第2話 公爵令嬢の怒り
コルデリア・バクスター公爵令嬢は騎士団本部の応接室で出された紅茶をゆっくりと飲みほしてから、長い廊下を歩いていた。玄関前にはバクスター公爵家の馬車を待たせてある。
そこへ向かう途中、開け放たれた扉の向こうから賑やかな笑い声が聞こえてきた。騎士団員たちが利用する大食堂だ。何気なくそちらへ目を向けたコルデリアは、ぴたりと足を止めた。
「……え?」
見間違えるはずがない。そこにいたのは、婚約者のジークだった。そして、その隣に座っているのは、つい先ほど別れたばかりのベラである。二人は並んで昼食を取っていた。
「ほら、これも食えよ」
「いえ、大丈夫です」
「遠慮すんな。ベラ、朝から訓練だっただろ? 腹がすいているはずだ」
「あたしのことは気にかけないでください」
「いいじゃないか。俺とベラの仲だろう」
ジークは楽しそうに笑いながら、ベラの皿へ自分の料理をわけていた。対するベラは、決して喜んでいたわけではない。むしろ先ほどコルデリアと約束したばかりなのだから、できればジークとは距離を取りたいと思っていた。
しかし、そんなベラの気持ちをコルデリアは知らない。彼女の目に映ったのは、楽しそうに笑うジークと、そのすぐ隣で食事をしているベラの姿だけだ。
コルデリアは思わず眉をひそめた。先ほどベラから聞いた「……以後、気をつけます」という言葉を思い出し、コルデリアの表情が険しくなる。
(これのどこが、気をつけているというのよ?)
そのとき、ジークが何のためらいもなくベラの腰へ腕を回した。ベラがジークの腕を強く振り払うこともなく、その場から離れもしないため、コルデリアには親しげにじゃれ合っているようにしか見えない。実際のところ、ベラはただひたすら我慢していただけなのだが。
「……なんて図々しい。わたくしの言葉を無視したのね?」
コルデリアから思わず漏れた声には棘があった。
「お嬢様?」
付き添っていた侍女が、心配そうにコルデリアを見る。
「なんでもないわ」
コルデリアはふいと顔を背けた。彼女はジークから聞いていた話を思い出す。
『あいつは俺のことをずいぶん慕っていてな。何かと俺を頼りにしてくるし、できるだけそばにいたいようなんだ』
『騎士としても腕がいいから、俺も何かと気にかけてやっている。平民の女騎士は他の団員から虐められやすいからな。あいつも俺がそばにいると安心するらしい。まあ、上官として放っておくわけにもいかないだろう?』
そんなジークの言葉から、コルデリアはすっかりベラの方が、ジークにつきまとっていると勘違いしていた。
コルデリアはもう一度食堂へ目を向け、改めてベラを見た。自分とはまるで違うタイプの女性だ。背が高く、すらりと伸びた身体には、騎士らしく程よく筋肉がついている。日に焼けた肌も、きりりとした顔立ちも、貴族令嬢のような繊細さや華やかさとは無縁だ。しかし、騎士服に身を包んだその姿には、女性らしい華やかさとは別の、凛とした美しさがあった。
「綺麗な女の子というより……格好いい女性よね。騎士服がとても似合うわ。でも、耳は良くないみたいね」
きっと一度言っただけでは、あの女性騎士には伝わらないのだ。ならば、もう少しわかりやすい形で思い知らせた方がいい。コルデリアはそう思った。
「……ちょっと、お灸を据えて差し上げた方が良さそうね」
静かにそう呟くと、コルデリアは踵を返したのだった。




