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お花屋さん ー夏ー  作者: ニケ
13/16

広がっていく愛

速水がいる。こうして抱き締めてもらうと安心して温かい気持ちが広がっていく。心が、体が、ゆっくりと解れていく。西森はほっと息を吐いた。今までの寂しさが溶けていくようだ。世界の音という音が消えてしまって、耳元から速水の鼓動だけが聞こえてくる。規則正しく柔らかで、速水が生きているのだなと強く感じた。



心臓が波打つ一つ一つの音。速水の命を繋いでいる。愛しい。西森は溢れてくる温かさと熱に少し目眩がした。強く抱き締められて速水の顔が見えない。急に見たくなって西森は速水の腕の中でもがくように体を動かした。



「もう少しだけ。。西森」



囁くような、か細い声が聞こえる。小さくて、弱々しくて。こんな速水の声は初めてだ。



ずっと会いたかった。本当はそばにいたかった。会えなくてとても寂しかった。この気持ちを速水に伝えたくて顔を見たいのに。強い力で胸に抱き締められていて、顔を上げることができない。西森のささやかな願いは叶わなかった。



「速水さん」



速水の顔が見たい。伝えたいことはたくさんある。だが実際に口から出てくるのはそれだけだ。名前を呼ぶことしかできない。大丈夫だとか、怪我をしていないかとか。こんな時、もっと気の利いた言葉の一つでもかけてあげたい。何も思い浮かばない自分に西森はもどさしさと歯がゆさを感じた。今までにないほど強く速水に捕らえられている。痺れるような甘い束縛だ。心が震えている。



一緒に暮らすようになっても、速水の存在を感じると恥ずかしかったり照れが先に立って、自分の心を何とか気づかれないように必死だった。自分だけが焦ってときめいて、涼しい顔をしていた速水が少し憎たらしかった。速水は、自分のように緊張したり照れたりしないのだろうか。自分だけが速水を強く意識しているようで、西森は腹立たしかったのに。



よく見ると、西森を抱き締めている速水は小さく震えている。なんだか切なくなって急に胸が苦しくなった。



速水の不安や恐れを知らなかった。速水が配達に行く時も、会社や旅館の人達を大切にしているのだなと思っていた。寂しかったのは事実だが、速水が必要とされていて温かい人達のために働いている姿を見るのは西森の喜びでもあった。そのことを速水に伝えたことはない。自分の騒がしい気持ちにばかり意識が向いて、速水の表情の奥に隠された心を見逃してしまった。速水の心を見ようとしなかった。西森は悔しくなって速水の背中に自身の両手を強く回す。



気づいてやれなくて、見ようとしなくて、ごめんなさい。



心の中で何度も速水に伝えた。自分の本当の気持ちも、速水の気持ちも、照れや恥ずかしい想いに気を取られて見ようとしなかった。体面ばかり気にしていたのだなと西森は悔しく思う。



もっと大切なものがそばにあったのに。ちゃんと伝えないといけなかったのに。



後悔の波が押し寄せる。もし事件が起こらなかったら、今まで通り何も見ずに暮らしていたら。この大きなすれ違いに気づくことはなかったかもしれない。速水の気持ちを見ようとしなかったかもしれない。西森は急に怖くなって速水にしがみついた。



「。。?どうした?西森。。俺はここにいるから」



背中に回した腕に強く力を込める。速水に伝えたい。どんな小さな気持ちも速水の本当の声を聞かせてほしい。何でも言い合って、一緒に生きていたい。西森は溢れてきた自分の気持ちを心の中で強く感じていた。



伝えたい。今度こそ。これからもずっと。速水の拘束が少し緩められる。溢れる涙はそのままに西森は速水の顔を見た。いつもの柔らかな優しい目だ。温かくて穏やかで、心がゆっくりと解れていくのに、ドキドキして落ち着かなくなる速水の目。きっと、心が大きくざわめくのは目の前のこの男だけだろうと西森は思う。



こんな存在に出会えるなんて、奇跡なのか、悪戯なのか。怖くなるほど自分の心が震える。どうしようもない相手に出会ってしまったこと。



どちらなのかわからない。けれど、とても幸運なことなのだと西森は思った。心から好きになれる人に出会えたこと。この出会いを奇跡にしたいと強く思った。



今まで、心を見なかった自分。速水は西森から逃げていたと言っていたけれど、自分こそ速水から逃げていたと気づく。我が儘を言ってはいけない。困らせてはいけない。足れまといになってはいけない。嫌われることが怖くて、速水を失うことが怖くて、ありのままの自分を抑えていた。知らぬ間に自分に制約を作って速水から逃げていた。



「ごめんなさい。俺。。速水さんに」



涙を流しながら謝る西森に速水は首を屈めてそっと口づけを贈った。驚いて目を見開く西森に、なぜ?と速水の目は問いかけている。西森は自分が逃げていたこと、本当の速水の気持ちを見ようとしなかったことを謝った。頭が混乱して何をどう言ったのか覚えていない。ただ思いつくままに、心のままに伝えた。一生懸命伝えた。それしかできなかった。本当に伝えたいことはこんなにも言葉にはならないのだなと思う。速水は黙って静かに聞いている。話が終わった後、西森のおでこに優しくキスをした。



「馬鹿だなぁ。西森。そんな時は謝らずに、ありがとうって言うんだぞ」



愛してる、とか、好きだでもいいんだ。真剣な目で見つめる西森を茶化すように楽しげに笑っている。速水の笑顔がとても温かくて優しくて西森はまた涙が溢れてきた。いつものようにからかわれている。嬉しいのか悔しいのかわからない。心が痛いほど、とても温かいと叫んでいる。速水は笑いながら西森を強く抱き締めた。



「西森が俺から逃げていたって言うなら、俺たちお似合いだな。お互いに遠慮して、逃げて。またこうして仲直りして。いいコンビじゃないか」



今回は周りを巻き込んでしまったけれど、次からは二人で解決しよう。できるといいな。速水は嬉しそうに笑った。それを聞いていたさつきがぷっと小さく吹き出し、可笑しそうに笑っている。



「ちょっと!二人だけで解決しないでよね。面白そうだから、いつでも私たちを巻き込んでよ。そばにいるんだから」



明るい朗らかな声に速水と西森はさつきの方を見る。気づければ、老人もアキラも嬉しそうに笑っていて大きく頷いた。



「こんな面白い事件、またぜひ起こしてください。俺、すぐに飛んできますから」



楽しそうに笑うアキラの笑顔が眩しい。柔らかなアキラの目。初めてだなと速水は嬉しくなる。そうだ。無理をしなくていい。到らない所は補ってもらえばいいんだ。こんなに頼もしい人達がそばにいた。とても心強い。西森は照れ臭そうに、よろしくお願いしますと腕の中で頭を下げた。



工場の隠し部屋から老人やアキラ、さつきや気絶している杉崎と一緒に外へと向かう。隣にある速水の存在。自分の手を包み込む温かい手触りに西森は嬉しくなって下を向いた。西森が歩みを遅めると、隣の速水も寄り添うように遅くなる。繋いだ手から速水の熱が伝わってきて、急に頬の辺りが釣られたように熱くなった。豪華な絨毯の上を踏み締めるように歩いていく。連れてこられた時には見たこともない部屋がいくつもあって通り過ぎた。



「女将や正宗さんは今頃心配しているかもしれないな。。連絡しておこう。あと、雅也も。忘れてたわけじゃないぞ。雅也には秘密にしててくれよな」



そんなことで雅也は怒りはしないのだろうに、速水は気にしている。子供扱いをしてしまったと反省しているようだ。言わなければ隠せるのに、こんな小さなことも話してくれる速水が愛しい。西森は優しく笑って、わかったと頷いた。手を握る速水の力が強くなった気がする。嬉しそうに笑って見つめる目に西森は気のせいなんかじゃないんだと実感した。



「あ、さつきさんが倒してしまった兄さん達ですが。。ちゃんと兄貴が治療しました。今は楽しそうに旅館へ戻ってますよ。一応伝えておきますけど」



工場の入り口で倒れていた男達のことをさつきが案じていないかとアキラが気を回してくれた。さつきはほっと胸を撫で下ろして、ありがとうと屈託なく笑っている。担いでいた杉崎を持ち上げて位置を変えている。せめて手伝おうと申し出たアキラに、いいのよと優しく微笑む。嬉しそうに口角を上げて美しい笑顔になった。



「杉崎くん、ずっと西森くんを守ってたでしょ。きっと疲れているのよ。だから、こうして背負っていたいの。彼の重さってトレーニングにもなるし」



優しく笑った後、取り繕うように最後の言葉を付け加える。さつきの照れ隠しだなと誰もが思った。愛しい人を支えたい。どこで目覚めるか楽しみだと笑って起こさなかったのも杉崎への優しさだったのだとわかる。さつきらしい気遣いに皆がこっそりと笑った。



「そうですか。気絶していても、さつきさんの役に立てるなんて。杉崎さんは凄いですね」



いろんな愛の形がある。手を繋いで歩いていく速水と西森や、意識を失っても支えられている杉崎や支えることが楽しそうなさつき。面白くて温かい。アキラは老人に、楽しいですと呟いた。



「お前はずっと悲しい、苦しいものばかりが目に写っていた。これからは美しい、優しいものを見るようになったな。それでいい。ゆっくりと温かいものを感じていきなさい」



老人が優しくアキラの頭を撫でる。前を行く四人の温かな人達には気づかれていないようだ。ふわりと柔らかく笑って、嬉しそうに大きく頷いた。



旅館にはそれぞれの車に乗っていくことになる。速水がアキラを呼んだ。アキラは首を傾げて老人を見た後、速水の所にやって来た。



「乗っていけよ。というか、どうせお前が俺の監視役になるんだろ?めーいっぱい見せてやるから。今のうちに慣れておけ」



目を丸くして動かないアキラに西森が、さあ、乗って!と明るく話しかけた。何だか変な展開だなと戸惑いながら車に乗り込む。さつきは気絶した杉崎を後ろの席に寝かせて車のドアを閉めた。老人は部下達からいつもの黒張りの高級車に乗っている。旅館にはもう連絡が届いていることを速水に伝えると嬉しそうに笑って、ありがとうと声をかけられた。



「お爺さんが言ってたけど、旅館には今日から二日間予約を取ってたんだって。計画的だなぁ。。お婆ちゃんが行き当たりばったりだったからかも」



老人から写真を返してもらった西森が、静子の写真を胸に抱き締めながら楽しげに微笑んでいる。隣の速水がぷっと小さく吹き出した。不思議そうに見つめる西森に、だろうなと一言意味深に告げる。何のことだかわからない西森は、車を運転し始めた速水に何度も問いかけていた。



面白いなぁ。アキラは後ろから見ていて思う。



「何ですか?何でも言葉に出して伝えるって言ったじゃないですか。。その顔、ろくなこと考えていませんね。言ってくださいよ。怒りませんから」



助手席で西森が口を尖らせながら速水の方を向いている。速水は笑いながら、運転を理由に話を避けていた。二人の掛け合いが面白い。西森が繰り出す質問を速水がのらりくらりとかわしていく。意地でも伝えたくないのだなとよくわかる。見事なまでに次から次へと言葉が紡ぎ出されて会話が成り立っていく。アキラは二人の攻防戦を聞きながらいつの間にか笑っていた。



流れゆく窓の風景が美しい。暑い大きな太陽が傾いて、赤く優しく辺りを染めていた。



旅館に着くと女将や正宗が出迎えて待ってくれていた。事情を話そうとした西森に女将は優しく笑って小さく首を振る。ゆっくりと両手を広げると動かない西森の体を柔らかく包み込んだ。静かに女将から抱き締められる。穏やかな温もりの中に、ずっと感じたかった懐かしさがあった。安心して西森は目を閉じた。



「おかえりなさい。西森くん」



祖母の温かさに似た優しさを感じる。西森がこの田舎町に来て、祖母の花屋へとやって来る度いつも言ってくれた言葉。おかえり。今は亡き優しい笑顔と温かさを思い出す。懐かしい、大切な思い出。祖母の面影。西森はゆっくりと目を開けて伝えた。



「ただいま。今、帰りました」



帰ってきた。大切な場所に。体を少し離して頷く女将を西森は屈託のない明るい笑顔で見つめた。後ろから速水が、連れて帰りましたとぼそっと呟く。ぶっきらぼうな物言いに、女将や正宗、雅也を始め、旅館の仲居や板前達も大いに笑っていた。

皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

うふふふ!今日はくるくる寿司に行くのです!100均です。スシロー!お寿司♪お寿司♪とわくわくしております。ありがとう!

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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