第3話 喜ぶ女騎士と不思議がる公爵令嬢
翌朝、ベラは騎士団長から思いがけない命令を受けた。
「ベラ・クルエット。本日よりしばらくの間、バクスター公爵令嬢の護衛任務に就け」
「……はい?」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。
「バクスター公爵令嬢……というと?」
「昨日、ベラを訪ねてきた方だ。先方から女性騎士を一名、護衛として付けてほしいと正式な要請があった。しかも、ベラを名指しでな」
王立騎士団には、王家から認められた高位貴族の要請に応じ、一定期間だけ護衛騎士を派遣する制度があった。コルデリアはその制度を利用し、バクスター公爵を通じてベラを指名したのである。
「私を?」
「ああ。筆頭公爵家の女性騎士が辞めたばかりなんだと。新しく雇い入れるまでの繋ぎで派遣してほしいそうだ。直々の依頼だ。粗相のないようにな」
「はい!」
返事をした瞬間、ベラの胸が高鳴った。
(えっ、すごい! 筆頭公爵家の令嬢の護衛って、これかなり名誉な仕事なんじゃないの?)
これまで魔獣討伐や遠征には何度も出てきたが、高位貴族の、それも筆頭公爵家の一人娘を直接護衛する機会などなかった。
(もしかして、ちゃんと務めたら評価も上がる? 手当とか付いたりするのかな。家に入れるお金を少し増やせるかもしれない)
そう考えた途端、気合が入った。
もっとも、依頼主が昨日のコルデリアだという点だけは少し気になった。
(昨日の今日だもんなぁ……)
けれど任務は任務だ。
ベラはその日のうちにバクスター公爵家へ向かった。
門をくぐった瞬間、思わず足が止まる。
(ひ、広い……)
屋敷というより、お城だ。磨き上げられた床に天井から下がる大きなシャンデリア。
廊下に飾られた絵画や調度品も、ベラには値段の見当すらつかない。
サロンで待っていたコルデリアは、今日もやはり息を呑むほど美しかった。淡い水色のドレスに、金色の髪がよく映えている。
(今日も綺麗だなぁ……)
「来たのね」
「はい。本日より護衛を務めさせていただきます。ベラ・クルエットです。よろしくお願いいたします」
コルデリアはそんなベラをじっと見つめた。
「あなたには、しばらくわたくしの護衛をしてもらいます。買い物やお茶会にも付き添ってもらうことになるわ。外出するときは、基本的にわたくしの側にいてちょうだい」
「はい、かしこまりました」
ベラは思わず背筋を伸ばした。
筆頭公爵家の令嬢を間近で護衛するなど、そうそうある任務ではない。
緊張はするが、それ以上に誇らしい気持ちの方が強かった。
そんなベラの様子を、コルデリアはじっと見つめている。
「その間、騎士団の通常任務からは外れることになるわよ」
「はい、わかっています」
「……当然、ジークと顔を合わせる機会もほとんどなくなるわ」
そこでベラの表情がぱっと明るくなった。
「それは助かります!」
「……え?」
コルデリアが目を瞬く。ベラは慌てて口元を押さえた。
「な……なんでもありません」
「……そう」
コルデリアは内心がっかりしていた。女性騎士が辞めたのは本当だが、わざわざ王立騎士団から護衛を派遣してもらうほど困っていたわけではない。ジークとベラを引き離すために、父を通じてベラを指名しただけのことだ。 好きな男と会えなくなり、その婚約者の護衛までさせられる。さぞ屈辱だろうと思っていたのに、当のベラは嬉しそうである。
(……どういうことなの?)
それから数日、ベラはコルデリアの外出に付き添った。慈善施設への訪問や貴族令嬢たちとのお茶会。王都随一の高級菓子店での買い物だ。ベラにとっては、どれもこれも初めて見る世界だった。
(コルデリア様って子どもに優しいー)
(この紅茶一杯で、うちの何日分の食費になるんだろう?)
(うわぁ……こんなすごいお店、初めて入るー。お菓子が宝石みたい!)
護衛中なので表情には出さないよう気をつけていたつもりだったが、どうやら少し出ていたらしい。
屋敷へ戻ったあと、コルデリアが小さくため息をついた。
「ずいぶん楽しそうね。護衛任務だということを忘れてはいないでしょうね? 」
「す、すみません」
「別に怒ってないわ」
そう言って、コルデリアはさきほど買ったお菓子の箱へ視線をやった。色とりどりの小さな焼き菓子が綺麗に並び、見た目にも楽しい。あんまり可愛いから五箱も買ったのだが、コルデリアはふと思いついた。
「たくさん買いすぎてしまったから、あなたに一箱あげるわ」
「えっ?」
「だって、食べたことないでしょう?」
コルデリアは平民の騎士の給料がどれほどのものか知らない。しかし、この流行の焼き菓子が平民には手軽に買えないことぐらいは理解していた。
恋敵である自分からお菓子を恵まれるなど、きっと屈辱に違いない。
少しは悔しそうな顔をするかしら――そう思って差し出したのだが。
ベラの顔が、ぱっと輝いた。
「いいんですか!?」
「……ええ」
「ありがとうございます!」
想像していた反応と違う。
しかもベラは箱の中を覗き込み、ますます嬉しそうに目を輝かせた。
「すごい……こんな綺麗なお菓子、初めて見ました。これ、今食べなくてもいいですか? 持って帰りたいんです」
「……好きになさい」
「やった!」
ベラは満面の笑みを浮かべた。
「妹や弟は甘いものが大好きなんです。絶対喜びます!」
「……妹と弟がいるの?」
「はい。うちは余裕がないので、こういうお菓子は食べられなくて……おやつといえば、ふかしたお芋ぐらいです。妹たちはお菓子も好きですが本も好きで……」
嬉しそうに話すベラを見て、コルデリアはしばし黙り込んだ。
(……おかしいわ)
屈辱を与えるつもりだったが、どう見ても喜んでいる。
むしろ今日一番の笑顔である。
「そんなに嬉しいの?」
「はい! もちろんです。これほど可愛いお菓子をもらって嬉しくない人なんていません」
「……わたくしからもらったものなのよ?」
「はい?」
ベラは不思議そうに首を傾げた。
「だから……その……」
コルデリアは言葉に詰まる。
恋敵から施しを受けるなんて悔しくないのか、と聞こうとしてやめた。
そんなことを口にすれば、自分がずいぶん意地の悪いことを考えていたと認めるようで、さすがに気が引けた。
「なんでもないわ。妹や弟がいるならもう一箱持っていきなさい」
「わぁー、いいんですか? コルデリア様って、お優しいんですね」
「……は?」
「こんな高級なお菓子をいただけるなんて思ってもいませんでした。あたしの妹たちまで気にかけてくださって、嬉しいです。見た目もお綺麗だと思ってましたが、心も天使のようですね!」
ベラはそう言って、屈託のない笑顔を浮かべた。コルデリアは何も言えず、その顔を見つめる。
ジークと引き離しても、嫌がらない。
自分の護衛を命じても、むしろ喜んでいる。
恋敵であるはずの自分からお菓子を与えられても、悔しがるどころか、心から嬉しそうに礼を言い、コルデリアを天使のようだとまで褒め称えた。
(……どういうことなのかしら?)
コルデリアは首を傾げたのだった。




