第16話 悪あがきをする男
「こ、婚約破棄ですって!?」
ジークはドジソン侯爵が差し出した書簡を奪うように受け取り、慌てて目を走らせた。
そこには確かに、婚約破棄を申し入れる旨が記されていた。さらに、ジークのこれまでの振る舞いについて、侯爵家としての見解まで求められている。
「な、何かの間違いでしょう! コルデリアが婚約破棄を望むはずがありません!」
「間違いで筆頭公爵家がこのような書簡を寄越すものか!」
「ですが、先日会ったときには、少々機嫌を損ねていたものの、最後には納得してくれたはずです」
「機嫌を損ねた? いったい何があったのか詳しく話せ!」
厳しく問い詰められ、ジークは先日の出来事を説明した。
コルデリアがベラに嫉妬し、虐めているのではないかと疑ったこと。ベラを救うため、代わりの女性騎士を派遣して騎士団へ戻そうとしたものの、コルデリアに反対されたこと。
ジークは何一つ悪いことをしたつもりがなく、むしろ部下を守ろうとした自分の判断は正しかったと考えている。
しかし、話を聞くうちにドジソン侯爵の表情は険しくなっていった。
「……お前は、コルデリア嬢がベラを虐めていると、本人に向かって言ったのか?」
「ええ。俺への嫉妬は理解できますが、だからといって立場の弱い平民を虐めるのはよくありませんからね」
「大馬鹿者めっ!」
侯爵の怒声が執務室に響き渡った。
「婚約者がほかの女との距離を改めるよう求めているのに、お前は嫉妬だと決めつけたのか! 挙げ句の果てに、コルデリア嬢がベラを虐めているとまで言っただと!?」
「ですが、父上。コルデリアは昔から俺のことを慕っていますし、ベラも俺のもとへ戻りたがっているんです。俺は二人のためを思って……」
「そのベラという女性騎士は、本当に戻りたいと言ったのか?」
「いえ、本人はコルデリアの側にいたいと言っていましたが、あれは公爵令嬢の前だから本音を言えなかっただけでしょう」
「……お前という奴は!」
ドジソン侯爵は額を押さえた。
騎士として優秀で将来を期待していた息子が、ここまで他人の意思を無視する男だったとは思いもしなかった。
しかも、相手は筆頭公爵家の一人娘である。その令嬢を根拠もなく虐めの加害者扱いしたとなれば、公爵が激怒するのも当然だった。
「とにかく、先方から正式に婚約破棄を申し入れられた以上、こちらが簡単に覆せる話ではない。……受け入れるしかあるまい」
「そんな! 父上、これはコルデリアの誤解です。俺が直接話せば、すぐに解決しますよ」
「待て、ジーク! 勝手なことをするな!」
しかし、ジークは聞く耳を持たなかった。
そもそも、コルデリアが本気で婚約破棄を望んでいるなど、ジークにはどうしても信じられなかった。
きっとベラへの嫉妬から父親に泣きつき、話が大きくなってしまったのだろう。コルデリアは自分を愛しているのだから、会って話せばすぐに誤解も解けるはずだ。
「大丈夫ですよ、父上。俺に任せてください!」
そう言い残すと、ジークは侯爵の制止も聞かず、執務室を飛び出した。
「ジーク! 戻ってこい!」
父親の怒声を背に、ジークは急いで馬に飛び乗った。
婚約破棄を申し入れられたというのに、ジークはまだ、自分がコルデリアに愛されていると信じて疑わなかった。




