。何が大丈夫なのか。この男に噛みついて問いただしてやりたい。どう西森を愛しているというのか。



「ふざけないで!!」



さつきは怒りで体全体が震えていた。こいつの言う愛とは何か。この男からは速水から感じた温かさが微塵も感じられない。西森に会う前の速水も冷たかったが、この男ほどではなかった。こんなにひんやりとして底が知れないほど冷たくはなかった。



「西森くんは速水の元へ返すの。氷のような目をしているくせに!愛しているなんて言わないで!」



男に叫びながらさつきは思った。きっと速水は優しい心を持っていたのだ。何かの理由で冷たくなって長い間放って置かれた。そのままだった悲しい冷たさを温かくできるのは西森だけなのだろう。そのことに気づいた時、さつきは嬉しくて少しだけ笑った。



「ふぅ。。どうしても駄目ですか?まぁ、いいですよ。あなたが疲れるまでお付き合いします。といっても無駄でしょうが」



さつきの仕掛ける攻撃を難なく避けていく。柔らかく笑っているが怖いほど隙がない。どうにか男の態勢を崩そうとあれこれ揺さぶっているのだが、全く動じない。



「はあ。はあ。。こいつ。。。なんなの。。!?」



いや、そもそもこの男に心などないような、そんな寒気さえしてくる。息が上がり肩を大きく揺らすさつきに男がにっこりと笑った。優しく笑っていても、何処か無機質なものを感じる。



「そういえば名乗っていませんでしたね。俺、アキラって言います。あなたとはこれっきりだろうけど、尊敬の念を込めてお伝えしますよ」



礼儀正しくて立ち振舞いも洗練されている。でもこの男、アキラには心がない。血の通った何かが感じられない。穏やかに笑うアキラを見つめながらさつきはこめかみに汗が静かに流れていくのを感じていた。

皆様こんばんは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

今日は琵琶を食べました。酸っぱくてヒーっと叫びながら、美味しくてまた食べております。ありがたいなぁ。。

今回は速水くんとアキラの違いを書いてみました。アキラもとてもいい人なんですよ!心がフリーズしているだけで!うふふふ。

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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