第7話 公爵令嬢は女騎士を守りたい-1
バクスター公爵邸へ戻るなり、屋敷の中は騒然となった。
「早く医者を呼んで! ベラが怪我をしているのよ!」
馬車が玄関前に止まるのを待つことすらできず、コルデリアは車窓から声を上げた。
普段の彼女を知る使用人たちは、目を丸くした。
いつもなら何があっても取り乱さず、筆頭公爵家の一人娘らしく毅然としているコルデリアが、今日は明らかに狼狽している。
「コルデリア様、大丈夫ですから」
「どこが大丈夫なのよ! 酷い怪我だわ!」
ベラは自分の足で馬車を降りたものの、肩から胸元にかけて騎士服は赤く染まっていた。
コルデリアを庇ったせいで、こうなったのだ。
「医者はまだなの? 早くしてちょうだい!」
「ただいまお呼びしております!」
間もなく、公爵家専属医師が駆けつけた。
ベラは客間へ運ばれ、裂けた騎士服を脱いで傷の手当てを受けることになった。ベラを診た医師が言う。
「命に別状はありません。ただ、傷の位置がもう少しずれていたら、命を落としていてもおかしくありませんでした。……この傷跡は一生残るでしょうな」
「もしかしたら命を落としていたかも?……それに一生残るような傷なんて……縁談にだって影響するわよ。わたくしを庇ったせいで、どうしよう…… 」
コルデリアの声が震えたが、ベラはそんなコルデリアを見て少し困ったように笑った。
「コルデリア様。騎士って、そういうものですよ」
「そういうものって……」
「怪我くらい、当たり前にします。魔獣討伐にも行きますし、遠征だってありますから。傷跡が残るなんて、どうってことないんです」
そう言うと、ベラは包帯の巻かれた肩をちらりと見た。
「それに、これはコルデリア様を守った傷でしょう? だったら勲章みたいなものです。あたしは誇らしい気持ちでいっぱいです」
「……勲章?」
「はい」
ベラは嬉しそうに微笑んだ。
コルデリアを守るために傷を負い、跡が残ると聞いても、後悔するどころか勲章だという。
ついこの間まで、コルデリアはベラを恋敵だと思っていた。
身の程知らずで、ジークに取り入ろうとしている女なのだと。
(わたくしは王立騎士団本部にまで出向き、ベラにきつい事を言ったのに……そんなわたくしのために、なぜここまでできるの?)
「……どうして?」
ぽつりと声が漏れた。
ベラが首を傾げる。
「はい?」
「どうして、そこまでしてわたくしを守ったの?」
「だって、コルデリア様、すごくお優しいじゃないですか。最初にお菓子をいただいたとき、あたし、妹と弟の話をしましたよね?」
「……ええ」
「妹と弟は甘いものが好きで、本を読むのが好きだって」
もちろん覚えている。だからそれ以来、お菓子や書庫にあった子ども向けの本を、ベラが家へ帰るときは持たせていた。コルデリアにとって、それは本当に些細なことだった。バクスター公爵家にはお菓子などいくらでもあるし、本も山ほどある。
自分が読まなくなったものを譲ったところで、何の負担にもならない。
「コルデリア様は、あたしが話したことを覚えていてくださった。帰るときになると、『これは妹さんに』『こっちは弟さんに』って。毎回いろいろ持たせてくださって」
「そんなこと……」
「そんなことじゃないです。あたしには、すごく嬉しかったんです。あんな綺麗なお菓子を買ってあげるなんて、あたしの給料じゃなかなかできません。本を買ってやるのだって、簡単じゃないです」
平民にとって、本は決して気軽に買えるものではない。まして家計に余裕のないベラの家では、生活に必要なものが優先される。ベラの家族は王都の貧民街にある古びた集合住宅で暮らしているのだ。
「でも、それ以上に……あたしみたいな平民が話したことを、コルデリア様が覚えていてくれたのが嬉しかったんです。雲の上の存在なのに、あたしの家族のことまで気に掛けてくれる……貴族の方は、貧民街出身の平民なんて人間扱いしません。ゴミを見るような目で見られることだって、当たり前でしたから 」
その言葉に、コルデリアは息を止めた。ベラの顔には、何の嘘もなかった。
「だから、あのとき思ったんです。この方だけは絶対に傷つけさせたくないって。コルデリア様が無事なら、あたしの命なんて喜んで捧げますよ」
そう言って笑うベラの顔には、恩を着せようとする気配も、自分の勇敢さを誇るような様子もない。ただコルデリアが無事だったことを、心の底から喜んでいるだけなのだ。
そのことに気づいた瞬間、コルデリアの胸の奥が熱くなった。自分にとっては、屋敷にある菓子を分け、もう読まなくなった本を譲っただけの、ほんの些細なことだった。けれどベラは、その何気ない親切を大切に胸にしまい、コルデリアを守るために迷うことなく刃の前へ飛び込んだのだ。
「……ベラは本当にお馬鹿さんね」
コルデリアはつい数日前まで、ベラを嫌っていた自分を恥ずかしく思った。
そして同時に、強く思う。
(ベラを、もう誰にも粗末に扱わせたくないわ。彼女が剣を持って自分を守ってくれたように。今度はわたくしがベラをバクスター公爵家の力で守る!)




