第4話 公爵令嬢は観察する
バクスター公爵家では、毎週一度、コルデリアとジークが顔を合わせてお茶を飲むことになっていた。
婚約者同士の交流という名目ではあるものの、特別に堅苦しいものではない。ジークが午後に屋敷を訪れ、庭に面したサロンで一時間ほど話をして帰っていく。幼い頃から続いている習慣ということもあり、二人にとってはすでに当たり前のものとなっていた。
その日も、約束の時間になるとジークがやって来た。
ただし、いつもと一つだけ違うことがある。
コルデリアは、護衛であるベラをわざとサロンの中へ控えさせていた。
普段なら護衛騎士は扉の近くか廊下に待機させるところだが、今日は「何かあったとき、すぐ動けるように」ともっともらしい理由をつけて、少し離れた壁際に立たせている。数日前から胸の奥に引っかかっている疑問を確かめるには、ちょうどいい機会だからだ。
やがて使用人に案内され、ジークがサロンへ入ってくる。
「やあ、コルデリア。元気だったか? 」
「ごきげんよう、ジーク様。もちろん、元気でしたわ」
いつものように挨拶を交わしたジークだったが、その視線はすぐに壁際へ向いた。
「あれ、ベラじゃないか? そうか……ベラは高位貴族の家に護衛で呼ばれたと騎士団長から聞いていたが、バクスター公爵家だったのか」
そして次の瞬間には、ひどく気軽な調子でそちらへ歩いていく。
「調子はどうだ? 筆頭公爵家のお嬢様の護衛なんて緊張するだろ?」
一方のベラは、一瞬だけ困ったように目を泳がせたあと、ぎこちない笑みを浮かべて頭を下げた。
「……コルデリア様がお優しいので、楽しく働かせていただいています」
ジークに向ける笑顔は、いわゆる愛想笑いの類いだ。コルデリアには輝くような笑顔を見せていたので、その違いは歴然だった。
(……おかしいわね? ジークに会えて嬉しくないの?)
コルデリアが黙って様子を見ていると、ジークはそんなベラの態度など気にも留めず、ベラの腕をとりながら、テーブルへ向かった。
「せっかくだから、ベラもこっちに座ればいいじゃないか」
「いえ、あたしは護衛ですので遠慮します。それよりジーク副団長、腕を離してもらえませんか?」
「別にいいだろ。お茶くらい飲んだって。え? 腕を離せだって? なに意識してんだよ。俺は上官で、これだけ可愛がってやっているんだぞ。遠慮するな。どうせ立ってるだけじゃ暇だろ?」
「いえ、勤務中なので。それに喉は渇いてないです」
ベラの顔には、はっきりと迷惑だと書いてあるのに、強引なジークにコルデリアは思わず眉を寄せた。
(すっごくしつこいわね。ジークの話と全然違う)
それから茶会が始まっても、ジークの様子は変わらなかった。
最近の騎士団の話になれば、
「そういえばベラ、この間の遠征で――」
と、すぐに話題をベラへ振る。
コルデリアが領地で行われる祭りの話をすれば、
「ベラ、こういう祭りって行ったことあるか?」
と、またベラを見た。
そのたびにベラは律儀に答えていたが、どう見ても会話を楽しんでいる様子ではなかった。必要なことだけを答え、そのあとはすぐに口を閉ざした。
しかも時折、コルデリアの方へ申し訳なさそうな視線を向けた。
コルデリアは最初、気のせいかと思った。だが何度目かに目が合ったとき、その目がまるで「どうにかしてください」と訴えているように見えた。
(……わたくしに助けを求めているの?)
まさかと思ったが、ベラはまるで子犬が飼い主を見上げるような表情をしている。
コルデリアはしばらく考えたあと、ふと今日の予定を思い出した。
「そういえば、今日、仕立て屋に頼んだ新しいドレスが仕上がるわね?」
傍らに控えていた侍女が小さく頷く。
「はい。これから受け取りに向かう予定でございます」
「では、ベラ。あなたも一緒に行ってちょうだい」
「あたしが、ですか?」
「ええ。かなり高価なものですもの。道中、何かあってはいけないでしょう? 侍女の護衛をお願いするわ」
その瞬間、ベラの頬が緩み、嬉しそうに声を弾ませた。
「はい! かしこまりました」
ベラは軽やかな足取りで礼をすると、そのまま侍女と部屋を出ていく。
扉が閉じた瞬間、コルデリアは確信した。
(今、あの子は明らかにほっとしていたわね。まるでベラはジークを避けたいみたい……おかしい……)
そんなコルデリアの胸中など知らず、ジークは呆れたように言った。
「コルデリア、ちょっと意地悪じゃないか?」
「……何がかしら?」
「せっかく俺とベラが久しぶりに会ったのに、わざわざ用事を言いつけて追い出すなんてさ」
久しぶり、と言ってもたいした日数は経っていない。
コルデリアは思わずジークの顔をじっと見つめた。
「ベラに嫉妬するのはお門違いだぞ。かわいそうじゃないか。あいつだって俺を頼りにしていて、きっともっと話したいと思っていたはず。いくらコルデリアが俺を愛しているからって、心が狭すぎるし非常識だ」
ジークはコルデリアを責めた。
それを聞いたコルデリアは、首を傾げる。
部屋へ入るなりベラに声をかけ、近くへ座らせようとし、お茶まで勧め、何かにつけて会話へ引き込もうとしていたのはジークだ。どちらが非常識なのかは考えなくてもわかる。しかも、コルデリアの嫉妬と決めつけたことに彼女はため息を吐いた。
(ベラがジークを頼りにしていて、もっと話したいと思っているですって?)
どう見ても、ベラはジークから逃げたがっていた。それなのに本人は、まるで自分が慕われているかのように話している。
(……これでは勘違いというより、妄想ではないかしら?)
コルデリアは目の前の婚約者を見つめた。これまで彼の自信に満ちた態度を頼もしく思うこともあった。けれど、今はその自信がひどく独りよがりなものに見えてしまう。一度そう思うと、ジークの得意げな顔を見るのも、なんだか腹立たしくなってきたのだった。




