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お花屋さん ー夏ー  作者: ニケ
10/16

惹かれ合う心

さつきから教えてもらった場所へと到着した。田んぼばかりの風景に紛れ込んで工場のような建物がある。助手席に置いた西森の祖母の写真を大切に持って速水は車を降りた。



前にはさつきの愛車が停まっていて静かに主人を待っている。さつきが突入してから少し時間が経っているようだ。辺りを見回すと黒いスーツを着た男が倒れており、数が正確に把握できないほど散らばっている。速水は少し身震いをした。やはり、相手の心配をした方が良さそうだ。



気絶している一人の男を覗き込んでみる。完全に気を失っていて、その頬には痛々しい内出血があった。心配だ。



「。。恐ろしい。。」



これはさつきだ。間違いない。容赦がない上に躊躇いもない。己の拳を真っ直ぐ貫いている。怖い。。速水はそっと目を伏せた。自分の直感は当たっていたのだ。これからも今まで通りさつきには逆らわないようにしよう。何かあったら杉崎を生け贄に捧げよう。速水は心に固く誓った。



「さて。。急ぎましょうか。。確か赤いランプがある壁の先に。。」



あまりの惨劇に何となく祖母の写真には見えないようにする。できれば西森にも見せたくないなと速水は思いながら工場へと入っていった。



しばらく歩いていると小さく輝く赤い光が見える。人の気配がなく、驚くほど静まり返っている。不審に思いながらも足を進めていく。速水の携帯にはさつきと杉崎からの着信があった。西森が狙われているとわかった時、三人の中で合図を決めていた。三回の着信履歴に、二人は一緒にいるのだなと少し安心する。



足音がしないように注意深く歩いていく。二人はもうすでに先へと進んでいる。杉崎からのメールに書いてあった通りの方法で赤いランプを数回押すと、隠し部屋への壁を開いた。工場のような内装が豪華で重厚な部屋へと様変わりする。間違いない。速水は足を早めた。



杉崎やさつきからも連絡がないので、まだ西森とは合流していないようだ。入り口付近の空気とは明らかに違う冷たい風に速水の心は静かに深く冷たくなっていく。誰かがいる。杉崎やさつきのように温かな人物ではない。冷たくて暗くて。何かを諦めている。そう、自分のような。嫌な予感がする。速水は祖母の写真を脇に抱えて力強く走った。



激しい息を吐く音が遠くから聞こえてくる。女の柔らかな呼吸でそれがさつきなのだと気配でわかった。さつきほどの手練れが苦戦している。速水は自分の気配を消してゆっくりと近づいていった。いかにも豪華できらびやかな大きい部屋がある。向かい合う二人の影を注意深く見守った。



さつきが必死に相手を攻撃している。どこか怪我をしているのだろうか。さつきは泣きながら戦っていた。何度避けられても、諦めることなく立ち向かっていく。その姿に胸が痛くなる。下を見れば杉崎が倒れていて息が詰まった。



「速水!?もう。。そんなに時間が経っていたの!?」



さつきの声に心がゆっくりと落ち着いていくのを感じる。思ったよりも元気そうでほっと胸を撫で下ろした。杉崎に近寄るとただ気を失っているだけだ。相手を警戒しながら速水はさつきに、代われと合図をした。



「あ!あなたが速水。。さんですね。良かった。あなたなら、本気でぶつかれそうだ」



さつきと対峙していた男、アキラが爽やかに笑う。とても嬉しそうに大きな背伸びをした。殺気は感じない。卑劣なことはしない奴だ。ただ、普通の人間とは違う。杉崎やさつきでは全く歯が立たないだろう。別物だ。



「。。お前。。ろくな育ち方してないだろう。空気が違うな」



さつきに祖母の写真を渡しながら、杉崎のそばにいろと手で伝える。正々堂々の真剣勝負をこの相手は自分に求めているのだなと感じた。速水の言葉にアキラはさらに嬉しそうに屈託なく笑っている。



自分と似ている。速水はそう感じた。心のない自分。感情というものが湧いてこない自分。普通の人にはわからない、冷たくて暗くて固い。こびりついたように心の奥から離れてはくれない重いもの。底の知れぬ悲しみと麻痺したかのように何も語らない心。それを相手も持っている。自分と同じ幼い頃から当たり前のように持っていたはずだ。アキラは楽しそうに笑っていた。



「ああ、あなたにはわかるのですね。。そうですよ。今、あなたが思っていること。私もやりました。親父に拾われて。。戦うことが好きな俺に、親父はあらゆる格闘技の指導を与えてくれた。俺はとても幸運でしたよ



軽やかな柔らかい声が大きな部屋に響く。アキラがゆっくりと構えて速水を見据えた。感情のない暗い目だ。狂気でもない。己の深い所から静かに溢れている殺気。人を殺したことのある目だった。



「西森さんは、親父の所に行った方がいい。俺と同じ目をしている速水。。さんのそばでは幸せにはなれないですよ」



速水の一番気にしていることを真っ直ぐに突いてきた。動揺して一瞬反応が遅れた速水の腹へとアキラの腕が伸びる。あっという間の出来事で気づいた時には腹に激痛が走った。奥歯を噛み締めながら足を踏ん張り、何とか持ちこたえる。人間の体の弱点を迷いなく正確に貫いている。



速水の眠っていた本能が少し砕けた。ずっと眠らせておいた感性が命の危険を感じて目覚めていく。



速水はアキラに向かって左腕を振り上げた。懐に入りすぎていたアキラの右頬をかすめる。体が勝手に動き、次々と攻撃をアキラに向かって繰り出す。何度も避け続けるアキラに激しい怒りが溢れてきて、動き回る腕を掴み強引に投げ飛ばす。遠くに飛ばされる瞬間にも蹴りを入れてきたアキラの足に右腕で手刀を食らわせた。



「。。!!」



みしりと嫌な音がしてバランスを崩したアキラが遠くに飛んでいく。空中で受け身を取って、速水に向かってまた構えを取った。



「。。怖いな。。やっぱり西森さんはあなたと一緒にいると危険だ。何がきっかけで、人を傷つけるかわからない。現にこうして攻撃をすれば、牙を向いて痛めつける。あなたは恐ろしい人だ」



アキラの言葉に速水は静かな苛立ちを感じた。押し殺したはずの冷たい怒り。相手をズタズタに切り裂いてやりたい。大切なものを奪っていく存在は、すべて消えればいい。幼い頃心に宿っていた暗い気持ちが心の奥から激しく湧き出てきた。



自分の命を脅かすものは、すべて排除する。



この上ない苦しみを与えながら、消えていけ。



速水はゆっくり立ち上がるとアキラを見下すように冷たく笑った。周りの温度が急激に下がった気がする。アキラは、やっと本性を現しましたねと涼やかに笑った。



食べ物をくれなかった両親。包丁を振りかざし、自分を殺そうとしたあの冷たくて暗い目。早く死ねと何度も言われた。



目の前のアキラはあの自分の両親に似ている。吐き気がするほど見たくもない。思い出したくないのに忘れることができない、目障りな両親に。怪我をして血を流す自分を見ながら楽しそうに笑っていた。醜い、汚い顔。



汚れたものはこの世から消えてしまえ。両親が眠っているのを確認し、煙草に細工をした。生きたまま焼かれて死ぬのは、汚れたものが清らかになるために必要なことだとテレビで言っていた。火やぶりの刑だと。汚れたものが灰となって天に上がっていく。世界が綺麗になるのだと聞いた。



どうせ消すなら美しく清らかになってほしい。幼い頃の記憶が速水の中で蘇った。



両親と住んでいたアパートの部屋。食べ物を探しても何もなく、空腹で草を食べた自分。煙草からの火と僅かに開けておいた隙間から激しい風が吹いてゆっくりと部屋が燃えていく。扉の前に立ち、まだ火が燃えていることに気づかず酒を飲んで眠っている両親を見つめながら、幼い速水は静かに口元を上げた。



ありがとう。これでやることは終わった。自分はこの汚い両親から生まれて、この二人を消すために生きてきたのだ。二人からされた仕打ちは、この二人がどんな人間なのか知るための時間と経験だった。心の中で静かに感じた安らぎは速水に、もうこれで役目はすんだのだと伝えているような気がした。



隙間風の影響と速水の計算で、火は眠っている両親の逃げ場を燃やし尽くしていく。苦痛に歪んだ両親の顔が見れなくて残念だと思いながら、速水は玄関の扉をゆっくりと開けた。



焦げた匂いと満点の星空。強く吹き上げる風が頬に冷たい。暑い夏の日だった。



「西森さんに、あなたは相応しくない。親父の方が西森さんを幸せにできる。だから、ここは通しません。。あなたに殺されても」



大きな部屋の中でもよく響く、透き通った声だ。こいつはよくわかっているのだなと速水は思った。一度人を殺せば、次また同じ想いをした時に衝動に負けて人を殺してしまう。速水にもそれはよくわかっていた。



西森のような優しくて温かい心に憧れて惹かれて。余りにも柔らかく包み込むから。急に怖くなって配達を言い訳をして逃げていた時もある。でも実際に離れると辛くて寂しくて。気づいたら腕の中に閉じ込めていた。いつか悲しい衝動が溢れてきた時に、西森を傷つけてしまうかもしれない。怖くなって何度西森から距離を置こうとしただろう。逃げても逃げても、心が求めてしまう。逃げることを止められたら、西森を守ると自分自身を信じることができたなら。



目の前のアキラは自分だ。冷たい悲しい心と殺意の怖さを知っている。人を殺す悲しさと同じことを繰り返す激しい衝動を知っている。アキラの言うことは正しい。速水は静かに目を閉じた。



「。。西森。。でも。。お前は最後まで聞いてくれたな」



人を殺したこと、両親を焼き殺したこと、そのすべてを速水は西森に話していた。隠しきれることではないし、ずっと一緒にいるのなら知っておいてほしい。何もかも正直にありのまま伝えた。



話終えた後、苦しくて怖くて目を開けることができなかった。どのくらい目を閉じていただろう。果てしなく長い時間が経っているような気がした。



暗い視界の中で速水の頬に柔らかくて温かい何かの感触がする。不審に思っていると今度は反対側の頬にまた優しい感触がした。速水の鼻先、こめかみ、怖くて開けることができない瞼。おでこに眉毛に何度も優しく触れてくる。何も言わないくせに、それらの感触はひどく優しい。堪らず目を開けて西森を見ると、まるで悪戯っ子のように屈託なく笑っていた。



涙を流しているのにとても楽しそうな目をして笑っている。西森の子供のような無邪気な目から、止めどなく涙が溢れている。思わず流れる涙に触れれば、嬉しそうに目を細めて速水に抱きついてきた。甘えるように顔をすり寄せてきて、抱き締めてほしいと駄々をこねる。速水は急に可笑しくなって心から声を立てて笑った。



過去をすべて話した後の西森の笑顔が甦ってくる。何度離れようとしても、西森は速水の冷たい心をあるがまま受け入れてしまった。速水が信じられないくらい優しく、嘘のように柔らかく。心の冷たさが西森の温かさにゆっくりと溶けて消えていく。西森はいつも幸せそうに笑っていた。



「でも、譲れないんだ。西森は離れようとする俺にすり寄ってくるから。泣きながら楽しそうに甘えてくるから。俺は、西森のそばにいるんだ」



お前の言うことはよくわかる。正しいよ。速水はいつの間にか泣いていた。頬に流れる水滴を気にせず、アキラに笑いかける。この世の中の誰からも理解されなくていい。アキラにもアキラの親父という人物にも。杉崎やさつきや旅館の女将、正宗、雅也、配達の原田や上司からも理解されなくてもいい。



二人だけ。西森と亮太郎。自分の過去をすべて受け入れて認めてくれた存在がいる。一人は自分を人の中へと導き、もう一人はそばにいて愛を教えてくれた。だから、会いたい。速水はアキラを真っ直ぐ見つめた。



冷たい目をしていたアキラが驚いた顔で速水を見つめている。時々、息をのんで浅い呼吸を繰り返す。本気ですか。。?と小さく呟いた。



「西森に会いたいんだ。俺の宝なんだよ。。認めてくれなくていい。信用できないなら、監視してくれ。危ないと思ったら、俺を殺してくれていい。西森を返してくれ」



速水の目から涙が流れて止まらない。見たこともないような無垢で美しい目だ。構えを解いて無防備のまま見つめる速水にアキラは呆然と立ち尽くした。

皆様こんばんは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

今日はそーめんです!わくわく♪麺類の時はとてもテンションが上がります。うふふふふ!

ではでは皆様これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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