第1話 女騎士のもやもや
「わたくしはコルデリア・バクスター。筆頭公爵家のひとり娘ですわ。要件を単刀直入に申し上げますわね。わたくしの婚約者に、これ以上馴れ馴れしくしないでくださる?」
ベラ・クルエットは目を瞬いた。
ここは王都騎士団本部の応接室である。
勤務中、突然事務長から「面会を希望されている方がいらっしゃる。くれぐれも失礼のないように」と呼び出され、何事かと思って来てみれば、待っていたのは金糸のような髪に澄んだ青い瞳を持つ、眩いばかりに美しい令嬢だった。
この国では女性にも爵位の継承が認められているので、コルデリアは次期筆頭公爵家の当主にあたる尊い身分である。
しかし、ベラにはまるで心当たりがなかった。いったい誰のことを言っているのかわからず、困惑したまま黙っていると、コルデリアがわずかに目を細める。
「とぼけなくてもよろしくてよ。ジーク様とは、いつも行動を共にしているのでしょう?」 その名前を聞いて、ようやくベラにも話が見えた。
ジーク・ドジソン――王都騎士団の副騎士団長であり、ベラの直属の上司でもある男だ。 もちろんジークがドジソン侯爵家の三男であることはベラも知っていたが、婚約者がいるとは知らなかった。そもそもベラにとって、貴族同士の婚約や家同士のつながりなど、縁のない遠い世界の話だったからだ。
ベラは貧民街育ちの平民だ。早くに父を亡くした家計にはいつも余裕がなく、少しでも母の助けになりたい一心で、幼い頃から剣を握ってきた。幸いにも、彼女には類まれな魔法の才があった。得意なのは身体強化と、剣に魔力をまとわせる付与魔法。身体強化によって常人離れした速さと力を発揮し、魔力を帯びた剣は、分厚い鎧さえ容易に切り裂く。その実力は騎士団の入団試験でも群を抜いており、ベラは堂々の首席で合格を果たした。
しかし、騎士団に入ってからは順風満帆とはいかなかった。騎士団では家柄や有力者の推薦が昇進を大きく左右し、相応の財力も必要とされた。貧民街出身で後ろ盾もないベラは、どれほど功績を上げても下級騎士のままだった。
そればかりか、上官であるジークはベラの手柄を何度も自分のものにしていた。魔物討伐でベラがどれほど活躍しても、公式の報告書にはジークの功績として記される。それでもベラは黙って耐えるしかなかった。
ベラの給金は、自分一人のためのものではない。家族の生活費はそこから出ている。騎士団を辞めれば困るのはベラだけではなく、家族全員なのだ。もちろん母も仕立て屋でお針子として働いているが、給金は安い。
そんなベラにとって、ジークはあくまで上司で、逆らえない相手だった。訓練の後、食事に誘われることも多く、騎士専用棟の大食堂で隣に座らされた。ベラの方から親しくしようとしたことなど一度もない。とはいえ、侯爵家の子息であり副騎士団長でもあるジークの誘いを、平民の一騎士にすぎないベラが強く拒絶できるはずもない。
ベラはどう返事をしたものかと悩んだ。ジークの誘いを断れる立場ではないと説明したところで、貧民街出身の自分が高貴な令嬢に長々と身の上話をするのも憚られる。かといって、ジークの方から積極的に近づいてくるのだと話せば、上司であり、目の前の令嬢の婚約者でもある男性を悪く言うことになってしまう。結局、ここは余計なことを言わず、当たり障りのない返事をするのが一番だと思った。
「承知しました。以後、気をつけます」
ベラはそう答えて、口を閉ざした。
ところが、コルデリアが求めていた反応は違う。
「……ずいぶん平然としていらっしゃるのね」
「はい?」
「普通なら、少しくらい申し訳なさそうにするものよ。わたくしの婚約者に付きまとうなど身の程を知りなさい!」
そこでようやく、ベラは自分が謝罪の言葉を口にしていなかったことに気づいた。
「す……すみません。付きまとうなんて……そんなつもりはありません」
「どうだか。とにかく、これから気をつけてくだされば良いわ」
「はい。かしこまりました」
「勤務に戻って良いわよ。行きなさい」
コルデリアとしてもベラを虐めたくてここに来たのではない。ただ、婚約者として当たり前に親しく近づきすぎる女性に注意をしに来ただけなのだ。
(これで態度を改めてくれるわよね)
そう思っていた。
しかし注意をされたベラ本人は、まったく別のことを考えていた。
(やっぱり公爵令嬢ともなると顔立ちだけでなく、声まで美しい。鈴を転がすような澄んだ声って、ああいう声をいうんだろうなぁ)
すっかり感心していたのである。
ベラが訓練場へ戻るなり聞き慣れた声が飛んできた。
「ベラ。どこ行ってたんだ? 探したぞ」
振り向けば、副騎士団長のジーク・ドジソンがこちらへ歩いてくるところだった。
(うわっ、来たよ。なんでこの人、あたしを放っておいてくれないのかなぁ)
ベラは内心げんなりした。
ジークは何も知らない。つい先ほど、自分の婚約者がベラに注意をしたことも、いつもベラが迷惑だと思っていることも。ジークはいつもと変わらない様子で近づくと、そのまま当然のようにベラの肩に手を置いた。
「ちょうどいい。一緒に昼飯でも食おうぜ。今日も俺が奢るよ」
「いえ、今はお腹がすいてません」
「そんなわけないだろ? 遠慮なんて水くさい。いいから、食堂へ行くぞ」
ジークはそう言うと、さらに自然な動作でベラの腰に手を回した。
「ジーク副団長、近いです」
「ん?」
「近いですってば。もっと離れてください。いつも言ってますよね」
「なんだよ、今さら照れてるのか? 仲間なんだから気にすんな」
ジークが豪快に笑う一方で、ベラはつい先ほど会ったばかりのコルデリアの美しい顔を思い出し、ため息を吐いた。
(馴れ馴れしくしないでって言われたけれども、強引に馴れ馴れしくしてくるのはジーク副団長のほうなんだよなぁ……)
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