第6話 命がけで守る女騎士
ハミルトン伯爵家でのお茶会を終え、コルデリアたちはバクスター公爵邸へ戻る途中だった。
いつもなら大通りを通るところだったが、その日は前方で荷馬車が横転し、道を塞いでいた。御者の判断で迂回することになり、馬車は人通りの少ない脇道へと入っていく。
窓の外を眺めていたベラは、ふと眉を寄せた。
妙に静かだった。
王都の中とはいえ、この辺りは屋敷街から少し外れている。それでも、ここまで人の気配がないのは不自然だ。
ベラが腰の剣へ手を添えた、その直後だった。
馬車が突然、大きく揺れて止まった。
「何事ですの?」
「コルデリア様、馬車の中にいてください」
返事を待たず、ベラは扉を開けた。
馬車の前には、顔を布で隠した男たちが五人立っており、手には武器を持っている。御者はすでに馬車の脇へ退いていた。
「金目当てなら、お前らは相手を間違えたわね」
ベラは静かに剣を抜いた。
その声音から、普段の柔らかさは消えている。
男の一人が鼻で笑った。
「女騎士が一人かよ。運が悪かったな」
「それはこっちの台詞よ」
次の瞬間、ベラの姿が消えた。
身体強化をし踏み込んだ足が地面を蹴り、最も近くにいた男との距離を一息で詰める。振り下ろされた剣を受けるのではなく、わずかに軌道を逸らし、そのまま相手の懐へ潜り込んだ。剣の柄が男の鳩尾へ叩き込まれる。
「ぐっ……!」
一人目が崩れ落ちるより早く、二人目が横から斬りかかってきた。
ベラは身体を沈めて刃をかわし、その勢いのまま足を払う。男が体勢を崩した瞬間、魔力をまとわせた剣で相手の武器だけを弾き飛ばした。
乾いた音を立てて、男の剣が地面を転がった。
「な……!」
「遅い」
振り返りざまに三人目の攻撃を受け流し、手首を打つ。
男の指から武器が落ちた。
わずかな間に三人を倒した。
馬車の中からその光景を見ていたコルデリアは、息を呑んだ。
(……強い)
ベラが王都騎士団の一員であり、何度も魔獣討伐や遠征に参加してきたことくらいは知っていた。
けれど、実際に戦う姿を見るのは初めてだった。
ベラには無駄な動きが一つもない。
普段はお菓子をもらっただけで子どものように喜ぶベラが、今はまるで別人だった。
剣を構えた横顔は鋭く、凛々しい。
日に焼けた頬も、強い意志を宿した目も、すべてがひどく美しく見えた。
残った二人も、ベラとの実力差を悟ったらしい。
「くそっ、こいつを相手にするな!」
一人が叫んだ。
「こいつはまともに戦って勝てる相手じゃねぇ。馬車にいる女を捕らえろ! 」
その言葉に、ベラの表情が変わった。一人が正面からベラへ斬りかかると同時に、もう一人が馬車へ走り出す。
ベラは舌打ちし、目の前の男の剣を受け流す。
(コルデリア様は絶対に守る!)
ベラは剣へ魔力を込め、一気に相手の武器を弾き飛ばした。そのまま男の胸元を蹴り飛ばす。
だが、ほんの一瞬遅かった。
「きゃっ!」
馬車の扉が力任せに開かれ、男がコルデリアの腕を掴み、強引に外へ引きずり出した。男はコルデリアを背後から抱え込み、喉元へ短剣を突きつける。
「おい、そこの女騎士、動くな!」
ベラの動きが止まり、コルデリアも顔を強張らせる。
「剣を捨てろ。でなければ、この女の喉を切る」
ベラは男をじっと見た。
男への距離は数歩だが、剣で斬り込めば、男が短剣を動かす方が早い。
それでも、ベラの頭の中は不思議なほど冷静だった。
どうすればコルデリアを傷つけずに済むか。
それだけを考えていた。
(コルデリア様だけは、絶対に守る)
コルデリアが筆頭公爵家の令嬢だからではない。
護衛対象だからでもない。
数日前まで自分を嫌っていたはずなのに、実際にそばで接してみれば、心根の優しい人だったから。
初めて高価な菓子をもらった日、ベラがあまりにも嬉しそうにしていたからだろう。それ以来、帰り際になると妹や弟にと言ってはお菓子や本を持たせてくれるようになった。
自分だけではない。
会ったこともない家族のことまで気にかけてくれる。
そんな優しいコルデリアを、自分の目の前で傷つけさせるわけにはいかなかった。
(この命に替えても)
ベラはゆっくりと剣を下ろした。
男の口元が歪む。
「そうだ。それでいい」
剣先が地面へ触れた瞬間、ベラは動いた。
身体強化を限界まで引き上げ、一気に距離を詰める。
「馬鹿が!」
男がコルデリアへ向けて短剣を振った。
間に合わないと判断した瞬間、ベラは迷わなかった。
コルデリアと刃の間へ、自分の身体を滑り込ませる。
鋭い痛みが肩を走った。
布が裂け、血が飛ぶ。
「ベラ!」
コルデリアの悲鳴が響いたが、ベラは止まらない。
傷を負った肩とは反対の手で男の手首を掴み、そのまま強く捻り上げた。
「ぐあっ!」
短剣が落ち、次の瞬間には男の身体を投げ飛ばし、地面へ叩きつけていた。
男が起き上がるより早く、ベラは剣を拾いその男を切り捨てた。
「コルデリア様へ刃をつきつけたお前は万死に値する」
怒りのこもった低い声だった。
周囲を見れば、残りの四人もすでに地面に倒れていた。
たった一人で、すべて制圧したベラはようやく剣を下ろし、すぐにコルデリアを振り返った。
「コルデリア様、お怪我はありませんか?」
「わたくしより、あなたでしょう!」
コルデリアは思わず声を荒らげた。
ベラの肩からは、血が流れている。
それなのに本人は、自分の傷などどうでもいいと言わんばかりにコルデリアの身体を確認している。
「大丈夫です。少し切られただけですから」
「少しなわけがないでしょう!」
コルデリアは震える手で、ベラの裂けた服へ触れかけ、血を見てまた手を止めた。
「どうして……あんな無茶をしたの」
ベラはきょとんとした。
「だって、あのままだとコルデリア様が斬られていましたから」
「だからって、あなたが代わりに斬られていい理由にはならないでしょう」
「でも、コルデリア様が無事なら、それでいいです」
本当に、そう思っている顔だった。
コルデリアは何も言えなくなった。
目の前にいるベラを、つい数日前まで自分は恋敵だと思っていた。
身の程知らずで、図々しくて、自分の婚約者に近づく女性だと。
けれどベラはさきほど、自分を守るために迷わず刃の前へ飛び込んだ。
しかも傷を負ったことを悔やむどころか、コルデリアが無事だったことに安堵している。
胸の奥が、強く揺さぶられた。
(……なんて人なの)
強くて凛々しくて、どうしようもないほど真っ直ぐだ。
血の滲む肩を押さえながら、それでも自分の前に立とうとするベラの姿が、コルデリアにはひどく眩しく見えた。
(わたくし、この子のことを何も知らなかったのね)
その瞬間、コルデリアの中で、ベラに対する感情が確かに変わった。




