第17話 勘違いすぎる男
その頃、バクスター公爵邸では、第二王子レオナードを招いた茶会が開かれていた。
レオナードは以前から公爵夫妻とも親交があり、この日の訪問もかねてから予定されていたものだった。
「それにしても、コルデリアは随分と表情が明るくなったね。以前会ったときは、少し元気がないようだったけれど」
「ありがとうございます、殿下。実は、長年悩んでいたことにようやく決着がつきました」
「ほう。それはよかった。何があったんだい?」
「ジーク様との婚約を破棄することにいたしました」
コルデリアがそう答えると、公爵も頷いた。
「私としても、もっと早く相談してほしかったところです。娘があれほど悩んでいたとは、気づいてやれませんでしたから」
「あら、あなた。今はこうして晴れやかな顔をしているのですから、よろしいではありませんか」
公爵夫人が微笑み、コルデリアも嬉しそうに頷いた。
すると、レオナードが身を乗り出した。
「それは私にとっても朗報だ!」
「……殿下?」
「実は、以前からコルデリアとの婚約を望んでいたんだ。だが、わたしは第二王子だからね。兄上に世継ぎが生まれるまでは、王家を離れて婿入りするわけにはいかなかった」
レオナードは嬉しそうに笑った。
「ところが先月、兄上に王子が生まれた。これでわたしも自由に結婚相手を選べるようになったというわけだ」
「まあ……」
突然の話に、コルデリアは目を丸くした。
そんな彼女に、レオナードはまっすぐ微笑みかけた。
「コルデリア。ぜひ、わたしを次の婚約者候補に加えてくれないか?」
第二王子からの思いがけない申し出に、コルデリアは驚いて言葉を失った。
少し離れた場所には、レオナードの専属護衛騎士と、コルデリアの護衛を務めるベラが控えている。二人は互いに挨拶を交わしたあと、主人たちの会話を妨げないよう静かに周囲へ目を配っていたが、素晴らしい主たちの縁に喜んでいた。
そんな和やかな茶会の最中、執事が公爵のもとへやってきた。
「旦那様、お話し中のところ失礼いたします。ドジソン侯爵家のジーク様がお見えになっております」
その名を聞いた途端、公爵の表情が険しくなった。
「ジーク君だと? 約束もなくいきなり訪ねてくるとは……やはり常識がない」
「コルデリア様にどうしてもお会いしたいとおっしゃっております。来客中なのでお引き取りいただくよう申し上げたのですが、会ってくれるまで帰らないと……」
「まったく、何を考えているんだ。こちらは婚約破棄を通知するほど不愉快なのに、勝手に押しかけてくるとは。追い返しなさい」
「かしこまりました」
使用人が退出しようとしたところで、コルデリアが声をかける。
「お父様、少々お待ちくださいませ」
「どうしたんだい、コルデリア?」
「ジーク様と一度だけお話ししておこうと思います」
公爵は驚いたように娘を見た。
「しかし、昨日あれほど嫌がっていたではないか。無理に会う必要などないんだよ」
「ええ、わかっております。ですが、このままお帰りいただいても、また同じように押しかけていらっしゃるかもしれません。それなら、一度だけわたくしの口から、結婚する意思がないことをはっきりお伝えしたほうがよいと思うのです」
コルデリアの言葉を聞き、公爵はしばらく考え込んだ。
確かに、ジークが本人から直接話を聞きたいと言って押しかけてきたのであれば、今日追い返したところで、素直に諦めるとは限らない。何より、娘が自分の意思で話をすると決めたのなら、それを尊重してやりたいという気持ちもあった。
「わかった。ただし、少しでも嫌な思いをしたら、すぐに話を打ち切って構わないからね」
「ありがとうございます、お父様」
そこで王子が口を開いた。
「どうやら、少々込み入った事情があるようですね。私は席を外しましょうか?」
「いいえ、殿下。せっかくお越しいただいたのに、こちらの事情でお席を外していただくわけにはまいりません」
公爵がそう答えると、王子も頷いた。
「それなら、私も同席させていただきましょう。差し支えなければ、ですが」
「もちろんです。お見苦しいところをお見せすることになるかもしれませんが、ご容赦ください」
公爵はそう言うと、使用人にジークを案内するよう命じた。
コルデリアは静かに紅茶のカップを置いた。昨日までは、ジークと顔を合わせることさえ気が重かったが、今はもう婚約者として気を遣う必要もない。これが最後の話し合いになるのなら、自分の気持ちをきちんと伝えて終わりにしようと思っていた。
やがて扉が開き、執事に案内されたジークが姿を現した。
「コルデリア! よかった、会えて。まったく、君のせいで大変な騒ぎになっているんだぞ」
ジークは室内にいた公爵夫妻や第二王子の姿を目にして一瞬躊躇したものの、すぐにコルデリアへ向き直った。
「父上のところに婚約破棄の書簡が届いたんだ。君がそこまで焼きもちを焼いていたとは思わなかったよ。だが、何も父上たちを巻き込むことはないだろう?」
その言葉に、コルデリアは呆気に取られた。
まさか、ここまできてもこんなことを言うとは想像もしていなかったのである。
「ジーク君」
公爵が低い声で呼びかけた。
「君は突然押しかけてきたうえに、私の娘を責めるつもりなのかね?」
「い、いえ、公爵閣下。そういうつもりでは……」
「では、どういうつもりなのかね。こちらが婚約破棄を申し入れた理由について、少しは考えてきたのだろうね?」
ジークは言葉に詰まったが、それでも自分が悪いとは思っていなかった。コルデリアが嫉妬から意地を張っているだけなのだから、誤解を解いて機嫌を直してもらえば、すべて元どおりになるはずだと考えていたのである。
しかし、そこでジークは、先ほどから気になっていた第二王子の存在に改めて意識を向けた。レオナードがバクスター公爵家を訪れていること自体は不思議ではないが、婚約破棄の話が持ち上がったこの時期に、コルデリアと親しげにしていることが妙に引っかかったのだ。
「……ところで、レオナード殿下。今日はどうしてこちらに?」
「以前から訪問の約束があったのでね。今は公爵夫妻やコルデリア嬢とお茶を楽しんでいたところだよ」
「お茶を……?」
ジークはレオナードとコルデリアを交互に見た。
婚約破棄を申し入れられた直後に、第二王子が公爵邸を訪れている。偶然にしては出来すぎているように思えたが、やがてジークは何かに気づいたように笑い出した。
「ははっ、そういうことか! コルデリア、君は俺に嫉妬させようとして、レオナード殿下を呼んだんだな?」
「……はい?」
「まったく、可愛いことをするじゃないか。ベラに焼きもちを焼いたからって、そこまでするとはな。婚約破棄なんて言い出したのも、俺の気を引きたかったからなんだろう?」
ジークはすっかり納得したように頷いた。




